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第百二十二話 「故に無変化を望む」

短めのシリアス



「―――こちらがアナスカ領土の霧の詳細をまとめた物になります」


「申し訳ないね。

 そちらも忙しいと言うのにこんな面倒な事を頼んでしまって。

 変わらず仕事が早くて助かるよ」


「いえ。

 プリズ様から直々の頼み事となれば面倒など」


 古風な木造りの部屋の中で少女と掘りの深い男が語り合う。

 しかし傍から見た限りの間柄はとても異様な関係で、

 少女は年上の男を前に王の様に振る舞う。

 そして男も王を前にしたかの様に礼儀正しく、尚且つ粗相の無い様に注意を払った気遣いを見せる。


「そう言って貰えて助かるよ。

 そうだ、すまないけれど面倒ついでにもう一つ頼んでも良いかい?」


「は。自分に出来る事でしたら何でも仰って下さい」


 銀と黒のローブを身に纏った小柄な少女は妖しく目を細め、テーブルの上に並べられた書類を眺めながらそう口にする。

 

「最近、転移宝石が悪用されたみたいでね。

 発見されたのがサテンフィン王国なんだけど、結構な量が流れている。

 指先一つ程のサイズで人一人を遠くに飛ばせる上質の石がこれくらい……。

 そうだね、キミの握り拳ほどの量が流れたみたいなんだ。

 どこかで不審な流通が無かったか調べて欲しい」


「わかりました。

 少々時間を戴く形になるかもしれませんが……」


「ああ構わないよ」


「承知しました。では何か分かり次第、随時ご報告致します」


「すまないね。依頼金はいつも通り送っておくよ」


「有難う御座います。では」


 男はそう述べ終ると深く頭を下げて静かにその場を後にする。

 プリズは小さく肩をすくめると口の中の息をおもむろに小さく漏らす。

 それは目の前の面倒事を処理する算段がいくらが付き、息一つ分くらいの僅かながらの余裕が出来た、と言った素振りであった。


「……さて、予想していた物とは随分ズレた事象が起きている。

 と、言った所かな」


 先程の男が置いて行った書類を指で弄ってはそう呟く。

 ここはアナスカ地方に所在する屋敷。

 ―――サテンフィン王国より数百キロ南下した場所にある辺境地。

 そして古来より竜の意思を継ぐ者達が護っている土地であり、護竜もりがみと呼ばれる者が住まう土地の一つだ。


「リーゼはこれどう思う?」


 プリズはもぎたてのオレンジの様な艶を見せる明髪を揺らし、部屋の脇で静かに立っていたハウスメイド姿の女性へ言葉を向ける。


「……と、仰いますと」


「霧の事さ。

 今まで僕が生きた200余年。

 霧が薄れた事はあっても消失だなんて話は一度も無かった。

 そして霧が消失した時期と魔王封印が達成されたのが同時期……。

 偶然なんて曖昧な言葉で軽視出来る内容でもないよね」


「確かにそうですね。

 あと個人的な意見となりますが……消失した場所に違和感を覚えました。

 記憶が正しければプリズ様が、少年の地図へお書きになったルート付近―――」


「そう。イズキ村の外れ辺りからその一帯の霧が消えてる」


 正解、とでも言う様に人差し指を立てるとオレンジ髪の彼女は微笑み、書類を手に取る。

 それは教鞭を取る物が一つ一つ説く様な仕草でありながら、自身の疑問を整頓するかの様だ。


「あの時、少年は僕の目から見ても魔抗病フォールによって死ぬ手前だった。

 魚の腹の様な肌の白さを見せ、呼吸をする度に内側から血の匂いを漂わせ……それがどうだい。

 魔王封印の際には、あの少年が加わっていたと言うじゃないか。

 しかも仮面君の報告じゃ、少年は魔王と同等かそれ以上の力を見せたと」


「そして大迫轟の節メリサリンド・ルゥでは竜の大軍をほぼ一人で殲滅。

 にわか信じがたいですが、ルカ様とサテンフィン王国より送られた情報は、ほぼ一致していました」


「あんな強さお伽噺レベルだよほんと。

 少年が何かしらの方法で霧を吸収し、仮にそれを力に変えたと考えても、どうやって手段を知ったかなんだよね。

 そしてそこまでの力に耐え切る存在なんて僕はクロちゃん以外知らない。

 あの子が僕らと会った時点では、まだクロちゃんと接触は無い。

 どう言う事なんだろうねぇ……」


 トントン、と彼女はデスクの上で指を鳴らして持ち得た情報を並べる。

 問題を解く為の材料は既に得ている。

 が、解を出す為の何かが足りないと言った物を宿した目を細める。

 そしてそれを解く為に何度も思考し、出た答えに矛盾を覚え、デスクを鳴らしてリセットする。

 その様な事を何度も繰り返しては、一人リズミカルに机を鳴らし続け。

 主人のそんな苛立ち混じりの仕草を前にメイドは口を開く。


「それに加え、転移宝石の問題もあるのですね?」


「―――それも大きいねぇ。

 色々と厄介事が立て続けに起こり過ぎて僕もどうしたものかと頭が痛いよ。

 穏やかにこの土地を護ると言った楽な役職に就いてたいのに、それをさせてくれないのが居るみたいだ」


 その言葉に苦虫を噛んで見せるとプリズは肩をすくめる。

 今まで霧が存在する事によってその一帯の土地は所有者が存在しなかった。

 しかし脅威であった霧の消失により、その土地は誰の物かと言った問題が起きていた。

 現状は霧による風土汚染が残っている為、アナスカ領を統治するプリズが、土地を預かり受けている状態。

 しかし別の領地とも隣接している故、いずれは土地の所有者を取り決めねばならない。

 そしてアナスカ領でのみ採取される転移宝石の流出問題。

 どれもこれもが平穏を望む彼女にとって面白くない内容ばかりで、不鮮明ながらも何かしらの意思が絡んでいる事柄に、眉を顰めていた。


「……とは言ってもクロちゃんの事だから、ある程度は想定内の話なんだろうねぇ、きっと」


 書類の脇にある、薔薇の印が押された黒封筒を見やり、目の前の悩みに苦笑する。

 いくら自分が頭を抱えた所で、意味の無い事では無かろうか。

 黒薔薇の彼女を思い返せば、ふとその様な考えが頭を過って行く。


「だからって何もしないでサボってると怒られるだろうしねぇ」


 独り言の様に呟いては冷めた紅茶を口に運び、喉へ流し込む。

 それは喉を潤す為に口にした訳では無く、次から次に出てしまう不平不満を引込める為に、飲んだと言った物だった。


「ではクロカ様へのご報告は文に致しますか? それとも直接ディーリスへ?」


「文にしようか。

 取り急ぐ訳でも無いし、彼女も今は多忙だから会うのは止しておくよ。

 またストレスでスィーツの暴飲暴食が酷いだろうしね。

 付き合わされる僕の身が持たなさそうだし、藪蛇はゴメンさ」


「畏まりました」


 プリズは悪口混じりのそんな小言を自分で言って、クスクスと笑って見せる。

 幼い見た目の主人の言葉に、リーゼは小さく笑うと軽く会釈をし、部屋を後にしようとする。

 が、それをプリズは「あ」と小さく零して引き留める。


「後でリーヴェに精霊石を貸して貰える様、話して通しておいてくれるかい?

 霧が消失したと言っても、土の残留Alpがどれ程か確かめておかなきゃだからね。

 その比率によって、例の少年がどれだけの霧を吸収したかもはっきりするだろう」


「承りました」


 すべき事への整理が付いた彼女は、肺から空気を抜くと椅子へ身を預け、静かに瞑目する。

 近い内、サテンフィン王国を中心に三大国家が第九召喚を行う。

 それは200年前の大参事を知る者からすれば、愚かの一言が吐かれる内容。

 そして失敗が目に見えていた。

 と言うのも、当時計画の中心であったアカツキは200年前に事故で他界している。

 更には第九召喚に関するデータや、当時の技術も大陸ごと消滅してしまった。

 客観的に見れば、200年前より不安定な召喚しか行われないのは明確であり、当時を知るプリズとしては上手く行かない事が予想出来た。

 だが今の時代の人間たちは、200年前よりほぼ進歩していない現代に焦りを覚え、過去の参事によって失われた物を補う為に、また禁忌へ手を伸ばそうとしている。

 ―――過ちで失った物を補おうと、また過ちへ手を伸ばす。

 これを愚かと言わずして何と言おうか……と、彼女はそうゆっくり吐き出す。


「どうしてこの世界の人間は生み出す事、作り出す事を放棄し……他から搾取して一時的に潤う事しか考えないのか」


 異世界……クロカ達が居た世界の技術は、確かに素晴らしい。

 彼女の世界は魔法や魔術が無い中で様々な物を生み出し、作り出している。

 しかしそれは長い時の中で、幾度も間違いや争いの中で考えられ、生み出され、受け継がれる中で洗練されたもの。

 それは連綿と続く中で出来上がったもので、奪うだけでは絶対に出来ないものだ。

 だがこの世界の人間はそれを理解せず、過程を無視して、結果が手に入る異世界召喚を求めている。


 何故にこの様な世界になってしまったのか、と彼女は歴史を振り返る。

 この世界ではいまだに奴隷制が根強く残り、同時に文字の規制、魔法魔術の特別視、と隔てりが強く、数百年と変わっていない。

 それ故に階級や血筋が絶対的な地位を生み出し、搾取する者とされる者は生まれ落ちた瞬間から全てが決まっている。

更には安寧と言う名の無変化を望むが故、新たな物が生まれる事は無い。


「確かに階級と言う頂に身を置く者はそこへ腰かければ果てるまで安泰だ。

 しかし同時にそれを維持しようと人は躍起になり、故に無変化を望む……」


 今一度愚かな、と吐き捨てようとし、プリズはふと思い留まった。

 沸いた感情を舌にのせ、飲み込めばそれは胸の内を触れてくる。


「はっ、何を言っているのさ。

 僕も穏やかで、楽な生活を望んでる時点で同じじゃあないか」


 先程自分で口にした言葉を思い返しては、辛辣に零す。

 そう卑下する自分が一番愚かではないか、と。


「駄目だね。どうも最近部屋に籠りっきりで思考が濁っている様だ」


 そうして彼女は重い腰を上げ、ダボついた黒ローブを引き摺って陽が射す庭へと足を向ける。

 そんな最中、ふと言葉が過る。


 ……あの時、全てが壊れてさえいればこんな世界にならず、こんなものを背負わず、もっとラクだったんじゃないのかな……。

 あの時、全て消えていれば僕も―――。


 沼の底から湧いた泡の様に浮かび上がった感情は、長い長い時間の中で今だ消えない思いを、波紋にして広げる。

 しかし彼女はそんな感情を前に薄く笑うと、目を閉じて蓋をした。


「愚かは誰でもない、僕自身じゃないか」

愚かな愚かな愚かな愚かな。>


< 馬鹿の一つ覚えだな。


ネタがわかった人は同世代( ・ㅂ・)و ̑̑

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