少年と白いドラゴン
宮廷竜画師選抜試験当日。
会場には大勢の人間が集まり、緊張と期待の熱気に包まれていた。
少年も会場に集まった人間の一人だった。
少年はこの国の貴族の三男坊で、跡継ぎの嫡男、その補佐の次男と違い、家での役割がないため国の役人になることを望まれていた。そして、少年は望まれるまま国の役人になることを決め、望まれるまま、ドラゴンに選ばれるという偉業を成すことを決めた。
少年は竜画師になりたいわけではなかった。少年は空を描きたいわけではなかった。
ただ、少年はドラゴンに選ばれたかった。ただ、少年は認められたかった。跡継ぎにもなれず、政略結婚にも使えない、要らない三男坊だと言われたくなかった。
会場に集まった人間は、庶民から国を代表するような貴族まで、人種、年齢、職業問わず、様々であった。しかし、そんな中でも少年のドラゴンに選ばれる自信は揺らがない。
此度の宮廷竜画師選抜試験用のドラゴン二頭が、会場に運び込まれる。白い鱗のモノと緑の鱗のモノ。
間近から見た本物のドラゴンの、なんと見事なことか。
金剛石にも負けない固さの鱗 。ギョロリと周りを見渡す立て瞳孔の瞳。口から覗く鋭い牙と細長い蜥蜴のような赤い舌。
どんな物語のドラゴンも、どれだけ上手い絵画のドラゴンも、本物のドラゴンの美しくも恐ろしい迫力を表しきれてはいまい。
少年はそこでようやく、自分が成そうとしていることがいかに難しいことなのかを、実感したのだった。
事前に割り振られた番号順に、一人ずつドラゴンと対面していく。一人に与えられる時間はわずか五分。この間にドラゴンに認められなければ、竜画師への道は再び三年間閉ざされる。認めなければドラゴンは見向きもせず、認めればドラゴンは頭を垂れるのだという。
少年の番号が呼ばれる。
少年は緊張した面持ちで、ドラゴンの眼前に立った。微かに震えるかの手が、白いドラゴンに伸びる。
少年は、白いドラゴンの金色の瞳の奥に、自分の海色の瞳が映り込むのを見た。
白いドラゴンが、その手に頬を寄せる。
ざらざらとした頬の鱗はひんやりと冷たく、しかし、同時に命の温かさも感じられる。それは、少年の知らない感覚であり、少年の知らない感情を生んだ。
感動、とでも言うのだろうか。白いドラゴンに触れた時、少年は確かに胸の高鳴りを感じた。いつもより、少しだけ上がった体温。速くなった脈拍。
少年にとって、ドラゴンは未知のもので。ドラゴンと接することも、未知のもので。
少年は白いドラゴンに頬を寄せて囁いた。まるで、愛しい恋人に睦言を告げるように。
「私のドラゴンになる気はないか?」
白いドラゴンは何も答えなかった。けれど、決して頬に添えられた少年の手を、払い除けようとはしなかった。
少年は白いドラゴンから三歩ほど離れると、姫に誓う騎士のように、恭しくドラゴンの前に跪いた。そして、少年は言う。
「私の名はティオルド・ランドバルト。どうか私に、お前に乗って空を飛ぶ権利をくれないか」
少年の海色の瞳と白いドラゴンの金色の瞳が交差する。今度は、金色の瞳の奥には何も写っていなかった。
「我が名をつけておくれ、小さき主よ」
白いドラゴンはそうそっと囁いて、頭を垂れた。
膝をついた少年の目の前に、白いドラゴンの顔がある。
それは、少年が白いドラゴンに主と認められた瞬間だった。
会場にわっと悲鳴と歓声が上がる。誰もが、この新しいドラゴンの主に感嘆の声を漏らした。しかし、その声は微塵も少年の耳を通ることはない。少年は誰を気にするでもなく、ただ白いドラゴンに夢中であったから。
そうして、白いドラゴンは少年にリュオールと名付けられた。