お兄ちゃん
零火との試合に勝利できた。
僕らは彼女を抱えたまま、少女がいる家に向かった。
僕の能力種「代償回復」は極めて強力な能力。
ただし、代償として僕の記憶は容赦なく忘れていく。
この能力のお陰で救える命もある。
代償は怖いけど、いつも使ってしまう。
「零火。起きてくれ。」
ゆっくりと零火の瞳が開いた。
軽く唇を噛み、勝負に負けたことを悔しがっているみたいだ。
「少女を苦しみから解放してほしい。お願いだ。」
零火は重たい溜息をついた。
「約束だったもんね。わかったわ。」
彼女は少女の胸に手を当てると髪の色が赤く変化していく。
「帰ってきて、毒火。」
少女の体中から小さな炎が零火の手に集まっていく。
「これでもう大丈夫よ。この子の体の中から少しずつ体を燃やしていたのよ。ふふふ。」
零火は深い闇を帯びたように笑顔になった。
このまま彼女を放置していれば闇能力者になるかもしれない。
依頼対象ではないけど彼女の心の治癒をしたい。
「・・・お兄ちゃんありがとう。もう体、痛くなくなったよ。」
少女が僕の指を掴んでいる。
妹が居ない僕はお兄ちゃんとよばれたことが妙に嬉しかった。
あれ・・・また懐かしい気がした。
まるでずっと妹がいたかのような気分。
異世界に来て僕も精神的にどこかおかしくなったのかな?
「娘を助けていただいてありがとうございます。」
少女のお母さんは泣きながらお辞儀をしてくれた。
「泣かないでください。お母さんが一番頑張りました。痛みに耐えることができたのはずっと傍にいて励まし続けたからだと思います。これからもお子さんを傍で支えてあげてください。」
お母さんは少女を泣きながら抱きかかえた。
「・・・お母さん。ありがとう。」
少女も泣きながらお母さんに感謝の気持ちを伝えていた。
「さてと、次は零火。君の番だ。」
零火は不思議そうに僕を見る。
「もう人を傷つけるのはやめにしようよ。今の少女とお母さんのやり取りを見て、何か暖かいものを感じなかった?」
僕が説得をしようとしていることが分かると零火は警戒して僕から離れた。
「少しは感じたわよ。でも・・・あたしはこれまで暖かさを感じることなく生きてきたの。学校ではクラスメイトや先生からいじめられてきた。家に帰っても父も母も仕事に明け暮れて、まともに話もできなかった。ずっと一人で苦しんできたのよ。今度は同じ痛みを与えてたい。」
僕も幼い時に両親を事故で失ってからずっと孤独に生きてきた。
幸い僕には友達ができて・・・。
友達なんて・・・いたのかな。
何も思い出せない。
今も零火は孤独に苦しみを抱いている。
僕らにできることはその苦しみを一緒に背負ってあげることだ。
「結愛、零火を仲間に入れてもいいよね?」
零火には聞こえないように小さな声で結愛に囁いた。
「うん。いいよ。」
結愛も僕の耳元で優しく囁いた。
「君の苦しみも一緒に背負うから僕らと一緒に居ようよ。僕らは絶対に君を虐めたりしないよ。君の心を温もりで包みたい。」
零火はすぐにうつむいた。
「まだ・・・信じられないよ。」
涙を一度、手で拭うと部屋から飛び出した。
僕らは少女とお母さんに挨拶を済まして零火を追いかけた。