第10話 「いずれ慣れて快感となる」
2016/12/05 描写の修正、魔物を魔獣に変更
「申し訳ありません。お忙しい中、色々と無理をお願いしてしまって……」
「こちらも世話になっている身だ。気にしないでくれ」
魔人5体による突然の駐屯地襲撃によって建物やテントが崩壊し、それにより出た負傷者を診る為にいくつもの野外病院が建てられた。
そしてその負傷者たちをレオナやローズたちが白魔法で治癒し、ほとんどの人間が回復した。
しかし魔人が帯びる瘴気と言われる物に耐性が無い人間は、その毒気に当てられてしまい未だに回復に至っていなかった。
そのような者の体内に残る瘴気をレオナはElfと呼ばれる特殊な力で浄化する術を持っていた。
それによって瘴気に当てられた患者たちの多くは回復の兆しを見せていた。
しかし約一名はその力すら受け付けず、未だ意識不明の重体であった。
「ローズの話でまさかと思えば……やはりユウと同じ界客だな」
変わった紋様の入ったクロークを羽織った銀髪の彼は眼帯に覆われていない右目を細める。
その先には案内された先で意識が戻らない負傷兵が一人が横たわる。
ルシードは直診を行いながら僅かに魔力を送ったり、軽い治療魔法を行い確認を行う。
患者は胸元を深く負傷し、それを塞ぐ為に緊急処置で縫合を施してはあるが容体は芳しくない。
不幸にも襲撃の際、駐屯地にいた医師は巻き添えを受けて何名か亡くなっており、それによって対処が遅れてしまった。
麓の村に負傷者を連れて行くと言う案も出たが、村に向かうまでの道のりで魔人に狙われる可能性が高い。
そしてその道のりは整地されていない道を通る為、馬は使えず徒歩となる。ゆえに村まで半日以上かかる。
加えて重病患者を抱えて半日以上移動など……どれだけ危険か言うまでもない。
これがこの世界の一般人であれば魔法を使い、ある程度の傷を治療してなどの手段が行えたがこの患者は界客だ。
故に魔法などの力で治療する事が不可能な状態に陥っていた。
「どんな感じでしょうか。こいつは、タムラは」
「あまり良い状態とは言えん……あとこいつはどうも界客のようだがお前、知っていたか?」
ルシードの言葉に兵士は困惑の顔を浮かべながら首をただ横に振る。
仮にこの者が界客だと知っていたとしても意識の無い若者をどうにか出来る手立てがある訳でも無かった。
ルシードは瞑目し、同じ界客でありながら魔法魔術を扱えるユウの事を思い返す。
もし彼と同じならば……
「……すまないがもう一つ、こいつは魔法は扱えたか?」
「いえ、俺より魔法が下手でしたね。それが理由で王国から外れたこの駐屯地へ配属となりました」
元来、界客は魔法を扱う事がほとんど出来ない。
彼との会話は改めてその事実を実感するだけの物となってしまい、ルシードは黙る。
とは言え、特殊ではあるが悠の時のよう回復する手段はある。
もしくは自国の医療機関を頼る方法も考えられた。
しかし駐屯地の兵士へ対しそこまで干渉する権利……いや、義務は今の彼には無い。
現状ある様々な問題を思い返し、ルシードは首を振る。
となれば多少でもそれの力になるようにと、ルシードは術札を懐から数枚出すと術をかける。
そしてそれを横たわる男の胸の上へ一枚、残りをベッドの周りに張り付けた。
―――後はこの男の回復力に賭けるしかない。
「病壁の札と風精の札を貼っておいた。これで感染症の問題は多少なり起こりにくくなるはずだ。
私に出来る事はここまで……すまないがあとは衛生兵の指示を仰いでほしい」
ルシードはそう口にするとその場所を後にする。
あくまでも我々の目的は魔王を討伐する事であり、治療が目的では無い。
そしてこの場所はたまたま立ち寄った場所にしか過ぎない……そう切り替えると彼は先を急ぐ準備へ意識を向けた。
「よーしユウよ! 今日はお前のその力をこのオレに見せてもらおう!
あの魔人をも打ち滅ぼした力を! さぁ、さぁさぁさぁさあっ!」
「えと、そう言われましても今のボクはルシードさんから召喚系は基本禁止で使えるのは魔法と魔術スキルだけですよ……?」
「ユウーがんばってー! 回復ならワタシがいるから任せてね!
あと、ヴィグフィスはまた下着1枚になったらぶっ飛ばすからねー!」
異世界に来て3日目。
ボクは昨日に引き続き駐屯地近くの見回り最中、魔獣の群れと遭遇していた。
今日のメンバーはヴィグフィスさんとレオナとボクの3人編成だ。
前衛のヴィグフィスさんと回復役のレオナが居ると言うバランスの取れたパーティー。
ルシードさん曰く、これからの戦いで仲間との連携もあるのでお互いにどのような短所長所があるのかをちゃんと知り、ボクが少しでも戦闘に馴れられるようにとこう言う編成になった。
けど、死の踊狂の話じゃボクに魔法効かないって話だった。
それを考えたら回復役にレオナって意味ないよーな……なんて今更思う。
「さぁ来い魔獣どもよ!
ここにあらせられるラキナ・ルゥ・レオナ様の一番の下僕、このガーディアンナイツの黒き疾風ことヴィグフィス・ランゼルと同じく下僕の一人、異界魔術師・ニイシロユウが貴様たちの相手をしてやろう!!」
「ちょっと待って下さい。あの、下僕とかボクそんなのにはなった覚えないですよッ?」
「……安心しろ、オレと同じようにいずれ慣れて快感となる」
「あの、話聞いてましたッ!?」
ボクはガーディアンナイツに入った覚えはあるけど、下僕とかなった覚えないんですが……。
なんて事を溢しても目の前の自称・下僕さんは人の話を聞かないで意気揚々と目の前に群れる魔獣へ剣を向ける。
彼が鳴らす鎧の音に狼みたいな見た目の魔獣たちは毛を逆立てて、威嚇する。
「ユーウ! リラックスリラックスー!」
「う、うーん!」
レオナの声で思わず背筋が伸びる。
どうやら今の会話は聞こえてなかったようだ……。良かった。
そんな緊張感の欠片も無い雰囲気から一転し、ヴィグフィスさんは無言で構えたまま摺り足で前へ。
ボクは目の前の敵へ視線を向けるとその数に改めて緊張が走り、固唾を飲み込んでしまう。
と言うのも目の前の魔獣たちが放つオーラが敵意と言うより殺意を持った物だと本能的に理解したからだ。
眼の光、剥き出す牙、唸り声……。
それらはボクが見知った物とはかけ離れており、恐怖を覚える。
そして気付けばドレスの裾を思わず強く握り込んでしまい、「戦闘なのにこんなドレスを着てきて大丈夫だったんだろうか?」などと脳は現実逃避を始めていた。
ボクは首を振って痺れた頭を現実へ引き戻し、群れへ視線を戻す。
―――目の前の集団の数は15、いや20を軽く超える。
魔獣たちのサイズは大型犬くらい。
こげ茶とグレーのカラーリングで、毛並が凄く悪いシベリアンハスキーと狼を混ぜた感じの見た目だ。
そして尾は地に擦るほどの長さで目が赤く、ペットにするにはご遠慮したいレベルの目付きの悪さ。
元の世界の近所の咆えてくる大型犬が可愛く見える程だ。
「……行くぞ!」
一つの踏み込みで彼は一気に前進して敵の塊へ突っ込む。
遅れて乾いた地面が砂埃を立て、風がヴィグフィスさんの後を追う。
彼は右手に持った大剣を左へ大きく振り回すとそれは暴風を巻き起こして一気に群れを薙ぐ。
「ギャウ!?」
「キャウンッ!」
対処に遅れた4、5匹は成す術も無く、風に揉まれると地面をバウンドしてそのまま気を失う。
瞬時に躱した残りは後方へ身を飛ばし、空中で身体を捻る。
魔獣はその勢いに体を預け、地面へ降り立つとバネを活かして隙が出来たヴィグフィスさんへ飛びかかる。
大振りした彼は剣を振り切った状態で、動きの速い魔獣に反応が出来ていない。
彼がいくら頑丈な鋼鎧を着込んでいると言っても、10体以上の集団に襲われれば無事にすむはずが無い。
「ガァアアアアアアア!!」
「ヴィ、ヴィグフィスさん危な―――」
叫ぼうとした瞬間、彼は深く腰を落とす。
それは脱力にも似た動きで、重力に引っ張られる剣は支えを失い自重で落下する。
しかし彼はその力を利用しながらゆるやかに身を動かす。
隙と思われた僅かな硬直は支点となり、次の攻撃への力となる。
小さな力は早さを生み、加速を乗せる。
それは勢いとなり、それを乗せた剣は地面を奔る。
擦れた切っ先は火花を散らしながら鞘の代わりとなって更に勢いを貸す。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!」
彼は声と共に風を纏って暴力的に剣を振る。
地面と剣の間で起きた風は暴風と化し、一閃は乱暴に全てを吹き飛ばす。
それは土を、枯れた木々を、魔獣を吸い込んで竜巻の如く荒れる。
……そして気が付けば20近くの魔獣は全て地面に横たわっていた。
さっきまで「SMプレイ大好き!」みたいな危険発言をしていた人とは到底思えないその佇まい。
彼は汗一つかく事無く、大剣を軽々と右肩に乗せてはこちらを見やる。
「さぁ次はお前の番だユウ。レオナ様に忠誠を誓った下僕の力、しっかり見せてもらうぞッ!」
「だからボクはそう言うのになったつもりはな……」
また変な事言ってると思いながら大声で返すボクは後退りする。
先程の攻撃を受けた魔獣たちが軽く頭を振りながら身を起こし、唸る事もせずまたこちら側へ身体を向ける。
しかし先程と何かが違う……。
視線の先が全て、ボクの方へ向いてる。
目の前に居るヴィグフィスさんを警戒しながらその集団はそれぞれ一歩、足を前に出す。
それに対して彼は剣を構える事無く、ボクとその獣を見やる。
魔獣たちはゆっくり、一歩。
そしてボクはその挙動に合わせて一歩、後ろに下がる。
何でこっちへ……?
攻撃を与えたヴィグフィスさんへ向かうのが普通じゃ……とボクは思った瞬間、
―――見るからに彼より弱いボクへ標的を変えたんだ。
脳裏に過るそんな言葉で全てを納得する。
助けを求めようとヴィグフィスさんに目を向けるけど、彼は何も言わずに見つめ返してくる。
ボクはその視線の意味をすぐに理解する。
が、「いやムリ」と言った感情を含んでおもっきりブンブンと首を横に振る。
しかし彼の視線は変わらず真っ直ぐとこちらを見つめ、
―――天は言っている……早く戦えと。
そんなどっかで聞いたようなセリフを含んだ目で訴えられても、ボクには対処出来ないデス!
自慢じゃないけど、クラスの発表会でどもりが酷く、震えすぎでロクに発表も出来無かった事がある。
その結果、ボクは『カスタネット・新城』の異名をゲットした。
そんな不名誉な物を手に入れた事のある自分には荷が勝ち過ぎる。
先日の魔人4体は逃げ回って何とか勝てた。
あれは相手の動きが予想以上に遅かったからなんとかなったようなものだ。
しかし今、目の前に居るのは「生きる駿足」を形にしたような生物だ。
そんなのと戦ってもすぐに囲まれて、マッハで餌になる自信がある。
『猛獣に襲われて餌になる選手権』なんてものがもしあれば、ぶっちぎりで1位になるだろう……。
「ユウ!」
恐怖で現実逃避へ向かって全力疾走のボクへ清涼を含んだ声が流れ込み、一気に意識が引き戻される。
「落ち着いて、ユウなら大丈夫」
「う、うん……」
「ユウなら、大丈夫だよ」
ゆっくり振り返ると後方でボクを見守るブロンド髪の彼女。
レオナは天使のような笑みを浮かべながらにっこり笑う。
笑みを前に胸の中の緊張と焦りの熱は一気に失われ、冷静さを取り戻す。
自分は今一度、残ってる熱を深呼吸で吐き出しては頭の中を冷やす為、ゆっくりと息を吸い込む。
何とわかりやすい事だろう。
……後ろで見てる女の子に声をかけられて情けない格好を見せる訳がいかない、と自分を奮い立たせる。
女装して女の子を演じながら彼女とこれからも関わる。
だからここでカッコイイ所を見せたとしても、男として見られないだろう。
けれどボクは何故かな、ここで格好付けたくなってしまった。
視線を戻すと目の前の集団は5歩目の足を前に出し身を低くする。
距離としては10m近くあるが、構えからして彼らにとっては十分な射程距離な様子だ。
それに合わせてボクも右手を出し、先日召喚した時のように感じる力を集中する。
同時に群れはその身体の柔軟性を最大限に生かし、弾丸のように一直線にこちらへ飛ぶ。
恐怖は無い、そして目の前の敵を倒す為の力はあるんだ。
「―――打ち砕く者」
迷う事無く、そう放つ。
ネトゲの雷系上級魔術スキルの名を口にすると、白雷が全てを染めた。




