壊れそうで
俺が守る、それじゃ駄目かな?
[だから、満たされたいだけ]
誰にも教えていない仕事の帰り道。
ふわふわに巻いたパーマが、スタイリングが少しとれてきたせいで風に靡く。
終バスはまだだけど、これから厳しくなるスケジュールのために"身体作り"と称して歩いて帰る。
寒さが身にしみる中、ただ何も考えずに歩いていた。
「やっ、やめてって……なんで?なんでこんな、」
聞き覚えのある声に、俺は首を傾げた。
そこそこ深まってきた夜に、なんで女の子のアイツがいるんだ?
切羽詰まった、助けを求める声に俺は近くに寄った。
「やめてよ、離して!」
「いいじゃんか、久々に会ったんだし寄っていけよ」
彼女は手首を掴まれて、引きずられていた。
抵抗は勿論男にかなうはずかない。
小さく溜め息をついて、俺は男の肩を掴んだ。
「あ?」
無理矢理彼女から体を剥がして、間に俺が割り込んだ。
伊達に作ってないよ。いくら見た目男の割りに華奢でも、それなりに力はある方だから。
「おにーさん、何してんの?」
多分年齢あんまり変わらないけど。大学生くらいだろうか。
「お前誰?」
「俺?こいつの友達」
怖い、そんな感情が溢れてるのに。
「俺も友達だからさあ、家に誘ってんの。邪魔しないでよ」
「下心丸見えじゃねーかよ」
ふん、と鼻で笑えば挑発に乗る男。きっと頭弱いんだ、あからさまな挑発に乗ってないで帰ればいいのに。
「帰ろ」
俺は彼女を先に歩かせる。本当なら手でも掴んで引っ張っていきたいけど、今流石に出来る状況じゃない。
そんな風にして男に背を向けたら、今度は俺が肩を掴まれてそっちに顔を向けさせられた。
頬に衝撃が走る。殴られたの、久々。
音で彼女も気付いたらしい、慌てているのが分かる。だから俺は少し笑ってあげるんだ。
「何してっ……!」
上擦った声を、俺が首を振って止めさせる。
いい、君は挑発なんてしなくていい。
「うわー最悪、明日皆にどつかれる」
唇の端を切ってしまったみたいだし、頬はじんじんと痛んで多分赤い。明日も仕事なのにどうしてくれんの。
「じゃあお前も一緒に来いよ」
喧嘩腰の男に、薄く笑って断る。だから下心見え見えだっつの。二人で可愛がりましょう?
馬鹿言え、俺はそんな安い男じゃないっつーの。お分かり?
「いい加減諦めなよ、おにーさん。もっと従順なカモだって居るんじゃないの?」
「飽きたんだよ」
嫌なもの見るような目で吐き捨てる男。可哀想にね、その子。俺ならそんなことしないのに。
「ひっど」
小さく彼女の声が聞こえる。今すぐ耳塞いでやりたい、んで思い切り罵倒したい。しないけど。
「いいじゃん、どうせアイツだって遊んでるんだよ」
「互いに違う相手の香水つけて、か」
俺は、はは、と笑ってみるけど目は冷めたままで。
「なんかさ、惨めだね、おにーさん」
にや、と口角を上げてやった。胸倉掴まれても気にしない。
また殴られるけど、殴り返すのは何だか負けな気がして。俺は一発殴られたあとはただ避けた。
分かってたから、こういう奴は暫くすれば飽きて諦めるって。
「ちっ、何だよ」
ふざけんな、時間を無駄に使いさせやがって。こっちは可愛がってやるっつってんのに。
ぶつぶつと呟きながら男は去っていく。
本当に最低なやつ。ヤることしか考えてねーのかよ。
「いってー」
ちょっと血滲んでるじゃん。まじで明日どうすんの撮影。
「ごめんね」
涙を一杯に溜めて謝ってくる。
俺はいつものように微笑んで「大丈夫だから」と返した。
「俺帰るよ、こんな時間だし。それに……あんま男と一緒にいたくないだろ?」
いくら長いとはいえ、異性なのに変わりはない。相手が男として俺を見ていなくても、体調は素直なはず。
「ごめん」
「いや、だから謝るなって。な?」
昔は「そばにいて」と泣きついた。でももうそんなこともない。寂しいけれど仕方ないんだ。
「甘えてばっかりだね」
哀しげに眉を下げる姿が辛かった。だから俺は首を横に振ってから、鞄を取って立った。
「傷、痛まない?」
「へーき」
「今日はありがとう」
「いいえ。ゆっくり休めよ」
うん、とぎこちなく笑う彼女に手を伸ばしかける。だけど触れるのは躊躇われた。
「何かあったらすぐ呼べよー?」
「ありがとうね」
玄関で見送り。俺は手を振って歩き出した。
俺は平気だから。
言い聞かせるように心で唱えた。
俺がずっと守ってあげるから。
さり気なく、友達として。
だから異性だけど隣に置いて。君が怖がってること知ってるけど。
「優しさってそういうことを言うんじゃないよ」って元カノに言われたことを思い出して、
思わず一筋だけ涙が零れた。
もう頬の痛みとれねーじゃん。だから顔が商売道具なのに。
俺は少しの間、外の空気で頬を冷やしていた。
(壊れそうで、それが怖い)