伝説の幕開け
この世界では、一両=約四万円、一匁=約六百円として、アイテム価格を設定しています。
その日、からりと晴れた江戸のど真ん中で、今まさに配信を始めようとしている男がいた。
端末を置いて角度を調整する。
「よし……これなら余以外は映らないだろう……」
紫の座布団と、明らかに立派な脇息が置かれている。
だが、脇息の家紋には千代紙が貼り付けられ、部屋の端に置かれている道具類にも、何やら紙切れがぶら下がっている。
―よ? 余って言った?
―余なら、上様か
―まさか! よっ! の間違いだろう
ー今日初配信みたいだが……
―誰だろう
―どっかのお大名だとは思うが
―しかし配信者がちっとも姿を現さないな……ほか行くか
画面が、延々と座布団ばかり映し続けるのは理由があった。
画面の外隅っこに、二人分の着物がちらちら、見え隠れ。配信しようとしたところに、来客があったらしかった。
両者とも仕立てが良いのが明らかだが、片方は紺地の袴、片方は黄土色の羽織ものであるらしい。
―誰だろう……
―気になるな……誰か、生地から特定できないか?
―仙台平、とかではないのは間違いない
―なら、幕閣の偉い人か?
ーたぶん……
最初は、こそこそと小声で話していたのだが、そのうちだんだん声が大きくなる。
「……沼! なぜ言うことを聞かぬのか!」
―ぬま?
―あっ、たぬま、の沼じゃないか?
ー誰?
ー田沼様だよ、老中
ー知らん
ー…え
※与一があいてむ「驚」を使いました
※次郎吉があいてむ「笑」を使いました
与一の応援度が十に上がりました
次郎吉の応援度が十に上がりました
―応上目
―応上目
―応上目ってなんだ?
―俺も知らんぞ、そんなもの
―応援度上昇目出とう御座る、の略だよ
―ほう…配信界隈の用語か。帳簿に記しておこう
―なお、応上目と言われたら、応上有と返すのが定石
―有り難き幸せ、の有であるな
そうこうしている間に、二人の会話は熱を帯びてくる。もはや、端末の存在、端末の向こうに視聴者がいることを、すっかり忘れているようである。
「よろしいですか、何度も申し上げますが、貨幣を一個に統合するなど今更行えませぬ」
「してみなければ、わからぬであろうが!」
「そもそも、物価高であるから値を下げる、値崩れしたからすぐに値上げをする、上げ下げ上げ下げ簡単にしてはならぬのです」
「それのどこが悪い! 上げて、下げて、上げて、下げて、しているうちに、手ごろなところに落ち着こう」
「落ち着きませぬ! 左様に簡単に経済が動けば誰も苦労はいたしませぬ! 民がひたすら混乱するのみ」
知らぬのか、と、勝ち誇ったような声が聞こえる。
「民はそこまで阿呆ではない。皆、賢いゆえ、知恵をつけて切り抜けるのだ」
「ふん、ならばそのようにやってみればよろしかろうと存じます。どうなっても、知りませんからね」
「知らぬで済ますとは何事か! 大事な政策ぞ」
「その大事な政策が失敗したら、どう責任をとるおつもりか!」
「失敗などせぬが、その時は……そうだな、配信で民に説明と謝罪をして、城中を逆立ちで歩いてやろう」
お好きになさいませ、知りませんからな、ぷん! と子供じみた声。
「ぷんとはなんだ、ぷんとは! この糞爺」
「糞とはなんですか! ええい、言葉遣いがなっておらぬ……いたいっ、暴力反対」
「その程度で倒れるとは鍛錬が足らぬ! 爺、道場へ参ろうぞ、来い!」
「なっ、なんで道場へわしが参らねばならぬのですか。お断りいたします」
「ほう、武家でありながら剣術を厭うか」
「……そのような腑抜けと思し召しか! 参りましょう、道場へ!」
ごとんがたん、と端末が動かされた。
どうやら、場所を変えて――察するに、道場から配信するつもりらしい。
どかどか、と歩く音がし、小姓らしき少年が「上様が道場へ行かれます」と慌てる声がする。
「なんですか、その端末は」
「さて、配信を始めるぞ。初配信は、爺と余の剣術鍛錬配信だ」
「おやめください」
「ふ、日頃鍛錬を怠っている無様な姿を晒したくはない、ということか」
「殿こそ、鍛えすぎて体躯どころか頭脳も筋肉であることを民に知られてもよろしいのか」
ーへぇ……上さ……いや、配信者の印象変わったな
ー爺もちょっと、思ってた人物像と違った
ーいやまぁ、殿も爺も、身元は判明してないけどな?
ーおそらく上様と田沼さまだろうけども…
ーおいおい、身バレするなよ
ー失敬
道場に据えられた端末は、激しく稽古をする武士の下半身ばかりを映す。
そのうち、稽古の振動でごとん! と床に落ちた。
―これ、切れるんじゃないかねぇ
ー上様、気付いてー!
……ぶつん……
配信に馴染んでいる江戸の人々は、気付いてしまった。
「我らが将軍……ひょっとして神配信者になるのでは?」
と――。




