第百十二話 「くだらなく馬鹿らしい物」
「今日は良い天気だな」
隣へ腰かけた彼は何の変哲もない話を口にする。
そしてボクは何も答える事が出来ず、ただ沈黙をしてしまう。
……何と答えて良いのかわからない。
この言葉へ対しての返答に正解や不正解がある訳じゃないのに、どう答えるべきなのが正しいのか……と迷ってしまう。
「城下町の方も修復は無事に全部終わった。思ったより被害も少なく、復旧も随分ラクだったよ」
「そう、ですか……」
誰かから説明された覚えのある内容にボクは短く返す。
その内容に対し、どうしても『良かったです』なんて言葉を口に出来なかった。
「予想外の事態も多かったが、無事に大迫轟の節も終わった」
彼は小さく安堵からの溜息を見せながらそう語る。
しかしボクの中ではどうしても『無事に』何て言葉が許容出来ず……燻る。
「しかし城下町襲撃によって住民の多くも死んだ。その爪痕も大きい」
彼は空を見上げながらそう続ける。
そして気付けば自分の内でその言葉に賛同する声が上がり、『もっと上手く出来たハズなのに』と嗚咽を漏らす。
「……もっと我らがしっかりしていれば、王国騎士団がもっとちゃんとしていればこんな事にはならなかった。一歩間違えば15年前の悲劇以上の大参事になるところだった」
ボクの心の中で木霊する言葉に被り、彼の言葉が続いた。
そしてそれに合わせて押さえていた物が痛みを孕みながら零れる。
「いえ……ボクがもっと早く動けていれば、攫われたりしなければ……」
「ああ。そしてオレにもっと力があればこんな事には―――」
「あーもう! そこの子供だけならまだしも何を父様まで! 聞いててイライラするのですが好い加減にしてして頂けませんか!?」
ズダン! と大きく足を鳴らしてネガティブな会話の中に入り混じってくるルカは大声を上げる。
視線を向ければ腕を組んで仁王立ちをし隻眼でこちらを睨み、ボクは思わず身を縮み込ませてしまう。
「あのね、あなた!
もっと、もっともっとと言い出せばいくらでも過去に遡るだけなの!
今を生きてるのに過去を握り締めて俯く馬鹿がどこに居るの! 男なら握り締めるのは強くなる為の剣になさいな!」
「で、でも……」
「でももケドも無い! 後悔は度を超えれば過ぎたる我欲。そうやって後悔に時間を浪費して、今を無駄にしたいの?」
「お、おいルカ。言いたい事は解るが、もう少し言い方が―――」
「一緒にウダウダと零していた父様に何かを言われる筋合いはありません! 騎士団長たる者がその様な体たらくで恥ずかしくないのですか!」
言葉の剣で容赦なくズバズバと斬り捨てられたボクとヴィグフィスさんはそのまま唖然とし、何も答えられなくなる。
しかしヴィグフィスさんの娘さんにしてはすごく激しい性格だ……。
もしかして奥さんがこんな感じでキツイ性格なのかもしれない。
―――過ぎたる我欲、か。
そう言えばリスリムも同じ様な事を言ってたっけ。
「ホラ、受け取りなさいよ」
「……え? うわっと!?」
言葉と共にポイっと放り投げられた物を受け取り損ねそうになってボクは思わず立ち上がる。
てかどこから取り出したんだコレ。
「木刀? ボク……剣なんて」
「あなた、そんな事に時間を使ってるなら暇なんでしょ? かかってきなさいよ」
「そ、そんな事!? 貴女が一体何を―――」
「繰り返さない為に必要なのは後悔じゃなく反省。失った事で恐れるのは獣と変わらないわ。
人なら失った事を刻んで、二度とそうならないように考え、今を足掻くのよ」
彼女は曇りない片目で真っ直ぐと見つめ、そう説く。
ゆっくり上げられた木刀の切っ先はボクを指し、
「さぁ、そのくだらなく馬鹿らしい物……剣に乗せて全て吐き出すと良いわ」
言葉の剣はボクの胸の内を抉っては貫き、こちらを見やる彼女は小馬鹿にした笑みを見せる。
『あなたの抱えている物は幼稚』とでも言いたげな表情で傾げる首は煽る様。
そんな物を向けられ、抉られて覚えた痛みは熱を持つと沸々と怒りが噴き出す。
―――そして気付けばボクは我を忘れ、大声を上げながら剣を振り上げていた。
「……あら、もう終わり?」
「っぜぇ、っぜぇぜぇぜぇ……まだ! まだだ……っ!」
「諦めなさいよ。あなた、凄く弱いのだから」
「うるさぁああああああい!!」
どれ程時間が経ったかわからない。
ただただ彼女へ向かって一心不乱に剣を振りかぶる。
ボクの顔も体も泥にまみれ、対して彼女はその場から殆ど動かずボクの攻撃を片手で全ていなしていた。
「うわああああああぁあ!」
構えも何もあったもんじゃなく、よろめき転んでは我武者羅に剣を振り回す。
しかし全て紙一重どころか二重三重で避けられ、その実力差は明白だった。
「ほら、次はお腋が留守よ。……えーっと、戦場なら死んだの21回目になるわ。凄いわね?」
「くっそぉおおおおおおおおお」
「ちゃんと本気で来なさい。魔法とか使えるんでしょ?」
悪意が込められた度重なる言葉に自分の中の自制が砕け散る。
ヴィグフィスさんの制止の声が耳に届いたけれど、脳はそれを拒絶し……
「灰燼へ誘いし焔ィイイイイイイイン!」
唱えた名は感情を表すかの様に空を赤く染め、熱は風を起こして地面の砂を攫う。
浮かぶ魔法陣はゆっくりと回っては僅かに残る理性の様に猶予を見せ、赤色は無音の中で瞬くと彼女へ向けて容赦なく降る。
「――――炎には風。クゥラ、お願い」
……しかし彼女の一言と共に炎の槍は落ちる事無く霧散し、生まれた熱は無かったようにそよ風へと変わった。
「消え……な、何でだ!?」
「山脈で見てたから対処くらいわかるわよ。馬鹿ね」
イチイチ煽ってくる言葉端に感情は熱を孕む。
下がる事を知らない激情は鼓動を打ち鳴らしては『動け動け』と騒ぎ立てる。
彼女はそれに応える様に片手で剣を揺らすと構え、
「2人ともそこまでだ」
それをさせぬと一際低い声が割り入る。
「あら父様。とは言いましてもこの子はまだやる気で―――」
「オレはやめろと言った。聞こえなかったか?」
遮る彼の眼光は未だかつて見た事の無い鋭さを宿す。
その色を前にボクも思い留まる。
「ユウも充分だろう。わかったか?」
「は、はい」
これ以上無い威圧を含んだ一言にボクの熱は鎮火した。
そしてそれは彼女も同じな様子で、片目を隠す髪を不機嫌に弄ると無言で背を向ける。
「ちょ、どこ行くの!?」
「―――興がそがれたから戻るの。それ、あげるわ」
彼女は手をひらつかせると興味が失せた横顔を見せ、その場を去る。
ヴィグフィスさんと共に残されたボクは手元に残った木刀を眺め、呆然とする。
……あげるって言われてもなぁ。
そんな事を思いながら空を見上げれば数日間、淀みに淀んでいた自分の感情がいくらか晴れた事に気付く。
「こんな物、貰ってもどうしろって言うのさ」
そんな事実を認めたくなかった自分は剣へ向かって愚痴ると子供の様に口を尖らせていた。
「レオナ、あの子やめた方が良いんじゃないの? 弱過ぎ。しかも馬鹿」
隻眼の彼女は豪勢な一室の扉を開くや否や、開口一番バッサリとそう吐き捨てる。
「ちょっとルカ、結論から言うのはアナタの悪い癖だって。ちゃんと順番に話してよ」
仁王立ちで鼻を鳴らすルカを一瞥し、部屋の中のレオナは苦笑を見せながら目の前の椅子へ腰掛ける様すすめる。
ルカはその言葉と共に招かれた席を見やるとツカツカと歩を進め、女性らしからぬ素振りで豪快に座って腕を組む。
人伝に悠の現状を知ったレオナはルカへ頼み事をしていた。
もし、何か問題を抱えていれば可能であればそれをどうにかしてあげて欲しいと。
―――そしてその結果が一件の顛末であり、ルカの素振りからどう言う事になったのか何となく察したレオナは今更ながら頼んだ事に後悔を覚えた。
「あなたの言った通り、グチグチしてたからコレで相手しただけ。明日にはいくらかマシな顔になってると思うわよ? 間違いないわ」
「ルカって本当、すぐ剣に行くね……」
「余計な物を取っ払うには剣で語り合うのが一番なのよ。言い合うだけ時間の無駄だし、モヤモヤしちゃうじゃない」
フォン! っと小さく素振りをして見せては自論を語って見せる。
昔からの付き合いで彼女の自論に助けられた実績があるだけにレオナは苦笑する。
しかし彼女の言葉に理解は出来てもやっぱり同意はし兼ねるとレオナは小さく首を横に振り、「だから極端だって」と。
「ほんっとあんな心の弱さでよくガーディアンナイツに入れたわね。あなたから聞いた魔王との戦いが未だに信じられないわ」
ルカは一際、不満を含んだ物言いをしてみせる。
レオナより第五に於いての戦いを聞かされた彼女であったが、実際に対峙してみてその強さを実感できなかったと言った様子であった。
「―――とは言っても大迫轟の節の戦いは尋常じゃなかったけれど」
しかし続けた言葉は不本意ながらも実力を認めると言った物を含む。
そしてその事実を認めたくないと言った物も同時に含んでいた。
「ユウの強さは失わない為、だから」
「逆にそれは危うさを孕んでるわ。理由が確かでありながら曖昧」
吐息混じりにルカは隻眼を細め、思い返しながらそう答え、その言葉に同意する様にレオナは黙る。
「もし大切な物を失った時、あの子は何の為に戦うのか……今のあの子にはそれが無い。
私からしたらズルいわ。だって失って、戦う事を止めたとしても誰も咎めないでしょう。そして悲しみに更けるだけで良いのだから」
その言葉は悠に向けて辛辣な態度を取っていた根底とも受け取れる内容だった。
ルカは片目を隠した髪を弄り、指へクルクル巻き付けながら瞑目する。
「そんなだから自分のやった事が、どれだけの物を救ったのかって事実も蔑ろに出来るのよ……ばっかみたい」
「そう、ね。ユウって自分をすごーく過小評価しちゃうから」
「だからあの手の馬鹿はやめときなさいよ。オススメしないわ」
「何でそうなるの、極端過ぎよ……それに私はユウ以外なんてゼッタイ、嫌だから」
「―――ああやだ、レオナまで馬鹿なの?」
「もう……そうやってすぐ悪く言う。そうよ、馬鹿だから馬鹿が好きなの」
頭痛で眉間を押さえる素振りをしながらルカは首を振る。
自分がここまで言っているのに何でわからないの? と言わんばかり。
そんなルカを前にレオナは指をくるりと回し。
「そしてそんな馬鹿のお願いを何だかんだ聞いてくれたり、何だかんだこうやって話をしてくれてる貴女も一緒なの。まぁだから私も貴女に無理をお願いしたんだけどね」
くすっと悪戯に笑ってはそう言い返す。
その言葉にルカはきょとんとした顔を見せ、
「……ばっかじゃないの!? もう好きにしなさいよ!」
意味を理解した彼女は紅潮しながらそっぽを向き、そう吐き捨てた。
現状唯一のツンデレ・ルカちゃん。




