プロローグ 「自分と言う輪郭」
『―――また、一人こっちに来てしまったか』
漆黒の其処で、悲哀と哀傷を込めた言葉が一つだけ響いた。
深い深い暗闇の中。
声に答えるかのように、何かが体を覆う。
――ここは?
おもむろに顔を動かすが、何も見えない。
何かを確かめようと指を動かしても、感触は訪れない。
それどころか、指が空を切っている感覚すら無い。
そして動く度に、零れるように何かが崩れて行く。
それは砂城が崩れ、粒に帰るかのように。
代わりに胸を掻き乱す不快なナニかが、己の存在を強く強く訴える。
それを理解する為に思考を抱く。
――何故、自分がここにいるのか?
――どうしてここにいるのか?
だがそんな問いも瞬きのように過ぎ、闇の中へ埋没して全て消え失せる。
いくら考えようとしても、すぐに忘れ。
また考えようとしては、また忘れて……を繰り返す。
それはどんなに大事な物を強く握り締めようとも、すべて失うように。
それは指の隙間からどんどん零れ落ちる、砂のように。
忘れてはいけない大切な物が確かに在ったとしても、無情にすぐさま消えて行く。
しかし自分が此処に在ると言う意識だけ、確かに残る。
だが握り締めていたそれも、最後の一粒と共に指から離れてしまった――。
光と音。
そして何かの懐かしい匂い。
覚えのある感覚に意識を掴まれたボクは、おもむろに目を開く。
同時に身体を覆っていたナニかは消え失せ、五感が次第に蘇える。
息をする感覚、熱……と次々に全てを取り戻し、自分と言う輪郭を思い出す。
「……ん……あ」
息と同時に零れる自分の呻き声が骨を伝わり、耳に響く。
赤ん坊が発するような、声とも言えない音を出して自分の存在を確認する。
射す光に誘われて目蓋を開けてみるけど、視点が定まらない。
目に映る背景は色々な色が混じり合って輪郭がぼやけている。
耳に届く不規則な音は、朦朧とした頭ではまともに判断が出来ない。
「△○◇ぶ? は☆×○▽くない?」
視界の溶けて混じった色は、段々と輪郭を得る。
そして雑音だった物も、ゆっくり剥がれると声や音だと頭が認識する。
「目が覚めた? 具合はどう?」
声を辿り、ボクは目を動かす。
視線の先には……黒いローブに身を纏った綺麗な女性の姿。
彼女は僕と目が合うと安堵を含んだ表情を見せ、「良かった」と小さく零す。
「えっと、ここ……は?」
「ここは駐屯地のテントよ。
キミってもしかして村から来た志願兵? それともどっかの討伐隊の子?」
「……とう……ばつ?」
混濁した意識がだんだんとはっきりして自分は困惑する。
身を動かすと……一切痛みが無い。
視界に映る手には切り傷一つすらない。
おかしい。どう言う事なんだ?
ボクはさっき確かにマンションの20階から―――飛び降りたハズ。
どうなってるんだ、一体……?
そう自問すると同時にズクリと頭に痛みが走る。
痛みは夢にしてはとても鋭く、それは現実だと報せるようだった―――。