夢
「リィ。……もう部屋に入ろう」
ヒューイはリサを抱き寄せて、部屋へと歩き出そうとする。
「待って。もう少し」
リサが動かないので、ヒューイはため息を吐いた。
「少しだけだよ」
そう言って、ヒューイはリサを抱き締めたまま彼女の髪を撫でた。
ヒューイは優しい。とても大事にされていると、リサはいつも感じている。
彼が何か隠しているとしても、それはリサが知るべきことではないのかもしれない。
それでも、リサはこの言いようのない不安を取り除きたかった。
今朝、嫌な夢を見た。雪の中を逃げている夢だ。
自分は何かから逃げていた。追いつかれるのが怖かった。
それは何か、過去に繋がるもののように思えた。
――だから今、記憶を取り戻すために雪の上に立っている。
雪の中にいると、何かを思い出せるような気がするのだ。
「リィ。もう部屋に入ろう」
ヒューイが再び彼女を促す。
リサが諦めて従おうとした時、脳裏に血の赤が浮かんだ。
それは誰の血だったのか……
「リィ!」
ヒューイの声にハッとした。
今何か思い出せそうだったのに、またもや消えてしまった。
少々恨めしく思ってヒューイを見ると、彼はリサを探るように見つめていた。
「リィ。何か思い出した?」
「……いいえ」
脳裏に浮かんだ血の赤は覚えている。しかしそのことを彼に告げるつもりはなかった。
「そう……」
明らかにホッとしたように息を吐いたヒューイを見て、彼が思い出さないでほしいと思っていることは、リサの中で確信となった。