編集さん。
雪瀬一、それが学生時代に考えた僕のペンネーム。
名前の由来は…、僕が好きな季節と本名からなぞったもの。
数日前、出版社から新人賞受賞の電話を貰いなんだか実感が湧かないまま作家としてデビューが決まった。
世の中何が起こるかわからない、本当にわからない。
だって数日前までフリーターだった僕が今じゃ作家、おー怖い。
そして今日、冬木出版社に担当編集さんとの顔合わせという事でお呼びがかかった。
電車を乗り継いで40分ほどだろうか、久しぶりの電車というのは実に疲れる。
知らない人間が周囲を囲み、ましてや車内という閉鎖的な空間に息が詰まりそうになっていた。
そのため今は冬木出版社の会議室にて、スライムのように机に突っ伏していた。
コンコン。
「失礼します。」
ドアの向こうからは凛々しく透き通った声が聞こえてきた。
編集さんが来たのかな、ちゃんと座らなきゃ。
会議室に入ってきたのは黒く腰まで伸びた髪の女性だった。
緊張で顔が上に上がらない、顔は見えなかったがとにかく長く綺麗な黒髪が印象的だ。
「座ってもよろしいですか?」
「は、はいッ。」
やばい、物凄く緊張してる。
そりゃ1年もフリーターやってればこうもなるか、などと自分に言い聞かせてみる。
「始めまして、雪瀬一先生。」
先生って言われた!?ナニコレ凄い違和感!
「は、はじめまして。」
「本日より雪瀬先生の担当編集となりました、橘と申します。」
「よッ、よろしくお願いします。僕は雪瀬一、本名は市ノ瀬達也と言います。」
先生と言われ本当に作家になったんだなぁ、といい気分のなっていると向かいに座っている編集さんから驚いたような言葉が出ていた。
「えっ…。達也…?」
「え?」
「どうして達也が……。」
「し…栞。」
顔を上げるとそこには血の気が引いたような顔をした編集さん、名前は橘栞さん、ちなみに言ってしまえば僕の元彼女だ。
しかも最後に会ったのは5年前、僕たちが別れた日以来。
別れ方にも色々とパターンがあると思うが僕たちの場合は喧嘩別れ、そう、一番良くないパターンだった。
そんなよくない別れ方をしてしまった僕たちが仕事という形で再会してしまった、いったいこの状況をどうしたらいいんだ⁉僕‼。
この場合あまり相手を刺激せず穏便に会話を進ませるのが最も安全、のはず。
まずは栞の様子を…ってあれ、何か今にも泣きそうになってる⁉。
このまま無言の時間が過ぎるのはとてもまずい、一応今は仕事で来ている訳だし話すことは話さないと。
とりあえず何か話せばきっと栞も差し支えのない最善な反応をしてくれるはず…。
「ひっ久しぶり。」
これなら問題ないだろう、よし完璧な回答だ。
僕の言葉に反応した栞は耳の先を真っ赤に色づかせて、小さな口元を動かした。
「ひさし…ぶり、ですぅうぁあああああああああああああああん」
会議室は彼女の泣き声によって埋め尽くされ、僕の考えた差し支えのない会話作戦(仮)は雪崩のように崩れ落ちた。
なんか僕も泣きい。
「達也ぁ…許して………。」
すすり泣き、押し殺したような声で、彼女は僕に謝っていた。
ご覧いただきありがとうございます。
今回の話は短いですが、区切りがいいので投稿させていただきました。
また次回もご覧いただければ嬉しいです。