その接客、圧が強すぎる
店が、狭い。
物理的に狭いのではない。
人口密度と、キャラの濃さが限界突破しているのだ。
荒野のボロ小屋『麺処・断罪』。
かつては俺一人で孤独に麺を打っていたこの場所に、今は四人の居候がいる。
「先生! テーブルの『浄化』、完了しました!」
純白の聖女服の上に、薄汚れたエプロンをつけた一番弟子・エリザ。
彼女はテーブルを拭くたびに、微弱な聖属性魔法を発動させている。
おかげでボロ机が神々しく発光し、直視すると目が潰れそうだ。
「先生! ネギの『微塵切り(粉砕)』、終わりました!」
裏口で巨大な戦斧を振り回しているのは、二番弟子・ミュウ。
彼女がネギを切るたびに、衝撃波で床が揺れる。
ネギは切れているというより、細胞レベルで分解されていた。
「先生、店内の『動線管理』を最適化しました」
カウンターの中で怪しい機械を設置しているのは、三番弟子・テトラ。
彼女が開発した『全自動配膳アーム』が、ヒュンヒュンと音を立てて空気を切り裂いている。
うかつに近づくと首が飛びそうだ。
そして。
「……店主。水」
カウンターの隅で、どんぶりを抱えてうずくまっている男。
元・騎士団長アイゼンだ。
前回の襲撃で全てを失い(服も部下も)、無一文になった彼は、食い逃げの代償として皿洗いをさせられている。
「……はぁ」
俺――ガルド(37)は、重いため息をついた。
平和だ。
世界は滅んでいないし、地形も変わっていない。
だが、俺の胃には穴が空きそうだ。
「お前ら、少しは力を抜け。ここは戦場じゃねぇ、飲食店だ」
「はい! 承知しました!」
エリザが目を輝かせる。
「つまり、お客様を『油断』させ、懐に入り込み、胃袋という『急所』を突けということですね!」
「(……まあ、当たらずとも遠からずか)」
「接客とは、心理戦。承知しました。聖女の微笑みで、客の理性を蕩けさせてみせます!」
エリザが入り口に立つ。
そこへ、運悪く第一号の客がやってきた。
荒野を行き交う行商人だ。
「へ、へい。やってるか……?」
恐る恐る暖簾をくぐる行商人。
その瞬間。
バッ!
エリザが背後に回り込み、行商人の手を両手で包み込んだ。
「ようこそ、迷える子羊よ……♡」
「ヒィッ!?」
「さあ、懺悔なさい。貴方の罪(空腹)を、全て吐き出すのです。先生の『裁き(ガラン麺)』が、貴方を楽にしてくださいますよ?」
「ひ、人食い店だぁぁぁぁ!!」
行商人は荷物を放り出して逃げ出した。
「あ」
エリザが悲しげに俺を見る。
「先生、申し訳ありません。敵の『逃げ足』が予想以上に速く……次は足を折ってでも座らせます!」
「やめろ。客がいなくなる」
俺は頭を抱えた。
これでは商売にならない。
「貸せ。俺が手本を見せてやる」
俺は厨房を出て、自らホールに立った。
ちょうど、逃げた商人の代わりに、腹を空かせた冒険者風の二人組が入ってきたところだった。
「おい、飯だ。何がある?」
柄の悪い冒険者が、ドカッと椅子に座る。
俺は無言で、お冷(水)の入ったコップを置いた。
ドン。
「……あ?」
冒険者が俺を睨む。
俺も、無意識に睨み返してしまった。
処刑人時代、死刑囚を黙らせる時に使っていた「眼力」だ。
37年間、血と暴力の世界で生きてきた俺の目は、笑っていても目が笑っていないと言われる。
「……ッ!?」
冒険者が息を呑む。
俺は低い声で言った。
「……食うか? それとも、帰るか?」
(訳:ご注文はお決まりですか? まだなら後で伺いますが)
だが、冒険者には違って聞こえたらしい。
顔面蒼白になり、ガタガタと震え出す。
「く、食います! 食わせてください! 命だけは!」
「あいよ。ガラン麺二丁」
俺は厨房に戻った。
「すごいです、先生……!」
テトラが感嘆の声を漏らす。
「一切の無駄を削ぎ落とした『威圧接客』。客に『選択肢』を与えず、生存本能に訴えかけて注文を確定させる……まさに支配者の交渉術!」
「(ただ普通に聞いただけで怖がられたんだが……)」
俺は麺を茹で始めた。
その時、厨房の奥から皿が割れる音がした。
ガシャーン!!
「うわあああッ!?」
アイゼンの悲鳴だ。
見れば、洗い場でアイゼンが泡まみれになって転んでいた。
「き、貴様! この店の洗剤はどうなっているんだ! ヌルヌルして皿が掴めん!」
「チッ……どんくせぇな」
俺は麺を茹でながら、アイゼンを一瞥した。
この店で使っているのは、ガランの実から抽出した天然の油分を含んだ洗剤だ。
汚れはよく落ちるが、素人には滑りやすい。
「貸してみろ」
俺はアイゼンの横に立ち、汚れた皿の山を見下ろした。
ガラン麺特有の、ドロドロとした油汚れがこびりついている。
普通に洗えば五分はかかる頑固な汚れだ。
だが、今の俺には「時間」というコストすら惜しい。
「……ふっ」
俺は、スポンジを構えた。
意識するのは、皿の表面と、油汚れの境界線。
そこにある「摩擦」を、極限までゼロにする。
スキル発動――【絶対滑性】。
俺はスポンジを、皿の上で滑らせた。
チュルンッ。
一瞬だった。
俺がスポンジで撫でた瞬間、油汚れが皿との摩擦を失い、文字通り「滑り落ちた」。
水で流す必要すらない。
汚れそのものが、皿に留まることができず、自重で排水溝へとダイブしていく。
キュッ。
洗い上がった皿は、新品同様の輝きを放っていた。
「な、なんだ今の動きは……!?」
アイゼンが口をあんぐりと開けている。
「魔法も使わず、水も使わず……ただ『撫でた』だけで、頑固な油汚れが消滅しただと!?」
「汚れと皿の『縁』を切っただけだ」
俺は適当なことを言って、次の皿へ向かった。
チュルン、チュルン、チュルン。
俺の手の中で、皿たちが次々と服を脱ぐように綺麗になっていく。
百枚の皿を洗うのに、十秒もかからなかった。
「……化け物め」
アイゼンが震える声で呟く。
「貴様にかかれば、戦場の殺戮も、厨房の皿洗いも、等しく『作業』に過ぎないというのか……!」
「(いや、皿洗いの方が腰にくるぞ)」
俺は手を拭き、茹で上がった麺の元へ戻った。
その背後では、弟子たちが涙を流して感動していた。
エリザ「見ましたか! 先生の『禊』を! 汚れた皿(魂)を一瞬で浄化する、神の御手!」
ミュウ「あのスポンジさばき……参考になります! 敵の装甲を『撫でて』剥がす技術ですね!」
テトラ「摩擦係数操作による超高速洗浄……この技術を応用すれば、大陸全土の『汚染物質』を一瞬で海に廃棄できます」
「お前ら、感心してないで配膳しろ」
俺は茹で上がったガラン麺を丼に入れ、カウンターに叩き置いた。
「へい、お待ち」
震える冒険者たちの前に、灰色の極太麺が置かれる。
見た目は最悪。
スープはドロドロ。
だが、湯気だけは一丁前だ。
冒険者の一人が、恐る恐る麺を口にする。
ズルッ……。
「……!」
目を見開く冒険者。
「か、硬ぇ……! ゴムみてぇだ!」
「(悪かったな)」
「でも……なんだこれ。噛めば噛むほど、なんか……クセになる味が……」
「これが『ガラン』の味だ。食ったらさっさと帰れ」
冒険者たちは、狐につままれたような顔で完食し、逃げるように金を置いて帰っていった。
「……ふぅ」
俺は額の汗を拭った。
とりあえず、今日の売上は確保した。
国も滅んでいない。
誰も死んでいない。
「最高だな」
俺は満足げに頷いた。
これこそが、俺の求めていたスローライフだ。
「先生! 大変です!」
テトラが血相を変えて、タブレットを持ってきた。
「さきほどの客の『口コミ』が、魔導ネット掲示板に投稿されました!」
「口コミ? 『不味かった』とかか?」
「いえ。『死ぬほど怖い店主がいるが、味は麻薬的。裏社会の人間御用達の隠れ家か?』と書かれています」
「……は?」
「そのせいで、アクセスが急増中! 近隣の『盗賊ギルド』や『暗殺者組合』から、『挨拶に行きたい』との予約リクエストが殺到しています!」
俺は天井を仰いだ。
「商売繁盛ですね、先生!」
エリザが無邪気に笑う。
「来たるべき『裏社会の統一』に向けて、まずは彼らを支配下に置きましょう!」
「お前ら……全員、皿洗いしてろ」
俺はエプロンを締め直した。
どうやら、俺の店が「普通の繁盛店」になる日は、まだ遠いらしい。




