第百話 「……おや?」
「…………と言う訳だ。目覚めてすぐで悪いが、セヴィア山脈へ向かって欲しい」
ボクはルシードさんより粗方の状況を聞いた。
仲働きの少女に眠らされ、この森の中にある地下屋敷に連れ込まれてケディフェリスと言うクスリを飲まされて危ないところをルシードさんに助けられた。
そしてクスリの影響を強く受けたボクを助ける為にトシキたちが色々してくれたらしい。
その間、予定より早く進軍した竜と先遣隊が戦闘を開始し、リスリムが参戦して現在も交戦中との話を受けた。
「わかりました。じゃあどちらにしても一回お城に戻らなきゃですね」
「そうだな。山脈への魔法陣はニーアの方が用意しているはずだ。それを使って―――」
ドォオンッ!!!
と、説明を遮る大きな爆発が地面を揺らす。
いや、これは地面の中……地下屋敷が爆発した音だ。
「屋敷爆破とか随分用意周到だなぁおい」
「色々と調べようと考えていたのだが、これでは無理だな……」
トシキが感心する中、ルシードさんは溜息を吐くと煙が立ち上る入り口だった大穴を見やる。
すると爆発で大きく盛り上がっている地下屋敷のあった辺りの地面は一気に凹む。
恐らくは中の建造物を支えていた柱が失われ、支えられなくなって崩れたのだろう。
「……戻るか」
彼は術符を取り出すと魔力が枯渇して動く事もままならない体を無理矢理動かし、転移魔法を展開する。
トシキたちもかなり魔力……と言うかAlpが減ってる。かなり無理をしたんだな。
そしてボクたちはお城へ戻った―――
「お帰りなさいませ、魔王封印体…………サマ」
魔法でルシードさんの部屋へ戻るや否や、地獄の底を這うような声で出迎えるニーアさん。
獣のような視線でボクらをギロリと一睨みし、小さく溜息を吐いて見せた。
先程、ルシードさんより受けた説明の中でニーアさんが攫われた件で色々と誤魔化す為に動いて回っていると話をしていた事を思い出す。
そんな事を思い返すと彼女の不機嫌マックスな態度も仕方がない……ある意味、ボクのせいだし。
「お戻り頂いたところ慌ただしくて申し訳ありませんが、貴方サマにはセヴィア山脈へ向かって頂きます」
「……わかりました」
彼女はそう言い終える前に術符を取り出し、魔法陣を即座に展開するとこちらを見やる。
ボクはニーアさんの無言の指示に従い前に進む。
『レオナの方はオレらが見てっからよ』
ジェム状態でルシードさんのポケットの中に居るトシキはそう口にする。
振り返ればルシードさんも「こっちは任せろ」と短くボクへ向け、軽く笑って見せる。
「レオナの事、お願いします……」
その言葉と共に魔法陣の上へボクは両足を乗せると白い光が泡のように立ち上る。
視界が一気に白色へ染まると同時に覚えのある浮遊感が自分の体を包んだ。
「第一、第四まで被害増大! 回復も追い付きません!」
「第五より第七、前線の隊と交替し第一から第四は負傷者を回収しつつ下がれ!」
「第五第六、まだ負傷者の転移完了しておりません!」
リスリムは思わず吐き捨てるように舌打ちをしてしまう。
先程まで優勢に思われた戦況は一気に傾き、攻めから守りへと一変していた。
一方的な蹂躙を前に巣穴を暴かれた蟻のように騎士や兵は逃げ惑い、指揮が末端まで届かない状況となってしまっていた。
防御魔法により竜たちの猛攻を何とか凌ぐも、すぐに空中へ逃げる竜相手に攻撃を与える事がほとんど出来ない。
本来ならば騎士が前線で壁となり、その後方より術者がサポートをしながら遠距離攻撃する。
そして魔術などを用いて竜の飛行位置を下げ、剣戟の届く位置に来た所で飛行を妨害する道具を使って墜落させたところを騎士たちが仕留める……
と言ったスタンスが大迫轟の節に於ける定石であった。
しかし竜全てに魔法魔術が効かないと言うだけでは無く、竜を指揮する者が現れた事によって過去の戦いは不測の事態を前に役に立たない状態となっていた。
「弱いですね脆いですね? もっと抗って下さい頑張って下さい?」
長身の影は白ローブを大きくはためかせながらタクトを振るうように大きく腕を振る。
それに合わせるように竜たちは空を切って激しく飛び回り、弾丸の如く急降下して人の群れを襲う。
岩の塊がいくつも襲ってくるような光景は士気を失った兵たちの心を折るには充分で、逃走する為の足をも止める。
そして未だ戦おうと奮闘する者や負傷者を助ける者の足を引っ張る存在となり、仲間内で被害を出すと言う泥沼に拍車をかけてしまっていた。
「キョーちゃんもひっどいねー。それ使っちゃったら簡単に終わっちゃうよー? 魔導通話も使え無くしちゃうなんてかわいそー」
「自分も前菜くらいは食べておきたいのですよ。貴女はツマミ食いしていらっしゃるようですから良いでしょうが?」
「あ、あれはぁお掃除だから良いのー! じゃないと計画に支障が出ちゃってたでしょー?」
少女は冷や汗をかきながら慌てふためく。
それに対し長身の影は呆れた調子で肩をすくめて首を振る。
「……終わり良ければ全てよし。今はあの方の口癖にあやかりましょうそうしましょう?」
そんな諺を口にして気を取り直すとギザ歯を見せた笑顔を浮かべ、魔法魔術によって辺りの木々や土を燃やし作られた煙幕の中へ視界を向ける。
煙により相手の視界を奪い、それに乗じて攻撃と防御を行う。
忘却の白塵程の効果は無くとも少なからず敵の視界を奪う効果がある。
しかし物を燃やす為にその場に居る者たちへも被害を及ぼし、場合によっては煙によって味方の視界を遮り、呼吸を困難にさせると言う弊害も併せ持っていた。
そして時折、その煙の中から指揮を取るキョーを目掛けて魔法攻撃がいくつも飛ぶ。
だがその全ては当たる手前で霧散し、無駄となる。
キョーは向けられる数々の魔法魔術を受けながら指揮の中心……リスリムへ顔を向ける。
瞳に映る彼は他の団隊長や騎士たちが諦めを覚える中でも絶望を打破すべく指揮を飛ばす。
魔法魔術を指揮する際も妨害を優先とした指示を出し、それは未だ救出に奮闘する者を手助けする。
そしてよく見れば戦線を少しずつ下げていた。
後方に一つ、前方に二つと部隊を分け、360度攻撃に対応出来るようそして守りに専念出来るように円形を組む。並列する円は互いにサポート出来る形で、それでも補えない場合は後方の隊より遠距離の支援と言った戦略を取る。
「魔法魔術が通じずとも使えぬ訳では無い、顔を上げろ! 地に転がる巨大な骸は誰が築いた!? 容易く諦めるのが王国の者か!!」
喉が張り裂けんばかりの大声で彼は怒号を飛ばす。
それは意気消沈した者たちへ向けた物でありながら自分自身を奮い立たせんとする言葉だ。
そしてそれに応え、騎士団長の一人が声を上げる。
「霧に抗い、極寒を耐え抜く我らが王国騎士よぉおおおお! この程度の事が絶望と呼べるかぁあああああっ!?」
鎧にいくつもの傷を刻み、銀色の鎧に赤黒い血化粧を作る彼の瞳にリスリムと同じく諦めの色など無い。
そして彼は大剣を構えると大地を切り裂き、落ちるように向かってくる竜へ一撃を合わせる。
「ヴィ、ヴィグフィス団長!」
「うぉおおおおおおお!! 剣、風、撃ぃいい!!」
体長5mはある巨体へ対して剣一本で立ち向かう。
ぶつかり合った衝撃で起こる風は土を巻き上げ、彼の体を押しやられる。
しかし彼の体は煽られるように押しやられ、正面から竜とヴィグフィスは力勝負を始める。
放った剣技は攻撃に用いたのではなく……足りない己の力を上乗せする為。
暴風は剣を、彼の体を前へ前へ押しやる。
鎧は軋み、骨は鳴り。その痛みに耐えながら彼は吼えると柄を握る両手へ更に力を籠め、腰を落とす。
その瞬間、刃を受けた竜の鼻頭はミシリ、と音を立てたかと思うとヴィグフィスは大きく剣を振り切る。
斬撃と変わった一撃は竜の鼻頭から腹にまで走り、断末魔と共に鮮血が辺りを染めながら巨体は地へ落ちる。
「いくら強大であろうと倒せるのだ! 臆するなぁあ!」
血を浴びながら剣を掲げる彼の雄姿にいくつもの声が上がる。
それは恐怖を振り払い奮い立たせ、僅かではあるが勝機を見せる光となった。
そして迫りくる竜を正面より数名で受け止め、一瞬動きが止まったところを攻撃と言う戦法を他の騎士たちも真似を始める。
吹き飛ばされても立ち向かい、血を流し倒れようとも立ち上がる。
それはここを抜けられてしまえば一気に王国へ攻め入られてしまう。
そうなればこれ以上の被害を出し、自分たちの家族や大事な者を失う事に繋がる。
恐怖を振り払った先に自分が守るべきもの、理由を思い出し彼らは奮起する。
そして風向きが変わった戦況を前に竜たちは深追いを止め、長身の指揮者は手を止める。
「自ら活路を開き、諦めない挫けない。ニンゲンのそう言うところが大好きですよ愛おしいですよ?」
肩を震わせ、揺れるように身をよじらせると顔を上げる。
そして、
「だから頂戴下さい断末魔……。
アナタたち、の! 全、てを! 乗せ、た! 阿鼻っ叫喚をぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
感極まったキョーが狂ったようにゲラゲラ笑うと同時に空に浮かぶ若竜へ異変が起きる。
20体満たずの竜たちは雄叫びを上げ、合わせて身体が大きく膨張する。
「……塗り替える無色とかかわいそー」
棒読みでそう呟くと彼女は大竜の上で頬杖をつく。
退屈で仕方ない、もう飽きたと言った表情で変異する竜をぼーっと眺め、
「さぁああああ! 美しくも歪に魅せなさい奏でなさぁあああああああああい!!」
その一言と同時に何倍にも身体を大きくした竜たちは発光する顎を大地目掛けてゆっくり開く。
突然の事に判断が遅れたリスリムは防壁魔術の指示を出し、放たれた攻撃は間一髪で凌がれる。
しかし続いてもう一撃と隙を与えず連続で攻撃が彼らを襲う。
攻撃はいくらかの兵を噴き飛ばし、土煙に混じって血の匂いが色濃くなる。
戦況が悪化する中、諦めず思考を走らせるリスリムの視線に映る……不穏な影。
「リ、リスリム様! 先程倒した竜が全て、生き返っております!!」
その言葉と同時に地を走る20近くの竜の影。
そして空より降る20近くの光を前に彼の思考は遂に止まり、視界は白色に埋もれた。
――――――ホワイト・セイクリッド・キャッスルッ!!
諦めに染まり視界が白ばむ中、可愛らしい声が彼の耳に届く。
同時に霧が晴れるように広がる煙幕は絶望と共に吹き飛ばされる。
「おや、おやおや……おや?」
騎士たちの前を護るように展開する虹色の城は絹のように揺らめいては幻想的な色を見せる。
目の前に現れた物に構いもせずに空の大竜たちは今一度咢を開くが、放たれた光撃は爆発もせずに消滅する。
そして地を這って騎士たちに迫っていた竜たちも大きく吹き飛ばされ、そのまま昏倒して動かない。
何が起こったか理解が出来ないその場の者は宙に浮かぶ影に視線が行く。
十字架とも鈍器とも形容し難い何かを持つ、小さな少女の姿へ。
「誰、だ……お前は!?」
沈黙の中、リスリムは声を上げる。
もしかすれば敵である可能性が高い。
しかし、彼は何故か声をかけずにはいられず……喧しく鳴る脈が鼓膜を叩く中、平常を装い視線を向ける。
すると少女はレモンイエローの髪を揺らすながら振り向くと、ニコリと微笑む。
その動きに合わせてピンクと黒を基調にしたドレスも揺れる。
そして彼女は頬へ人差し指を宛がうと、
「魔法少女リタカノ、です。えへっ!」
そう答えて見せたかと思うとしまったと言った慌てを見せ、舌を出して誤魔化した。
祝百話!!!
とは言ってもあまり話が進んでないような……。




