その移動、速すぎて見えない
「遠いな」
俺は呟いた。
隣町までは、馬車で半日はかかる。
これでは、ランチタイムのピークに間に合わない。
人気店なら行列ができているはずだ。並ぶのは嫌いだ。
「先生、お急ぎですか?」
テトラが聞いてくる。
「ああ。スープがなくなる前に到着したい」
「(なるほど……敵が『完全復活(スープ完成)』する前に叩くのですね)」
テトラが眼鏡を光らせる。
「では、転移魔法を使いますか? 座標がズレて、敵の城壁の中に埋まるリスクが50%ほどありますが」
「却下だ」
俺は首を振った。
リスクを負う必要はない。
俺には、この37年間で培った「足」がある。
「俺が運ぶ。お前ら、その台車に乗れ」
俺は、仕入れ用の木製台車を指差した。
普段はガランの実を運ぶためのボロい台車だ。
「え、先生が引くのですか!? そんな恐れ多い!」
エリザが慌てる。
「いいから乗れ。時間が惜しい」
弟子たちとアイゼンを無理やり台車に乗せる。
俺は台車の取っ手を掴んだ。
意識するのは、車輪と地面の接地面。
そして、車軸の回転部。
そこにある「摩擦」を、極限までゼロにする。
スキル発動――【絶対滑性】。
「……行くぞ」
俺は、軽く一歩を踏み出した。
ギュンッ!!!!
音が、置き去りにされた。
俺と台車は、初速からトップスピードに乗った。
摩擦がないため、地面を蹴ったエネルギーが100%推進力に変わる。
空気抵抗もゼロにしているため、風圧すら発生しない。
「ひ、ひいいいいいいっ!?」
台車の上で、アイゼンが悲鳴を上げている。
景色が線になって後方へ消えていく。
時速にして、およそ500キロ。
リニアモーターカー並の速度で、俺たちは荒野を滑走していた。
「す、すごいです先生! 慣性の法則を支配している!」
テトラが髪を逆立てながら叫ぶ(彼女たちへの空気抵抗はゼロではないので風を受ける)。
「この速度……! まるで私達が『砲弾』になった気分です!」
「(麺の出前で鍛えた脚力だ)」
俺は涼しい顔で走る。
目の前に、巨大な岩が現れた。
避けるのは面倒だ。
俺は台車ごとその岩に突っ込んだ。
ただし、衝突の瞬間に「岩の表面」の摩擦もゼロにする。
ヌルンッ。
台車は岩の表面を、水滴のように滑らかに滑り、乗り越えた。
衝撃はない。
ただ、コースターのように上下しただけだ。
「キャハハハ! 楽しいです先生! もっと激しく!」
ミュウが大はしゃぎしている。
「敵の迎撃部隊(魔物)が見えます! 轢き殺しますか!?」
「無視だ。並ぶ時間がもったいねぇ」
街道沿いに、魔物の群れがいたようだが、俺たちが通り過ぎた衝撃波でミンチになっていた気がする。
知ったことか。
俺の目的は、あくまで視察だ。
数分後。
「……着いたぞ」
俺は急停止した。
摩擦ゼロのまま、足裏の抵抗を一瞬だけ復活させ、運動エネルギーを熱に変換せずに殺す。
ピタリ。
台車は、隣町の入り口で静止した。
アイゼンは泡を吹いて気絶していた。
「さて……どこだ、その店は」
俺は街を見渡した。
街の中央に、異様な建物がそびえ立っていた。
黒い瘴気を纏い、尖った塔が何本も伸び、壁面には無数の髑髏が埋め込まれている、禍々しい城。
入り口には『絶望の門』と書かれた看板(石碑)がある。
「……あそこか」
俺は眉をひそめた。
「趣味の悪い外装だな。あんな『ヴィジュアル系』の店、入りづらくて仕方ねぇ」
「はい。吐き気を催す邪悪な気配です」
エリザが嫌悪感を露わにする。
「ですが、行列ができていますね」
見れば、城門の前には、鎖に繋がれた人間たちが列をなして歩かされていた。
彼らはゾンビのように虚ろな目で、城の中へと吸い込まれていく。
「(……洗脳か? それとも、そこまで美味いのか?)」
俺のライバル心が燃え上がった。
客を鎖(物理)で繋ぎ止めるほどの手腕。
どんな味で勝負しているのか、確かめてやる。
「行くぞ。正面から堂々と入店だ」
「はい! 先生の『入城行進』、私が露払いを!」
エリザが杖を構える。
俺たちは、魔神王の城へ向かって歩き出した。
ただの「ランチ」のために。




