その賄(まかな)い、愛が重すぎる
「……腹減ったな」
ランチタイム(客はゼロ)が終わり、俺はボソリと呟いた。
飲食店の楽しみといえば、営業終了後の「まかない飯」である。
俺――ガルド(37)は、エプロンを締め直し、冷蔵庫(テトラが開発した『絶対零度保存庫』)を開けた。
中には、余ったガラン麺の生地と、少しの野菜、そして卵がある。
「今日はチャーハンにするか」
ガランの粉は、麺にするだけでなく、炒めても美味い。
俺が中華鍋を取り出した、その瞬間だった。
バッ!!
背後から、三つの影が同時に動いた。
「先生! お手を煩わせるわけにはいきません!」
一番弟子・エリザが、血相を変えて俺の前に立ちはだかる。
「まかない作りは、弟子である私共の務め! 先生は玉座(パイプ椅子)にお座りになってお待ちください!」
「いや、俺が食いたい味は俺が……」
「なりません! 先生の神の御手は、世界を『調理(支配)』するためにあるもの。チャーハンごときで汚すわけにはまいりません!」
二番弟子・ミュウが、巨大な戦斧をまな板に突き立てる。
「そうです先生! 今日のメインディッシュは私が獲ってきました! 見てください、この『新鮮な肉』!」
ドサッ。
カウンターに置かれたのは、まだピクピクと動いている紫色のアメーバ状の塊だった。
「……なんだ、これ」
「『深淵の底に住まう不定形生物』の核です! 弾力が凄すぎて、剣で斬っても分裂するんですよ! 活き作りでいきましょう!」
「(食欲が失せる……)」
三番弟子・テトラが、眼鏡を光らせてデータを表示する。
「栄養バランスを計算しました。先生の基礎代謝と、昨今の『世界征服活動』による消費カロリーを鑑みると、通常の食事では非効率です」
テトラが取り出したのは、注射器のような器具に入った、怪しい緑色の液体。
「必要な栄養素を極限まで濃縮した『完全栄養ペースト』です。これを静脈に直接注入すれば、食事時間をゼロに短縮できます」
「(餌ですらねぇ……)」
俺は頭を抱えた。
こいつらに任せたら、俺の昼飯が「毒物」か「実験」に変わる。
「……いいか、お前ら。俺が食いたいのは、『普通の』チャーハンだ。わかるな?」
「「「はいッ!!」」」
三人の弟子は元気に返事をした。
わかっていない顔だった。
◆
調理開始。
俺は監視役として、腕組みをして厨房の隅に立った。
まずはエリザだ。
「では、私が野菜を刻みますね♡」
エリザは包丁を握り、玉ねぎに向き合った。
その瞳には、慈愛と殺意が同居している。
「さあ、覚悟なさい玉ねぎ……。先生の口内を刺激する『辛味成分』は、私が全て浄化してあげます!」
「聖なる光よ! 邪悪なる辛味を焼き尽くせ! ホーリー・バースト!!」
カッ!!!!
厨房が閃光に包まれる。
視界が戻った時、まな板の上には、黒コゲになった炭(元玉ねぎ)が転がっていた。
「……エリザ」
「はい! 辛味(水分)を完全に飛ばしておきました!」
「(素材そのものが飛んでるんだよ……)」
次はミュウだ。
「火力が足りませんね! 私が強火で炒めます!」
ミュウは中華鍋を振るう。
だが、彼女の「強火」の定義は、一般人とは違っていた。
「燃え上がれ! 我が闘志!!」
ボオオオオオッ!!
コンロの火ではない。
ミュウの身体から噴き出した、真紅の闘気が中華鍋を包み込む。
その熱量は溶岩に匹敵する。
ジュッ……。
鍋に入れた卵が、一瞬で気化した。
「……ミュウ」
「あちゃー。卵の『根性』が足りませんでしたね。次はドラゴンエッグを持ってきます!」
「(そういう問題じゃねぇ……)」
最後はテトラだ。
「味付けは私が。塩分濃度を分子レベルで調整します」
テトラはスポイトを使い、一滴ずつ慎重に調味料を垂らしている。
「塩化ナトリウム、3.005グラム投入。グルタミン酸ナトリウム、0.002グラム追加……」
彼女の作業は完璧に見えた。
だが。
「仕上げに、味の『奥行き』を出すため、異次元空間から『虚数の味』を転送します」
「やめろ」
俺は止めた。
俺のチャーハンに、宇宙の真理を混ぜるな。
「……はぁ」
俺は深いため息をついた。
出来上がったのは、黒コゲで、何も入っておらず、異次元の味がするナニカだった。
「先生! 召し上がってください!」
弟子たちが、キラキラした目で「ナニカ」を差し出してくる。
断れば、彼女たちはショックで大陸の一つも沈めかねない。
かといって、食えば俺が死ぬ。
どうする。
その時、店の隅で皿洗いをしていた男――アイゼンと目が合った。
元・騎士団長の彼は、空腹でゲッソリしていた。
「……おい、アイゼン」
「な、なんだ。私は皿洗いで忙しいのだが」
「休憩だ。……食うか?」
俺は顎で「ナニカ」をしゃくった。
アイゼンの目が輝く。
「い、いいのか!? 反逆者の施しなど受けたくはないが……背に腹は代えられん!」
アイゼンはスプーンを奪い取り、「ナニカ」を口に運んだ。
パクッ。
もぐもぐ……。
全員が固唾を呑んで見守る。
次の瞬間。
「ぐ、ぐおおおおおおお!?」
アイゼンが白目を剥いて倒れた。
「こ、これは……口の中で、聖なる光と暗黒闘気が核融合を……! さらに、異次元の味が、私の幼少期のトラウマを呼び覚ます……! ままーッ!!」
ドサッ。
アイゼンは気絶した。
「「「!!!!」」」
弟子たちが驚愕する。
エリザ「なんと……! 一般人には、私達の『愛』の重さが耐えきれないというのですか!?」
ミュウ「修行不足ですね! あいつ、あとで鍛え直しておきます!」
テトラ「致死量計算にミスが……いえ、被験者の耐久値が想定以下でした」
「(……危なかった)」
俺は冷や汗を拭った。
やはり、自分の飯は自分で作るに限る。
「どけ。俺がやる」
俺は気絶したアイゼンを足でどかし、中華鍋の前に立った。
「見ておけ。料理ってのはな、そんな大層なもんじゃねぇんだ」
俺は卵を割った。
ご飯を入れた。
そして、鍋を振る。
この一連の動作に、俺は「スキル」を使った。
スキル発動――【絶対滑性】。
鍋肌と米粒の間の「摩擦」をゼロにする。
するとどうなるか。
米粒の一つ一つが、鍋に引っかかることなく、重力と遠心力だけで美しく舞い踊る。
パラパラなどという次元ではない。
米粒が空中で整列し、互いにぶつかり合うことなく熱を受け取り、黄金色に輝いていく。
「おぉ……!」
弟子たちが息を呑む。
「見ましたか! 米粒たちが、先生の指揮に合わせて行進しています!」
「鍋の中で、小宇宙が生まれています……!」
「米の『抵抗』を完全に支配下に置いた……これぞ、絶対王政!」
「(ただ炒めてるだけだ……)」
俺は塩コショウを振り、完成したチャーハンを皿に盛った。
湯気と共に、香ばしい匂いが立ち上る。
具材は卵とネギだけ。
だが、米の一粒一粒が独立し、かつ調和している「至高のパラパラチャーハン」だ。
「……食うか?」
俺は弟子たちに皿を差し出した。
「よ、よろしいのですか!? 先生の貴重なエネルギー源を!」
「毒見役のアイゼンが倒れた今、私達が身を挺して!」
「(毒じゃねぇよ)」
三人は、恐る恐るチャーハンを口にした。
ハフッ、ハフッ。
「…………」
沈黙。
そして。
「……んまぁぁぁぁいッ!!!」
三人の絶叫が、荒野に響き渡った。
エリザ「な、なんですかこれは! 口に入れた瞬間、米粒がほどけて……舌の上を滑っていく! まるで、天使の羽衣!」
ミュウ「噛まなくてもいい!? いや、噛むと弾ける! この食感……どんな魔獣の肉よりエキサイティングです!」
テトラ「熱伝導率が異常です。全ての米粒が、0.1度の狂いもなく均一に加熱されている……。これは料理ではありません。物理学の奇跡です」
三人は、夢中でチャーハンを貪り食った。
「先生! おかわり!」
「私も!」
「もっとデータを取らせてください!」
「……はいよ」
俺は苦笑して、二回戦目の鍋を振った。
まあ、いいか。
世界を滅ぼされるよりは、食費がかさむくらい安いもんだ。
足元で気絶していたアイゼンが、匂いにつられてむくりと起き上がる。
「……店主。私にも……一口……」
「働け。皿洗い終わったら食わせてやる」
「くっ……! 覚えていろ! いつか貴様のチャーハンを……いや、首を取ってやる!」
アイゼンは涙目でスポンジを握りしめた。
こうして、今日も『麺処・断罪』の平和な午後は過ぎていく。
なお、この日の夜。
感動したエリザが「黄金のチャーハンにふさわしい器が必要です!」と言って、隣国の王宮から国宝の『黄金の皿』を強奪してきたのは、また別の話である。




