Ⅱ
次に阿尾に会った時、やっぱり彼は一点を見つめながらぼーっとしていた。
今度は大学の目の前にあるバス停の椅子で。
「今日は椅子に座ってるね」
そう話し掛けると一点から目を離さないまま、それでも返事をくれた。
「前は、違ったっけ?」
「そうだよ。前は噴水に座ってた」
「そういえば、そうだったね」
そして私は前のように彼の目線の先を追う。そこには――女の子が居た。
「なんだねなんだね。阿尾くん恋かね」
「恋?」
阿尾は不思議そうに目だけをこちらに遣る。
「いや、だって、女の子を熱心に眺めてるからさ」
「ああ、うん」視線を女の子の方に戻し「恋しちゃったんだ」
ふふ、と楽しそうに笑う。
「ん?なになに勘違いだった?」
「いんや?勘違いじゃないよ。言ったじゃん――恋しちゃったんだって」
「言ったけどさ」
大学の目の前だということもあって、校門付近にいる人たちが一望できる。
だからといって気付かないものだろうか、バス停からぼけぼけした二人からの視線に。
「アタックしないの?」
「んー、したいけど、もうちょっと我慢。もうちょっとこの感じを楽しみたい感じなんだ」
なるほど。恋は片思いが一番楽しいと言うし、阿尾はもうちょっとこの片思い期間を楽しみたいらしい。どうせ阿尾に言い寄られたら大抵の女子は落ちちゃうだろうし。
「そんなことないよ?俺がアタックすると大抵逃げられちゃうもん」
「あらま。それは意外」
その会話を皮切りに二人で阿尾意中の女の子を眺める作業に戻る。
女の子の格好は今時、というほど派手でもなくかといってふわふわしまくっているというわけでもなく、いうなれば素朴という部類に入りそうなものだった。友達らしき子と楽しそうに話している顔も細いというよりほんのりぽっちゃりしていて、なんだかほっぺたをつつきたい衝動に駆られた。
「なんか、同じ台詞でひねりで悪いけど、意外。阿尾はもっとスレンダーな子が好みかと思った」
「何言ってんのさ鈴空さん。女の子は少しくらいぽっちゃりしていた方がいいんだよ」
「それ、よく聞くけどほんとなの?男は少しくらい太ってた方が良い、みたいな都市伝説」
「都市伝説って……」
苦笑されたけど女の子にとってはそれこそ都市伝説なみに信じがたい話なのだ。
「他の人は知らないけど、俺はそうだな。大事だよ?肉付き」
「肉付きって……。他に言い方はなかったのかね」
「鈴空もそうなの?ダイエットとかしちゃってる?」
「めんどくさいからしてないけど、やっぱ痩せたいなぁとかは思うよ。痩せたい、より太ってぶにぶににはなりたくないなぁくらいにはだけど」
よくテレビで見かける百キロ超えてる人の二の腕見る時とか特に。
「あれくらいいっちゃったのはさすがに俺も嫌だよ」
「さすがにやだよねぇ。正直見てて気持ち悪くなってくる。人間ってあんなに太れるもんなんだって」
「戦慄だね」
「戦慄だよ」
そんなちょっと本題から逸れつつある話を終わらせたかったのか、良いタイミングでバスが来た。でも阿尾も私も下宿生なのでバスには乗らない。
迷惑そうな顔をしたバスの運転手がボタンでドアを閉め音をたてながら出発していく。
「じゃあそろそろ帰ろうかな」
「もういいの?」
「今日はもう十分」
「舐めまわすように見てたもんね。そりゃ満足でしょうよ」
「そんな気持ち悪い見かたはしてないよ」
じゃあね、と阿尾が腰を上げて帰っていく。
置いてあった自転車に跨って帰る阿尾の背中を眺めながら私も帰ろうかなと重い腰を上げる。
ふと気になってちら、ともう一度女の子の方を盗み見る。当の女の子は帰る阿尾の背中をほんの少し熱に浮かれたような顔で見送り、友達らしき女の子は私のことを睨んでいた。気のせいかと思ってもう一度見るけど、やっぱり睨まれていた。
なんだ、うまくいきそうじゃん。
ちょっと変わった友人の幸先のいい状況に、理不尽に睨まれている身の上でありながら少しにやけてしまった。