第百九話 「獣」
2016/11/27 月白戦の変更
「皆様方、わたくしはこの場から早く離れるべきではないかと思うのですが、如何でしょう?」
襲撃者が去った後も時折、周囲へ視線を向けながら警戒をしているサンクリズルがそう提案をする。
芝生の上に横たわるカーレンの顔はいくらか血の気を取り戻し、トシキはついでにとリアの治療も施す。
「確かにそうね……。でもカーレンをどうやって医務室へ―――」
「はい、それでは行きましょうかレオナ様」
微妙に噛み合ってないサンクリズルの言葉にレオナは首を傾げる。
しかし当の彼女は「どうかされましたか?」と微笑むと、背の翼をゆっくり広げる。
それによって起きた風は芝生を撫で、地面が淡く木洩れ日の様に輝いたかと思うとその場に居た全員の視界は暗転する。
「……あでっ!?」
「あら、失礼しました。さぁ、着きましたわ」
金銀で豪勢にあしらわれた絨毯の上が広がる一室に移動する一同。
その絨毯の上でピンポン玉のように跳ねたトシキは思わず声を上げ、転がりながら顔を上げると髭を生やした痩せた中年と目が合い、
「な、なななな何奴!? レ……レオナ様!? これは一体!」
バサバサと書類が落ちる音が部屋に響く。
カーリは突然現れたレオナたちを前に混乱の表情を見せ、書類の上を後退りをしてみせる。
彼女たちが転移した部屋は王族貴族が集まっていた指令室で、僅かに残る王族たちも同じく同様の顔で視線を向ける。
現状、幾層封印璧によって魔法魔術は使えない。
しかしルシードの行った血を経由した転移魔法や悠が行った内部スキル発動など、特定の条件下であれば発動が可能である。
トシキは身を起こしながら目の前にある椅子を見上げ、その下に落ちる数本の金糸のような髪を見付けては「なるほどな」と。
「では、わたくしはそろそろ主様の元へ戻りますね……それでは皆様、御機嫌よう」
剣色の髪をふわりと揺らし、強張った顔をして固まる中年たちへ視線を流すとそう笑って小さく会釈をする。
美麗と言う言葉を形にしたかのような彼女を前に皆、視線を奪われる。
そしてそれは幻想だったと思わせるかのように彼女の姿は淡く光って散り、姿を消した。
「ほう……これはこれは一体」
老人が一人、興味深いと言った声を漏らす。
彼は指令室のドアから一連の光景を見ていたらしく、静まり返る一室の中をゆったりとした足取りで進む。
「サマザ大司教……」
「此度の戦い、この老いぼれ何も出来ずして申し訳ありませぬ」
「い、いえ……頭を上げて下さい」
老人は謝罪の言葉と共にレオナへ頭を深く下げる。
彼女は慌ててそれを止め、サマザは顔を上げると掘りの深い顔を周囲に向ける。
そしてその中のカーリへ視線を向けると、胸に手を宛てて軽く会釈を一つ。
「カーリ卿、幾層封印璧が解除に無事成功しました」
「な、何!? それは本当か!!」
「ええ。山脈に於ける戦闘は無事に終了との報告。リスリム様もご無事との話です。只今、撤収中との事です」
「そうか! よ、よし……結界が解けたのならば城下町で暴れる竜の討伐、住人の救助を手配しなければ!」
リスリムの無事を聞きカーリの目に光が戻る。
周りでもまばらだが歓喜の声が上がり、それは一室で静かに響く。
だがサマザはその言葉に大きく首を横に振る。
「いえ、城下町の竜の討伐はお待ちになられた方がよろしいかと」
「……どう言う事だ?」
意見を留め立てする彼を前にカーリは大きく口を曲げる。
王国を脅かす竜を早急に排除する事を何故止めるのか、その場に居る皆はそう口にするのを堪え、老人へ視線を向ける。
そしてサマザはそれに応える形で一歩前へ出ると右手を前へ。
その手の上には菱形の赤い石が煌めき、球体の光を放ち始める。
「―――説明するよりこちらを見られた方が早いでしょう」
言葉と共に光は広がり、部屋の中心に映像を映し出す。
そこに映るのは夕暮れに染まる瓦礫の山と化した城下町の惨状。
映し出された光景を前にその場の者の何人かは目を逸らしてしまう。
そして映像は惨状から空へと移動し、そこには薄暗い中で浮かぶ大きな黒い影と小さな白い人影が。
「何だ……アレは…………」
黒い影が竜である事はすぐにわかったがその形にカーリは言葉を詰まらせる。
元来知られる竜とは、寸胴なトカゲのような成りにコウモリの羽を生やしたような形だ。
しかしそこに映る竜はコウモリの様な翼はあるものの、寸胴からかけ離れた長い首に細い手足と機動性を重視したフォルムであった。
そして対峙する小柄なメイドと剣色の髪を靡かせる11人の少女を前にその場に居る者たちは戦慄する。
「あの少女は先程の……しかもあの子供の服は……」
覚えのあるメイド服を前に固唾を飲む音が響く。
それは城内で王族の身嗜みなどを世話する者が身に付けている物で、そこに映る顔も忘れようにも忘れられない。
要談の際に参加していた、幼くも畏怖を秘めた存在。
「……ユーちゃん」
リアはおもむろに名を口にする。
そこにはいつも明るく笑い、ちょっとからかうと泣きそうな顔を浮かべたりする彼の姿は無い。
現実離れした光景の中に混じりって爆発を起こし、氷雪を降らせたりと常軌を逸した戦いを見せる。
無表情の中で光る赤い目は彼の激情をまざまざと見せつけるよう。
獲物を狩る獣を思わせ、足元から昇る小さな火は感情を燃やして灯るようで……。
老人はそんな光景を見つめながら憐れみを含んで目を細め、眉を寄せる。
「―――愚かな」
吐息と共に吐き出されたサマザの小さな一言は誰の耳にも届く事無く消えた。
「さぁ、頼みますよ、お願いしますよ神竜。全ては姫の為……」
日が沈み、蒼然暮色の中で白い影は嗤い、その頭上で巨大な黒竜は咆哮を上げて言葉に応える。
大きく見開いた眼は月光に照らされた宝石の様に瞬き、鮮やかな赤を見せて。
「……待て! 逃がすかぁあ!!」
神竜の影に身を溶かす月白を追おうとする悠は巨大な腕に行く手を阻まれる。
それは突風を巻き起こし、小さな彼の身体は木の葉の様の煽られる。
『承知した……行かせぬぞ童』
「くっ!? 邪魔を、するなぁああ!!」
グラニスキルを使い、月白の元へ瞬間移動しようとするが悉く神竜に妨害をされてしまう。
グラニは画面内であれば障害を受けずに瞬間移動の効果を持つが、指定場所に障害物があった場合は移動先がずれてしまう。
故に巨大な尾や腕によって、移動先を封じられてしまうせいで月白の元へ近付けない悠は苛立ちを前に歯軋りをする。
「貴方様が盃たる資格があるのならば、また逢えましょう。見えましょう……」
幕が下りた劇の袖に去る役者の様に竜の影の中へ月白は姿を消す。
慌てて後を追うが、視界の先に映った竜の背には白い影の姿は無かった。
どこへ逃げたと探す中、神竜の長い尾が悠を薙ぐ。
『しかし獲物が童とは喰い出に欠けるな。まぁ、柔らかい肉を思えば悪くも無しか』
悠を護る形で応戦する少女たちの一撃は神竜の堅牢な鱗を前に全て弾かれる。
竜は剣先の如き歯の生える顎を開くと嗤いながら飛び回り、空気を裂いて回る。
裂かれた空気は衝撃となり、悠の小さな体を嬲る。
『どうした。恐怖に慄かぬか、痛みに泣かぬか! 我らが喰らって来た者と同じように叫喚を響かせ、懇願してみせるが良い!』
ゲラゲラと下卑た声を上げながら空を切る。
それを前に少女たちは深手を負い、次々と光と化して霧散する。
悠は成すがまま甚振られ、神竜の牙は彼の小さな身を掠めては引き裂く。
『さすればゆるりと食んで味わってやろうぞ!!』
鮮血は雫となって舞い、削がれた僅かな肉を竜は舌で舐め喉を鳴らして加速する。
「―――獣風情が。分相応を弁えなさい」
しかし剣風と共に現れた彼女の一閃によりそれは阻まれる。
竜の巨躯は宙を転がり、視線を向けた先には剣色の髪を靡かせる少女が一人。
彼女は凍て付いた瞳を細めては槍の切っ先を竜へ向ける。
少女は痛ましい姿の悠を前に口を僅かに歪め、唇を噛む。
主を良い様にされ、激情を浮かべた彼女は槍を握る手へ力が籠る。
だが悠は目の前に現れた彼女に一瞥もくれず、深く息を吐く。
それは内にある何かを鎮める様に。
「遅れて申し訳ありません主様」
「良いよ向こうでトラブったんでしょ。サンクリズルは少し戻って……」
鮮血の流れる顔を拭いながら彼は前へ出る。
服の端々は裂け、服の下からは痛ましい傷が覗く。
「し、しかし主様!」
「コイツはボクがやる」
蒼然が深く染める空で激情を灯す眼を細め、悠は竜の前で構える。
愚かと嘲笑うように神竜は目を見開き、業火の様に眼を輝かせて応えた。




