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青い紫色  作者: くろねこ
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 ひときわ大きい音を出して寒い風が強く押してくる。なびく髪を右手で抑え込みながら家を出るときにマフラーを忘れなかった私に感謝をした。

 大学に入りたての春の出来事すべて昨日のように感じるが―――もう、冬である。

 一人暮らしもほぼ一年たつことによって慣れ、今は夕飯の買いものに向かう途中だ。

 そこで。

 通りかかった公園で阿尾を見つけた。噴水のふちに腰かけている。

 阿尾は同じ大学で同じ専攻を受けている同級生の男の子だ。十九才にもなって《男の子》なんておかしいと思うが、彼はそう称してもおかしくないと思う程、無邪気で素直で、可愛らしいのだ。わんこ系というらしい。そんな感じでお姉さま系の女子の心を鷲掴みしている彼だが、正直私は興味がなかった。彼氏とか、恋とか、めんどくさい。

 それらしい防寒具を一切付けていないにも関わらず彼は寒さに身を震わすこともなく宙をじっと見つめている。

 何を見ているのだろう……?

 視線の先を追ってみてもそこには夕方の紫がかった空が広がっているだけだ。鳥も飛んでいない。彼は一体何を見ているのだろう―――

 だから、その時彼に声をかけたのもただの好奇心だった。

「ねぇ、何してるの?阿尾くん」

 近づいて行って、訊いてみた。

 彼は驚いた様子もなくゆっくりとこちらを向き、囁くように微笑んだ。

「何してると思う?鈴木さん」







 彼が私の名前を知っているとは思わなくて驚く。

 ―――なんてことはなかった。

 私の名前は《鈴木さん》などではない。そんな《日本でベタな名字トップ3》に入るような名字は嫌だ。

 いや、まぁ、ベタって事はその分多いって事なんだけど。

「私のこと知らない?」

「知ってるよ。名前は知らないけど、君のことは知ってる」

「………。」

 あの名字は適当に言ったらしい。ただ、少し惜しかった。私のことを知っているというのも案外嘘ではないのかもしれない。

「私の名前はスズカラよ。鈴と空って書いて、鈴空」

「そうそう、そんな感じだった」

 彼は嬉しそうに何回も頷く。

「俺って人の名前とか、覚えるの苦手なんだ。直した方がいいかなぁ?」

 朗らかに言うあたり、直す気がまったくないのがうかがえる。

「別に気にしなくてもいいんじゃない?私も覚えてない人何人かいるし。逆に、覚えてもらえてなくても私気にしないし」

「だよねぇ」

 一体どれに対して肯定を示したのだろうか。

「で、何してるの?こんなところで。寒くない?」

「うーん……。そういえば、寒いね。気付かなかったよ。俺ってばお茶目さん」

「お茶目さんはいいけど、それで風邪なんか引いたらただの間抜けよ?」

「そしたらそれも、お茶目さんで片付けるからいいよ」

 なにがいいんだろう。いまいち会話が噛み合っていない。これが天然というやつか?

「そんな鈴空さんはこんなところで何してるの?」

 けっきょく彼が何をしていたのか訊けてないなぁ、なんて考えながら私は律儀に答える。

「買い物の途中。厳密に言うと、晩ご飯の為の買い物に向かう途中」

「へー、そう。マック?」

 ………。

 なぜ夕飯の為の買い物でファーストフードが出てくるのだろう。

 少し彼の食生活が心配になった瞬間だった。

「今日はオムライスが食べたい気分なので、卵を買いに行くだけだよ」

「え?鈴空さん、料理出来るの?」

「簡単なのしか出来ないけどね。ただ今レシピ増加キャンペーン中」

「そうなの?すごいねぇ」

「そうなの。すごいの―――って、嘘よ。作れるのオムライスだけだもの。全然すごくなんかないわ。私、目玉焼きすらまともに作れないもの」

「目玉焼きが作れないのにオムライス作れるのもそれはそれですごいと思うけどね」

 はは、と阿尾は軽く笑う。

 こんな寒いのになんでこの子はこんなにも爽やかなんだろう。

 見ているだけで寒くなってくる。

 冬に爽やかさは悪と断定されてもおかしくないな、なんて考えている間に阿尾は視線を宙に戻してしまった。

 答えを聞けなかったからといってまた、何を見ているのかなんて訊くのは恥ずかしいし、さてどうしようかと思っていたら、阿尾の方から話し掛けてきた。

「ねぇ、俺にオムライス食べさせてよ」

 別に断る理由もないし、彼を我が家へ招いた。


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