作戦会議。
数年ぶりに再会した栞と初めて腹を割って話をした気がした。
学生の時、栞とは交際をしていたけど別れ際以外は喧嘩なんてしたことが無かった。
だからここまで真面目な話をしたのは初めてかもしれない。
そもそもあの時になんで栞は僕の事が好きになったんだ…、今でも謎である。
「お~い、先生~?」
確か交際するまではそこまで会話もしたことが無かったような。
「あの~…」
考えれば考えるだけわからなくなる、なぜだ。
「ちょっと達也‼」
「は、ハイっ⁉」
数分前に真面目な話をしたと思わせない程の和やかな雰囲気の中、僕は眉間にしわを寄せて昔のことを考えていた。
でも編集さんである栞に怒られてしまったので、また今度考えてみよう。
「なにいきなり黙って考えだしたのよ、今日は仕事しに来てるんでしょ!」
「はい、ごもっともですすみません…。」
栞は深く深呼吸をし、気合を入れるかのように自分の頬を両手で叩いた。
「よしっ、それでは本題の作戦会議を行いたいと思います。」
「作戦会議?今日は編集さんと顔合わせって聞いてきたんだけど…。」
一瞬だけど栞がなんだかニヤリと口元を緩めたような、まずいぞ嫌な予感がする。
そうだ、今日はこの後に人と会う予定があったような?これでいこう。
僕は一刻も早く帰って通販で買ったアニメBlu-rayBOXを受け取らなければならない。
わざわざ配達時間指定サービスを使うために有料会員になったんだ、この期を逃してたまるものですか!
別に隠してるつもりはなかったけど僕は結構な、いや重度なオタクです。
「こ、これから人と会う予定があるので今日はこのへんで~」
席を立ち何気ない雰囲気で会議室のドアを開ければ。
あれ、開かないぞ、ドアノブが回らない。
「すみません橘さん、このドア壊れてますよ?」
「あぁ、そこのドアには鍵がかかってるわよ。」
「…なんで?」
「学生の頃からサボり癖のあったあなたに仕事させるために決まってるでしょ。それに直接会う友達なんてほとんどいないでしょ?」
まずい、僕の狭い交友関係がすでにバレている⁉
バレているというか交友関係が昔と変わっていないだけだけど。
「どうせまたなんか通販で買い物したんでしょ。」
見え透いた嘘に呆れた目線を送りながら僕の核心を突かれた、心に栞の目線が突き刺さって物凄く痛い。
「達也ってホント行動といい喋り方といい昔と変わらないね。無駄に二年交際した元彼女の私に嘘は通用しないから気を付けてね、なんとなくだけど分かるから。」
「あぁい。」
玉ねぎを目の前ですり下ろされた時のように泣いている、心が。
§
あれから数時間、僕は栞から今後の仕事について説明を受けた。
時刻は気付けば黄昏時、世の中のサラリーマン達は仕事を終え帰り支度をしているころかな。そろそろ僕も帰りたいというのが本音なのだが、冬木出版社はこれから本腰を入れて仕事を始めるらしい。労働基準法とはなんだったのか…。
「さて、そろそろ時間ね。移動しましょう。」
「移動ってなんで?ここじゃだめなの?」
「一応今使ってるこの会議室は冬木出版の共有スペースなの、それを一日中使えるわけじゃないわ。ましてや達也は新人、まだ貴方が自由に使えるような場所じゃないって事ね。」
そう言われてみればそうか、僕はこの間デビューしたばっかりの新人小説家だ。
最初から優遇なんてされるわけない、今回は最初という事もあって会議室を使えるようにしてくれたのは栞らしい。本人がそう言ったわけじゃないけど、昔から周囲に気を遣う性格の栞の事だ、元彼氏としてなんとなく察することはできる。
移動といってもどこに場所を移せばいいのか僕にはわからない。
とりあえず自分の荷物をまとめて栞の後をついていくことにした。
「ってここ普通のファミレスじゃん….。」
「普通のファミレスだけど?」
あとから聞いた話ではあるけど、この業界ではファミレスで打ち合わせする事が定番らしい。なんでも打ち合わせに関する飲食費は経費として計上されるため、実質僕らはタダ飯を頂きながら打ち合わせが行える。タダ飯ほど美味い物はないよね。
まぁでもひと月に行えるタダ飯(打ち合わせ)には回数制限なるものが存在していて、それを超えると自分で払わないといけないらしい。
「それで、今後達也が展開する小説の事なんだけど。貴方が受賞した時の作品は読み切りの完結した内容だったわよね。そこで、新しく小説を書き始める必要がある。」
「書き始める必要がある。」
「でも読み切りの物だと相当面白い内容でもない限り売れる事はないわ。まぁその分出版時のコストを抑えることはできるけどね。事実、達也の受賞作品は出版されはしたものの日に日に売上を落としていってる。」
「ま、まぁそうだろうね…。」
結構ストレートに言うんですね栞さん…。
「小説家っていうのは実力主義の世界なの。そのため話題性や面白みのある内容を消費者である読者に提供していかなきゃならない。継続的にね。」
「継続的に、かぁ。」
「そう、継続的に。だから達也、貴方にはこれから連載を狙った作品を書いてもらうわ。ジャンルはファンタジー系のライトノベルでね。」
真顔でイチゴパフェ食いながらライトノベル書けって言ってきたよ、この人。
今回もご覧いただきありがとうございます。
なかなか執筆の時間を確保できないので毎回少量での投稿になってしまいます。
のんびり書くつもりなので、これからものんびり気長にご覧いただけると光栄です。