第百十一話 「独りきり」
―――大迫轟の節による騒動より2週間が経った。
事後処理の一つを受け持つカーリは書類の海を前に苛立つ事すら馬鹿らしくなり、顔を上げる。
1人きりの書斎で身を動かす音が微かに響き、もたれた椅子がキシリと鳴る。
背を伸ばしながら彼は疲弊の程が濃い顔を動かすと書類を持っていた手を下ろす。
上げた顔に生気は無く、肌は枯れた土地のようで疲れで淀んだ目の下も痣の様な隈を作っていた。
その有様から長らく睡眠を取っていない事は容易に伺え、疲労も相当な物だと判る。
彼はおもむろに手を伸ばすと冷めきった茶を口へ運び喉へ流し込む。
そして吐息を一つ吐いては首を動かす。
「……はぁ。何なのだこの問い合わせは」
書類の内容に目を通しながら首を振る。
現状、城下町の復旧は8割方終わっている。
再生術と呼ばれる魔術によって建造物の修復はほぼ終了し、国外より及んでいた竜が作ったと思われるトンネルも同様に埋め終っていた。
故に外観上は襲撃を受ける前に元通り……ではあったが人はそうもいかない。
被害に遭った住人の数は千を優に超え、死者は300人を超えていた。
竜に食われた者、倒壊した建造物の下敷きになって亡くなった者と様々であった。
そして住民の不満は竜に対してでは無く、全て国に向く事となる。
幾層封印璧によって救助が困難であったなどと説明したところで管理が杜撰だった国が悪いと言った話に戻る。
住人は原因追及を求めている訳では無く、その不満の矛先を探しているのだ。
そして魔王の封印を解けたと言う過去がある為にその感情へ拍車をかけている。
それが今回の一件で一挙に噴き出してしまったと言う形でもあった。
しかしカーリが眉を顰める理由はそれらではなく、その様な黒い物では無かった。
目を通す書類の中に混じるのは住人からの感謝の言葉の数々。
それも、
「―――助けてくれた王城所属のメイドの少女へお礼を言いたい、か」
内容の一つを読み上げてカーリは髭を弄ると苦々しい顔で口を結び、瞑目する。
目の前にある書類の半分近くが同様の内容ばかりで、竜の襲撃の直後に現れた謎のメイドへ対しての問い合わせが後を絶たない。
1人で竜を殲滅し、幾層封印璧によって魔法が使えない中、住人を治癒して回ったメイドの姿は多くの住人の記憶に強く焼き付いた。
そしてその結果はカーリを始め、多くの王族連中の望まない物ともなっていた。
故にどう処理するかと言った会議が連日行われている程で、未だに今後の対応に足踏みをしている。
「本来ならば魔王討伐が失敗し、ラキナ家は権威を剥奪される予定であった。
そしてセディンカーマリアル家率いる白英団によって200年続く魔王との遺恨を絶ち、リスリムによってこの国は繁栄を得ると言った話であったはずが……どうしてこうなってしまったのだ。と言った御心情で御座いましょうか?」
神経を逆撫でする声を前にカーリは顔を上げる。
視線の先にはおどけた素振りでローブを揺らす骨の仮面を付けた奇人が一人佇む。
彼はくるくると手を回しながら歩み寄り、返答を求めるように首を傾げる。
「―――邪魔しに来たのか? 踊狂」
「いえいえ。ニイシロユウ様の処遇に御困りの御様子でしたので、我が主と時詠の巫女様からのアドバイスを御届に参りました次第で御座います」
そう言って差し出される便箋をカーリは受け取ると中身へ目を通し、不機嫌に目を細める。
それに対して仮面の彼は陽気に手を小さく広げては「大丈夫」と言ったジェスチャーを見せた。
「正気か?」
「レニア女王陛下様の御許可は頂いております」
返答に対し、カーリは眉間を押さえる。
おもむろに机の上に置いた手紙に書かれている内容は、
『ニイイシロユウを魔王封印に於ける功績者と認め、国民へ報せる事。そして此度の襲撃の功績者としても受け入れる事』
その内容はリスリムを支持する王族貴族達が一番容認したく無い内容である。
故に連日の会議は収拾が付かない状況下であり、この条件を飲み込めばユウと繋がりのあるレオナへの評価も上がってしまう。
その為、カーリの中で直ぐに湧いた言葉は『無理』の一言。
……しかし城下町襲撃と言う大惨事を前に自分の思惑を優先している場合でも無い、と言った状況も十二分に理解もしていた。
そして、映像越しとは言え圧倒的な力を目にした事もあり、ニイシロユウをぞんざいな扱いをする事は避けるべきだとも考えていた。
それはあの場に居た者達も同様の考えに至っていた。
その為、悠と神竜の戦いを目の当たりにしていない危機感のない者達と意見が食い違う結果ともなり、仲間内で足を引っ張ると言う情けない状況を招いても居た。
「全ては容認し兼ねる。が、検討すべき……か」
「その方が宜しいでしょう。第九の為を考えれば、見るべき場所は今では御座いませんし」
踊狂は後押しするように意見を口にする。
それに賛同し、カーリは吐息を一つ零す。
選帝に於いてリスリムを王に就かせると言った目的もあるが、第九召喚によって偉大なる恩恵を手にしなければならない。
それは選帝と同じく失敗する訳には行かない内容でもある。
「解った。では貴公にはその為の根回しを頼むとしようか。元よりそのつもりで来たのだろうがな」
「流石はカーリ・セヴィマージア・ランゼル様は御聡明な御方ですね。して……そちらの方もほぼ終えて居りまして、滞り無く事を運べる御準備が出来ております」
仮面の道下は胸に手を宛てながら深く腰を折る。
カーリは「最初からそのつもりだったな」と呆れを含みながらも笑みを見せる。
踊狂を始めとし、バックに居るヌネスやクロカにとっては全て掌の内なのかと彼は首を振る。
そうなれば連日より続くこの問題へ頭を抱えていた事すらも馬鹿らしくなる。
そんな事に気が付けば彼は堪え切れずに失笑する。
上げた声は書斎の中を木霊し、踊狂は満足そうに仮面に指を宛がっては僅かに首を動かす。
「貴公の……いや、ヌネス卿の望む形に進めるとしようか。その方がより確実であろう」
溜まりに溜まった鬱憤を吐き出し、いくらか踏ん切りが付いた彼はそう述べる。
この展開も奴に取っては想定内の事なのだろうな、などと思いつつもこれまでの事を思い返して身を委ねる様に考える事をやめる。
今まで、ヌネス……テヌカルリッジ家や時詠の巫女が指示する事を選んだ結果、望んだものへと必ず辿り着いた。
それは200年以上前からも確固たるモノであり、その恩恵のお陰で三大国家と言う不倒の大国が築かれ、今に至る。
ならば今選べる最善は全て任せる事だとカーリは確信する。
「仰せのままに」
深く腰を追って拝命を身で現わす彼は首を垂れる。
カーリは厄介事が肩から下りたと言った様子で茶を口へ運び、満足気に笑う。
これで全て望み通りに事が進むと言った表情で。
そして踊狂は笑みを堪える様な手付きでズレた仮面を整え、受け賜った事を遂行すべくその部屋を後にした。
「……はぁ」
これで何度目か。
そう思いながらも彼は溜息を吐き出しながらおもむろに空を見やる。
こうでもしなければ何も無い今の時間をやり過ごせない。
そんな事を頭の中で何度も唱えながら、
「どうしたら良いんだろう」
内に沸く焦燥と後悔による自問を前にそんな言葉が何度もぶり返す。
広い城庭にあるベンチに腰掛け、呆然と時間を潰すが一秒一秒がとても長く感じる。
現状、悠は大迫轟の節の一件が落ち着くまではレオナへ近付く事を禁じられている。その為、世話役として就いていたレディースの仕事も出来なくなっていた。
そして人が少ない庭で時間を潰すか自室に籠り続けるかしかやる事が無くなって職を失ったリーマンの様にベンチに腰掛ける状況となっていた。
最初はルシードの部屋に籠り、本でも読んで時間をやり過ごそうとも考えた。
しかし一件で魔力枯渇状態に陥って寝たきりの彼を思い返せば流石にその様な事も出来ないと思い留まられた。
トシキたちも同様に力を多く使っている事を知っていた悠は自分から接触する事を極力やめ、自ら関わりを避ける様になる。
そして居場所を探しながら城内を彷徨う中、一件によって向けられる視線が今までの物と打って変っている事に気付いた悠は人目も避けた。
結果、独りきりの時間が増える事となる。
気付けば持て余す時間の中で何度も大迫轟の節に於ける事が再生される様に。
その内、繰り返される映像の中で助けられなかった人達の事や惨状のみが脳裏で多重再生を始め……
「もっと、何か出来た筈なのに―――」
それは自責となって心を蝕む。
同時に城内ですれ違う者たちの視線が責め立てに思え、居場所を自ら失い孤独を造り上げる。
―――もっと早く山脈に行って戦いを終え、城へ戻っていれば。
―――油断をしないでもっと警戒していれば拉致なんてされないですぐに戦いに参加出来たし、ルシードさんもあんな事にならなかったんじゃ。
―――時期がいつもより早いと言う話を聞いた時点で対策を考えていれば。
血に塗れた映像の数々が過る中、自責が絶え間なく木霊する。
何度も何度も責め立て、『お前のせいであんなに人が死んだ』と反響し続ける。
それはいつしか別の後悔をぶら下げながら自分へ突き付ける。
そしてそれらは口を揃えてこう言う。
『リアさんとカーレンさんを姉の様に殺す所だった』と。
「黙れ」
「助かったから良いじゃないか」
と反論をするも『じゃあまた同じ様な事があった時、どうするのさ?』と反論を赦されない。
ぐずりぐずりと胸の内を散々に掻き回され、気が付けば反論をする資格など無いと思考が止まる。
そしてひたすら湧く自責を溜息として吐くしか術を思い付かず、薄目で空を見上げながら呆然とする。
「…………どうした。随分参ってるようだな」
聞き慣れた声が自分を呼びかける。
悠は錆び付いた機械人形の様にぎこちなく首を動かし、視線を向ける。
その先に映るのは2週間ぶりに見るヴィグフィスと……ルカの姿が。
「えっと、ヴィグフィス……さん」
自分が彼へ対してどう接していたか思い出せず、悠は戸惑う。
何とか出た言葉も彼の名前のみで、何か喋らなければと焦るが言葉が続かない。
そんな悠を見て辛そうに笑みを浮かべるとヴィグフィスはドカリ、と隣へ腰掛けた。




