彼
彼女が再び目覚めた時、部屋には誰もいなかった。
彼女は喉の渇きを感じて、すぐそばにあった水差しの水をコップに注いで飲んだ。
ほのかにハーブの香りがする。これは自分の好きな香りだと、記憶がなくても分かった。
ノックの音がして、返事をすると扉が開いた。
「リィ。起きてたんだね」
そう言って、男が部屋に入ってきた。
「記憶のほうは……?」
男の問い掛けに、彼女はかぶりを振る。
「そう……」
男は彼女のそばにやって来ると、彼女をそっと抱き締めた。
「無理に思い出そうとしなくていいから」
そう言われてホッとした。
こうして彼の腕の中にいるのは心地良い。彼が自分ととても親しい人物だということは、彼女には分かっていた。
しばらくそうしていたけれど、ふいにあることが気になって、彼の腕を解いた。
「あの、あなたの名前は……?」
「ああ、ごめん。言ってなかったね」
男は彼女に謝ると、自分の名を言った。
「ヒューイ。僕の名前はヒューイだよ」
それから、彼女の名前も教えてくれた。
「君の名前は、リサ。……僕はリィと呼んでるけどね」
「リサ……」
そう言われると、そういう名前だった気がする。
それからもう一つ、気になっていたことを訊いてみた。
「あなたと私の関係は……?」
それには意外な答えが返ってきた。
「僕と君は、夫婦だよ」
「夫婦……?」
「そう。君は僕の妻だ」
そう言って、もう一度彼女を抱き締める。
彼女――リサは困惑していた。
彼と自分が親しい関係なのは分かっていたが、夫婦だとは思わなかった。
しかし、彼の腕の中は安心する。……夫婦ならば、当然かもしれない。
リサは彼にもたれ掛かって目を閉じた。
彼の言葉を信じよう。そう思った。