第百十話 「ボクの特製」
『童よ、その口振りではまるで我らを倒せるとでも言いたげではないか』
大口を開けて失笑したかと思えば神竜はゲラゲラと下品に声を上げる。
「言いたげなんかじゃなくて……そのつもりだよ!!」
唯一残っていた召喚獣も消え、悠は単身で神竜へ挑む。
彼は高速で移動し、死角より相手へ触れる。
そして自身の内部でスキルを発動して間接的に攻撃を繰り返す。
『クッ……グハハハハハハハ!! 意気揚々に挑んできたかと思えば蚊ほども効かんぞ!! それで戦っておるつもりかぁああ!?』
翼を大きく広げ、尾を薙いで飛び回る悠を追い払う。
その対比は巨岩と子供程の大きさを思わせ、繰り広げられる光景はまさに絶望の一言。
夜空には不出来な花火が何度も大輪を見せ、氷華が硝子のように容易く砕けては儚く散る。
「―――くそ、足りない」
神竜の顔を執拗に狙ってスキルを放つ悠は苛立ちの余り、舌打ちを鳴らす。
当然ながら使用スキル全ては通用せず、神竜は次は何をしてくるのかと期待の表情を浮かべて嗤う。
『どうしたどうしたどうした小童ぁ! 顔ばかり狙いおって下らん!』
「ぐあっ!?」
一蹴の言葉と共に振り下ろされた一撃を受け、悠は半壊した建物へ墜落する。
瓦礫を巻き上げながら身を転がし、慌てて身を起こす彼は自分が落ちて出来た穴へ視線を向ける。
―――同時に違和感のある音を耳が拾い、暗闇の中で顔を向ければ脅えた子供の姿と……横たわる人影が。
『グハハハハハハッ! 逃げ遅れた餌がおるとは……いくらかの腹の足しにはなろうぞ!!』
竜は暴風を操り、半壊した建物を木の葉を散らすが如く吹き飛ばす。
そして構える悠の脇を狙い、空より身を窄める神竜の姿が彼の目に映る。
神竜の動きは獲物を仕留めるべく滑空する鷲を思わせた。
「くっ!!」
悠は咄嗟に子供の前へ立ち、衝撃を最小限にするべく氷系を手から撃ち出して猛襲を逸らす。
竜といくつもの巨大な氷の衝突により悠の身は弾かれ、地面を転がる。
欠けた月がおぼろげに照らす中で竜は首をもたげ上げては口の中の氷をバリバリと音を立てて喰らう。
それは飴玉を舐める事を止め、噛むように。
そして神竜は目の前に転がる血が滴るソレへ視線を向ける。
神竜と比べると小指ほどの物であったが、竜は満足気に鼻を鳴らすと待ちわびた顔で口に運ぶ。
クチャリクチャリと下品な咀嚼をしながら味わって口の中で転がし、
『クク……! 甘美、甘美甘美甘美! 子供の肉は食い出に欠けるがそれ以上の味を前にやはり止められんなぁ!?』
その言葉に悠は左肩を押さえながらゆらりと立ち上がる。
押さえたそこからは鮮血が止め処なく流れ、地面の上へビチャビチャと音を立てていた。
『さぁ次は足か、残りの腕か? いっそ腹まで喰らってハラワタを引き摺り、懇願する様を眺めてから喰らうのも一興か?』
ゲラゲラと嗤うと竜は首を動かし、横目で彼を見やる。
悠は何も答えず血を流しながら歩き、震えながらもその場を動こうとしない子供の前へ。
語りながら子供の元へ視線を流す神竜の思惑を理解しながらも、そうさせまいと彼は立ちはだかる形で立つ。
「……そう言う事して人を食べてきたんだね。今まで」
『この世は弱肉強食。強者に平伏すのが弱者の義務であろうが? 弱者は強者の行いへ口出す権利など無い』
神竜は味が無くなった悠の腕を未だに噛む。
それは相手に不快感と恐怖心を与える事を目的とし、同時に冷静さを奪わせる為に食い遊ぶ。
「そっか。いつまでもボクの腕噛んでるけど……おいしい?」
『ああ美味いなぁ。――――そして足りんなぁ。この程度では腹も満たされん!』
問いに対してそう返すとミンチとなった腕をゴクリと一飲む。
そして神竜は牙を剥き出しにして首を動かす。
悠はそれに対し「そっか」と呟くと迫り来る影へ視線を向け、
「ボクの特製、気に入って貰えて嬉しいよ」
口の端を歪に上げるとあどけなくそう向ける。
しかし浮かべる表情は無機質さを宿し、その異様さに神竜は戸惑いを覚えて勢いを殺す。
そして正体不明の悪寒を前に神竜は自分は間違いを犯した事を自覚する。
―――そんな馬鹿な。と否定が浮かぶが先程までの戦闘を思い返し、それは掻き消された。
悠は最初は自分に触れ、内部より力を放った衝撃を与える戦法を取っていた。
内部発動とは自分の血肉を中心とし、発動する方法だ。
そして後半は自分の顔を目掛けて氷撃を行い、先程の攻撃は接触する前に口へ向けて術を発動した。
そこよりまた疑問が過る。
内部発動を常に行っていたにもかかわらずその様な戦い方へ何故変わった、と。
答えを得た神竜は勢いを殺した身を動かす為、翼を打とうと前へ進もうと足に力を込める。
それはミシミシと筋肉が軋む音を全身に伝え、関節の擦れる音が微かに鳴る。
そんな刹那、視線の先の悠は上げた口角を下げ……ゆっくりと名を唱える。
「黄昏を染める指輪」
言葉と共に神竜の視界へ銀の煌めきがいくつも伸びる。
視線を下ろせばそれは自分の腹から生え、遅れて走る激痛に顔を歪める。
『き、貴様ァああああああ!!』
「……やれ、サンクリズル」
突進を試みる神竜の腹より銀の槍が突き伸びる。
それはつっかえ棒の様に地面へ突き刺さると神竜の勢いを殺し、動きを止める。
そして痛みに叫ぶ竜の声に呼応し、煌めきは内側より腹や背を割る。
黒い巨体を破り中から現れた12人の少女たちは孵った雛の様に顔を上げ、朱で染まった身体を月下に晒す。
腹の中身を地面へ零して身を倒した神竜は必死に身体を動かそうと這う。
しかし内側より脊椎や下半身の筋肉を切断された事により、竜は芋虫の様に身を引き摺る事すらままならない。
不様に転がる竜の元へ悠はおもむろに近寄り、視線を下ろす。
神竜の眼に映る幼い彼の姿はこれ以上無い畏怖を抱かせ、冷淡な色を見せる表情に恐怖する。
『や、やめろ。助けてくれ……』
気が付けば愚かにも懇願の言葉がボロボロと零れる。
その言葉を前に悠は首を傾け、じっと見つめ。
「同じ様に助けを求める人を、あなたはどうしてきたのさ」
無機質な声より滲む濃淡な感情。
それは様々を焼べて燃え上がる火のようで、細めた目はこぼれ火を思わせる。
恐怖に身を震わせる虫の息の神竜へ向けて悠は左腕を上げ、そっと触れる。
再び言葉を述べようと口を開く竜の腹の上へ煌々と紋章が浮かぶ。
それは夜に暮れた辺りを太陽の如く照らし、熱を帯びる。
瞬間、数千度の灼熱が神竜の身体の内を蒸発させる。
懇願は許されず、断罪だけが赦される唯一と言わんばかりに業火は時間をかけて神竜を炭へと変える。
悠はそれを最後まで見守る事無く、興味が失せた顔で背を向けた。
「……大丈夫?」
悠は蹲り震える子供へ小さな声でそう問いかける。
リアの事が過り、少々脅えを含みながら窺うように彼は近付く。
その言葉に子供はぐしゃぐしゃな顔を上げ、悠を見やる。
恐怖のあまりに声が出せず、状況が理解出来ない幼い子供を前に悠は視線を動かし、その傍らで流血し横たわる女性へ近付いて触れる。
「良かった……まだ息がある。ちょっと待ってね」
落ち着かせるよう不器用にぎこちない笑みを彼は浮かべる。
そしてゆっくり息を吸い、静かに吐き出しながら力を送って女性の傷を癒す。
―――現状、力が使えないのならば相手へ触れて治療を行うしか方法が無い。
その様な言葉を自分へ言い聞かせながら、悠は覚えた感情へ目を閉じながら治療を終える。
「……はい、もう大丈夫だよ」
「お、お母さん……! お母さん!」
泣きじゃくりながら子供はまだ眠る女性へ抱き付く。
悠はその光景を前に頬を綻ばせ、おもむろに子供の頭を撫でてそっと治癒をかけて立ち上がる。
そんな悠の傍らへサンクリズルはそっと寄り添う。
「主様、どうやら結界が解かれたようですね」
「そっか」
悠は背を向け、短く返す。
そして顔を拭い、面を上げる。
「……じゃあ他にも負傷してる人を助けないとね」
彼はそう呟くと鼻を一つ鳴らし、後ろより声をかける子供の言葉を聞こえないフリしてその場を立ち去る。
そして逃げ遅れた負傷者を探しては一心不乱に治療して回った。




