その依頼、競合店と見なす
「……暇だ」
俺――ガルド(37)は、ハエが止まりそうな店内で呟いた。
相変わらず客は来ない。
厨房では、元・騎士団長アイゼンが必死に皿を磨いている(客がいないので、同じ皿を既に50回は磨いている)。
そんな平和な昼下がり。
バァン!!
入り口の暖簾が勢いよくめくられ、一人の男が転がり込んできた。
身なりの良い、しかし汗だくの初老の男だ。
この辺境の街を治める領主である。
「た、大変だガルド殿! 街の危機だ!」
「あ? 食い逃げか?」
俺は麺切り包丁に手をかけた。
「違う! 隣町に……『黒き捕食者』が現れたのだ!」
「……なんだと?」
俺の目が鋭くなる。
『黒き捕食者』。
その響きから、俺の長年の勘が警鐘を鳴らした。
(黒……つまり、焦がしニンニク油を使った『黒マー油ラーメン』か!? 捕食者……ということは、客の胃袋を鷲掴みにする『コッテリ系』の大型チェーン店だな!?)
俺の店は、あっさりしたガラン麺一本で勝負している。
そこに流行りのコッテリ系が進出してくれば、ただでさえ少ない客が根こそぎ奪われる。
これは、ただ事ではない。
「領主、詳しく聞かせろ。そいつは……『人を飲み込む(集客力がある)』のか?」
「ああ、そうだ! 若い女や子供を中心に、次々と城(店)の中へ飲み込まれている! 一度入ったら二度と出てこられないという噂だ!」
「(回転率が悪いのか? いや、居心地が良すぎて長居してしまうのか……)」
俺は戦慄した。
客を帰さないほどの接客術と中毒性。
間違いなく、飲食業界の黒船だ。
「ガルド殿! あんたは元・処刑人だろう! どうかあの『悪魔の城』を……『潰して(閉店に追い込んで)』くれんか!?」
領主が土下座する。
俺は腕を組んだ。
本来、同業者への営業妨害は俺の流儀に反する。
だが、向こうが客を「独占」し、街の食文化を破壊しようとしているなら話は別だ。
「……いいだろう。その依頼、引き受けた」
俺はエプロンをきつく締め直した。
「視察に行くぞ」
「は、はいッ! ありがとうございます!」
領主が涙を流して感謝する中、厨房の奥から三つの影が音もなく現れた。
「先生、お話は聞きました」
一番弟子・エリザが、ゆらりと聖女の法衣を翻す。
その瞳は、暗く濁っている。
「『黒き捕食者』……古代の魔神族の生き残りですね。女子供を食らって魔力を蓄える、外道中の外道」
「(……まあ、ターゲット層は若者向けってことか)」
「許せません。先生の『商圏』を荒らす害虫は、私が聖なる炎で『消毒』してきます!」
「待て。まずは味を確かめるのが先だ」
俺はエリザを制した。
敵を知らずして、批判はできない。
まずは客として潜入し、その味とサービスを徹底的に調査(あら探し)する。
それが、プロの料理人(処刑人)の流儀だ。
「ミュウ、テトラ、支度をしろ」
「はい! 武器は研いでおきます!」
ミュウが巨大な戦斧を舐める。
「敵拠点の構造解析、および『破壊プラン』を策定します」
テトラがタブレットを操作する。
「行くぞ。俺たちの『本気(空腹)』を、ライバル店に見せつけてやる」
俺たちは店を出た。
目指すは隣町。
そこに待ち受けるのが、ラーメン屋などではなく、数百年ぶりに復活した『魔神王の居城』であることを、俺だけが知らなかった。




