第百二十四話 「これツンドラだよ」
短いよ!
「はぁ!」
「ですからその斬りは見えていますよ。
ほら隙だらけです」
「……チッ!」
赤と銀の2つの色が緩やかに色を残す中、幾度と無く火花が散る。
ボクはそんな光景を気付けば見入り、瞬きすら出来なくなっていた。
自分が受けていた攻撃などをサンクリズルが見事にいなし、反撃する。
それはボクに対して、「こう言う場合は、こう対処する」とでも教えているよう。
そしてそう言った素振りに、ルカさんも気付いてるのか動きへ苛立ちが混じる。
激しく攻めるルカさんは連撃の中、両手で剣を振り被り、斬り下ろす。
すると途中で剣を左手のみで持ち替えると、勢いで半身を捻らせて、右拳で攻撃を繰り出す。
「ですから見えてますよ。2度も同じ手は感心しませんね」
しかしフェイントを織り交ぜた一撃を、サンクリズルは涼しい顔で避ける。
それは首を傾げるかのような仕草で、揺れる髪にすらルカさんの手は当たらない。
「……なるほど、流石に様子見してる方が失礼だったかしら」
サンクリズルより2歩距離を取り、彼女は低い声でそう口にすると、左目を隠す髪を弄る。
そして剣先を低く下ろし、姿勢も背筋を伸ばしたものから猫のような形へ変える。
どこにでもあるような例えになってしまうが、彼女の周りの空気が一変して行く。
それを前にサンクリズルも目を細め…………笑みを薄く浮かべ、嬉しそうに。
「嗚呼、素敵じゃありませんか。獣のような方は、嫌いじゃありません―――」
恍惚で目を灯らせながらそう答える。
彼女の動きに合わせ、剣先を上げると同じく構えるが先程の物とは違う。
ルカさんと同じように切っ先を大きく下げ、体勢はフェンシングのポーズにどこか似ている。
そして膠着状態が続き、空気が張り詰める中―――小さな溜息が響いた。
場違いな息遣いに何事かと思えば、サンクリズルは首を振り、
「いけませんね……時間をかけすぎました。わたくしの負けです」
遊びに飽きた子供のように剣を放り投げた。
当然、スイッチの入ったルカさんも納得する訳も無く、それを前に凄い形相へ変わる。
しかしサンクリズルの向ける視線の先を見やると、同じく興味を失った顔になった。
「あらやだ、いつの間にこんな集まってたのかしら」
自分はその一言に釣られて、顔を向ける。
すると庭には多くの人が溢れ返っており、ガヤガヤと騒がしい事になっていた。
何なんだこの人だかりは。
王族貴族が何をしているんだ……と言いたくもなったが、庭でこんな事やってれば仕方ないか。
そしてルカさんもそんな光景を前に熱が冷めたのか、木刀を肩に背負うと溜息を吐く。
「遠巻きでもしやと思えば、やはりユウの召喚とヴィグフィスの娘か」
戦いが終わり、野次馬が散る中で聞き覚えのある声が話しかけてくる。
「ルシードさん……!
もう体大丈夫なんですか?」
「ああ久し振りだな、お陰でいくらか落ち着いた。
心配かけたな」
大迫轟の節以来の彼を前に、自分は思わず声を上げる。
ルシードさんはボクを助ける為に無茶をして、その後も無理をした為に大変な事になっていた。
心配だったけれど、クロカさんから落ち着くまで会わない方が良いと言われていた。
なので久し振りの再会だ。
「どうもお久し振りですルシード様。
父様がお世話になっております」
「ああ、久し振りだな。
お前も元気そうで良かったよ」
彼はルカさんとそう挨拶を交わすと、サンクリズルへ視線を向ける。
すると少々心配そうな顔を向けながら、
「あー……ユウよ、今更ながらだが、その召喚は大丈夫なのか?
記憶が確かなら、広範囲を消滅させる召喚だった気がするのだが」
「あ、えっと、だ、大丈夫です!」
咄嗟に答えるも、自信が無かった自分は小さく「多分」と付け加える。
そう言えば何でサンクリズル出て来たんだ?
喚んでもないのに出てくるとか……ゲームで言ったらバグと言うか不具合だよねコレ。
「問題ありません主様。
わたくしは今、黄昏を染める指輪より発現しておりますので」
そっか、殲滅型召喚魔術のサンクリズルじゃないなら大丈夫だね。
―――ってそれもおかしいでしょ。
それ以前に、ボクはスキル使ってないのに出て来てるのが問題であって。
そう言えばサンクリズルにフェズの2体って、いつの間にか喋るようになってるよね?
自律型召喚と言えど、ゲームじゃ会話なんて出来なかったはずなんだけど……
「あら、貴女今日はお休みなのね?」
考えに耽る中、ルカさんが一際大きな声を上げる。
誰に言ってるのかと顔を向ければ……。
ルシードさんの後ろで小さくなっている、私服のリアさんの姿が映る。
「あ、は、はい。お休みを貰いまして……」
「お久し振り、です。リアさん」
「あ、あはは。やっほー、ユーちゃん、元気……だった?」
条件反射で声をかけると、自分はカタコトで挨拶をしてしまう。
それに対し、リアさんもぎこちない返事で、いつもの明るい笑顔も固い。
―――大迫轟の節の際、街中で彼女を助けた以後、ボクは彼女とまともに会話していなかった。
と言うのもあの時、リアさんがボクへ対して脅えた事が、後からなって怖くなったのだ。
いや、どちらかと言えば親しかった人が自分へ対して、「否定」を抱いた事に恐怖した。
人間と言うのはマイナスのイメージを抱けば、容易く払拭出来ない。
それはそう言ったイメージを与えた側が、どんなに頑張ろうとも……だ。
「んー、動いたから喉乾いちゃったわね。立ち話もなんだし、お茶にしない?」
微妙な空気な中、ルカさんが伸びをしながらそんな提案をしてくる。
確かに庭で会話するのもあれだし、まだ残ってる野次馬が期待の目でこっち見てるし、ここを離れたいかも。
するとルシードさんも頷いては賛同し、
「とは言え、どこに行く?
先程の仕合もあって、城内では興味の目は避けられんと思うのだが」
「確かにそうですね。
ゆっくりしたいけれど、私の部屋は無理だし、リアの部屋も共同だし」
彼女の言葉に嫌な予感がして、「なら城下町で」と提案する隙も無く、
「この子の部屋で良いんじゃないかしら?
そうね、そうしましょう」
否定する間もなく、勝手に可決されてしまった……。
そして抵抗虚しく、皆はボクの部屋へ集まる事に。
いくらか凹む中、部屋に戻れば戻ったで、
「―――で、魔王封印体サマは私を小間使いのように扱い、お茶を用意させているとそう言った話なんですね?
はぁ……これはあまりの扱いにこのニーア・ネヴィリウムは安らかに熟睡されている魔王封印体サマへ対し、積りに積もった想いとあらぬ鬱憤をぶつけすぎて大変な事をしまいそうです。それはもう考え付くあらん限りの全てを向けてしまいそうです、ああ、特に今晩辺り月が見えないですからね、ああ、何だかそんな気分になってきてしまいましたどうしましょうか」
ニーアさんの言葉でトドメを刺される。
「まってまって!
違うからニーアさん、ボクの部屋に皆集まったのはたまたまだし、お茶用意してって言ったのはボクじゃない! ボクが入れようとしたらダメって言ったのニーアさんじゃん!?
てか物騒な事言いながらお茶淹れるのやめて!
何かもう怖いからボク淹れるから、だからそう言うのやめて下さい!」
「……お言葉ですが魔王封印体サマの淹れられた物はお茶では無く、茶葉の湯浸しです。
飲まされる身にもなるべきかと申し上げます」
「フルぼっこすぎませんかニーアさん」
容赦ない言葉に自分はうな垂れる。
お茶なんてそんなポットにお茶っ葉入れて、お湯注いで色出たらOKじゃないの?
蒸らしとかお湯の温度なんて言われても、判る訳ないよ知らないよ……。
そして彼女はそんなボクを横目にお茶を用意すると、みなの前へカップを丁寧に置く。
辛辣だけど仕事はキチンとしてくれるので、ツンデレかと思うけど……。
「ルシード、図々しく貴方もお茶を待ってるのかしら。
あら、こんなところにカップが。
しかもお茶も丁度1人分あるわ、運が良かったわね。
でも飲んだ後に体調崩しただなんて言わないで頂戴ね、わかったかしら?」
「ああ、すまんな。有難く頂こう」
うん、違う。
デレないもん、これツンドラだよ。
平然と受け流すルシードさんも凄いな……。
ピリピリとした中で彼女はお茶を用意し終えると、そのまま部屋を出る。
ルカさんが引き留めるけど、「まだ仕事が残っておりますので」と告げて退室した。
何とも微妙な空気の中、カップが立てるカチャリと言う音が僅かに響く。
こうやってみんなとお茶を飲んだりするのって、旅以来なような……と少し懐かしくなる。
そうして、無言の中でボクを含めた5人はお茶を口にした。
そんな中、銀髪の彼女と目が合えば、彼女はニコリと微笑む。
「初めて口にしましたが、茶と言うのも悪くありませんね」
と、今までと違った顔を見せながら、感想を述べる。
サンクリズルって召喚スキルなのに、お茶飲めるんだね……。
そんな事を思いながら、ボクもお茶を飲んでは一息吐いた。




