第九十九話 「バカ」
2016/10/29 サブタイの変更
「な……?」
突然の言葉にキサラギは返答に詰まる。
彼女はルシードに悠の身体を再構築する話はしたものの、それ以外は殆ど会話を交わしていない。
……と言うよりたった今、判明した内容をルシードが見抜いた事に唖然とする。
「私は見えるからな。魔力の動きでそれくらいは察せるさ。それより早くしないとこのままでは……」
そう答えた彼は赤目を細め、悠とAlpの奔流を見やる。
先程よりいくらかは収まっているものの、勢いは依然激しいままだ。
そんな中で悠を抑えているルシードの顔は脂汗をいくつも伝わせていた。
「……わーった。ありがたく使わせてもらうぜルシード。トシキ、ゴロウ!
今からユウの体を作っから、器と同化させたらそンまま精神と魂をリンクさせて引っ張んぞ!」
『OK!』
『承知したでござる!』
キサラギはルシードの血を手に取るとそれを球体にしてボタンと並べ、魔力を送る。
送る魔力は星のようにいくつも瞬きはじめると点滅と点灯を不規則に繰り返し始める。
そしてその光は激しさを増すと辺りを包み、一気に集束すると人の形を模る。
『器同化終わったぜキサラギさん! そんままリンク繋いで引っ張れば行ける!』
「おうよトシ坊、おめーらはAlpの抑制頼むわ! あとはウチがこンままユー坊を新しい身体に引っ張―――」
トシキの声を受け、彼女は新たな肉体へ悠の意識と魂を引き込もうとして言葉に詰まる。
そして小さく「ハッ」と笑って見せたかと思うと、
「まぁ、だよなぁ。―――トシ坊、そっちは頼んだぜ」
『……は? 何言って』
トシキの問いが終わる前にキーリエの姿は球体へ戻ると土の上を数度跳ねて転がった。
そしてジェムの中の仄暗い空間の中で事を任された3人はキサラギとの繋がりが突然切れた事に気が付く。
同時に新しく作った身体へ悠の精神と魂が流れ込み始める……。
何が起こったのか理解したトシキはキーリエへ意識を飛ばし、ケディフェリスの影響を受けている悠へ手を伸ばし――――
「っざけんなああああぁあああ!! アンタ何勝手な事してんだよ!?
そんな事したらどうなっかわかってんのか!!」
朦朧とした表情を見せる悠へ彼は怒号を飛ばす。
いや、その中に居る―――キサラギへ。
「うる……せェよ、トシ……坊。
コイツの意識は、こっちに張り付いて……ンだ。なら、内側から押し出すしか……」
「んな事わかってんよ!! アンタが中に入ったらそんままその体に引っ張り込まれて―――」
「ああ……だか、ら。移し終わったらウチごと、Alpに分解して……ユウへ戻、せ」
キサラギの言葉にトシキは激昂する。
精神体である彼女を一緒にAlpへ変換する事は……死そのものだ。
いくらか記憶は残りはするものの、精神体として再構築した際には『彼女の情報を持っている別物』と変わる。それはもはや彼女では無い。
「流石に体、残してたら……何が入り込むかも……わっかんねェ……かんな?」
『ふっざけんなあぁああああああ!!』
「バ、バカ野郎!! てめェ、何してンだよ!?」
トシキは切られたキサラギとのリンクを無理矢理繋ぎ直し、悠の体の中へ繋がる奔流へ手を伸ばす。
流れに逆らう形で手を伸ばす彼の体は大きな流れで今にも押し流されそうになるが、彼は歯を食い縛って体を前へ押しやる。
『何、勝手に決め込んで……んだ。 オレは……アンタのそう言う自分勝手、なとこが大っっ嫌いなんだよ……!!』
「オメーまでこっちに来た……ら、
ウチがやってる事が、無駄になんだ……ろうがァ!!」
『うるせぇええ!! アンタの指図は受けねぇ!
こっちに戻って……こいやぁあああああああああ!」
流れの中で彼はキサラギの腕を乱暴に掴むと引き戻そうと渾身の力を込める。
しかし激流と肉体との感覚に影響されたキサラギの意識はそれを阻む形で動かない……。
自分一人の力では無理だと判断したトシキはウメコとゴロウに助力を促す。
しかし悠の魂と精神体を肉体へ移している最中の2人は動く訳も行かず、見守るしかない状況であった。
『くそ、がああぁ!! 何がケディだ狂い水だ!! 薬一つにアンタまで引っ張られてんじゃねぇええええ!!』
「やめ……ろ。
またお前まで巻き込まれて……ウチがこっちに行ったのが無駄になンだろ!? 何で……わっかんねェんだよ!!」
『アンタが全員で戻るって、帰るんだつったんだ……ろうがぁあああああ!!」
目を血走らせ、ありったけの力を全身に込めて引っ張る。
……しかしそんな全力も虚しく、じわりじわりと彼はキサラギの方へ引き込まれ、それを気付いている彼女は唇を噛み締める。
出来れば今すぐトシキを振り払って追い返したい。
しかしそうすればもう一つの体へ押し流している悠の精神と魂がこちらへ戻ってしまい、全て無駄に終わってしまう。
その様な状況を理解しているウメコとゴロウは必死に定着を急ぐ。
早く定着を終えて、全員でキサラギを引き上げれば……と。
『…………バカね、それは悪手よ』
カツリ、と仄暗いその場で靴の鳴る音が一つ響くとその影は長い髪を靡かせ、スクリーンのような視界の先へ足を進める。
そして手を広げると小声で何かを唱え、ルシードが抑える悠の体の上で何かが炸裂する。
すると四方八方へ好き放題に流れていたAlpは大きな球体を描き、その中で激しく渦巻くと中空に浮かぶ。
同時に仄暗い場へドサリと投げ出されるキサラギと……トシキ。
『流れへ対して直線に挑む馬鹿がどこに居るのよ。助けたいのか死にたいのかはっきりしなさい』
『な……っ!?』
『ウメコ、ゴロウ。
ユウの精神と魂を直接肉体へ流しちゃダメよ。一回中断して表に出して。
じゃないと精神が狂い水を欲しがった形で肉体を書き換えて意味が無くなるわ』
彼女の指示に2人は慌てて従う。
黒髪の少女は手を差し伸べるように腕を前へ出し、また小さく何かを唱え始める。
そんな彼女をキサラギとトシキは見やりながらおもむろに身を起こす。
視線の先に映る彼女の目は鋭く、詠唱と共に動く手指はまるで煙が揺らめくようであった。
その動きは夜花がするものからおよそかけ離れており、
『お前……巫女か?』
『―――呼吸法でヒント出したのに気付きもしないとか信じらんない、ほんと』
『…………どうしてオレらを』
『今アンタたちが欠けるとこっちが困るの。無駄口叩く元気が残ってるなら手伝いなさいよ』
トシキの言葉を彼女は一瞥もくれずに冷めた態度で返す。
トゲを含む物言いにムッとし、『いや、わっかんねーよ……』とぼやきながら2人は彼女の支持に言われるまま従った―――。
『…………何つーか、うん。こんなアッサリ終わると色々腹立つっつーか、拍子抜けっつーか』
そう口にする先には無事、精神と魂とAlpを移し終えた新しい悠の肉体が横たわる。
先程あんなに苦戦をしていたにも関わらずクロカのサポート通りに進めた結果、ものの3分足らずで終わってしまったのだ。
『平面なら円を、立体なら球体へ、直線へ押すなら螺旋を。
力をコントロールする為の基本でしょ? 私が教えた呼吸法の何を聞いてたのよ』
『円とか球体とか聞いてねーし……覚えあんのは回転くらいだし』
『……それイメージして力を展開すればキサラギは引っ張れたんじゃない?』
『ぐっ……』
彼女の言葉にトシキは言い返せずにそのまま黙る。
確かに彼女の言う通りだが……
あのような状況の中、僅かなヒントでそれを実行しろと言うのも酷な話でもある。
しかし危険なところを助けてもらった事と言う通りにした結果、無事に目的を果たせた事もありそれ以上クロカへ何か言えるはずも無かった。
そんなやり取りをいくらか交わし、彼女は役目を終えたと言った様子で背を向ける。
『ユウの記憶もいくらか弄っておいたから、攫われた時の恐怖はいくらか落ち着いていると思うわ』
そう言い終えると彼女の進む足が止まり、直立のまま動かなくなるとそれはまるでマネキンの様であった。
そしてその直後に悠は無事目を覚まし、ルシードたちはゆっくり彼へ現状を説明した。
「――――――ふう。疲れた」
「はっは! お前も大変だのぉクロ」
水面から息継ぎをするような素振りで一つ大きく呼吸をすると頭を振って髪を揺らすクロカ。
そんな彼女を前に老人はふくよかな笑みを見せる。
テラスの中は夕日が差し込み、2人が座る白テーブルも植わる植物たちも皆オレンジ一色に染まる。
そんな光を受けて彼女の黒髪と瞳は艶を放ち、煌めく。
「折角今まで以上の成果が出そうなのに勿体ないでしょ」
「確かにのう。言ってしまえば現状魔王体が3つもある状況。
うまく行けば200年前の物など比べ物にならん第九が起こせる。しかも格段に安定して……な」
老人は湯気の立つカップを手にすると山吹色の茶を啜る。
茶に満足した彼はソーサーの上へカップを戻す。それはカチャリ、と触れ合う音をテラスの中で一つ響かせる。
「その為にはあの子……いえ、魔王たちにも気付かれる訳がいかない。
アカツキと同じ、そこから来たと言う事実を知られる訳にはいかない」
クロカはそう口にすると瞑目する。
浮かべる表情はどこか冷酷さと冷淡さを秘め、そんな彼女を老人はただ見つめる。
「自分たちの帰るべき場所が既に無いと言う事実を気付かれる訳にはいかないわ……妹を、唯華を生き返らせる為には」




