表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/18

そのコシ、邪竜をも噛み砕く

店がない。


正確には、壁と屋根の半分がない。


荒野のド真ん中、俺の愛する『麺処・断罪ギルティ』は、先日の一番弟子・エリザの襲来(と称した騎士団殲滅)によって、見るも無残な半壊状態になっていた。


「……換気が良くて清々しいな、畜生」


俺――ガルド(37)は、青空の下でスープを煮込んでいた。


店は壊れたが、厨房器具は無事だ。俺のスキル【絶対滑性フリクション・ゼロ】で、瓦礫がすべて厨房を避けて滑り落ちたからだ。


だが、問題は設備ではない。


もっと根本的なところにあった。


「……弱ぇ」


俺は試作の『ガラン麺』を一本すすり、顔をしかめた。


コシがない。


ガランの実の配合を変えてみたが、どうにも歯ごたえが足りないのだ。


噛んだ瞬間に押し返してくるような弾力。


喉を通る時の、暴力的なまでの存在感。


それが足りない。


「もっとこう……ガツンとくる『コシ』のあるヤツじゃなきゃ、俺の渇きは満たせねぇ」


独り言を漏らした、その時だった。


ズドオオオオオオオオオオオン!!!


店の前の荒野が、爆発した。


いや、何かが空から降ってきたのだ。隕石のような勢いで。


舞い上がる砂煙。


そこから、一人の少女が姿を現した。


身長は俺の胸ほどもない小柄な体躯。


だが、その手には身の丈の二倍はある巨大な戦斧バトルアックスが握られている。


濡れたような黒髪をショートカットにし、獣の毛皮をワイルドに纏った少女。


俺の二番弟子、『暗殺者』改め『狩猟王』――ミュウだ。


「先生ッ!! お久しぶりですッ!!」


ミュウは砂埃を切り裂いてダッシュすると、俺の目の前で直角に土下座した。


地面がひび割れた。


「……ミュウか。生きてたか」


「はいッ! 先生に森へ捨てられてから三年、死ぬ気で生き延びてきました!」


「(捨てたんじゃなくて、自然の中で穏やかに暮らせって言ったんだが……)」


俺は寸胴鍋をかき混ぜながら、過去を回想する。


ミュウは、天性の身体能力を持っていた。


戦災孤児だった彼女を拾い、処刑人の助手として身の軽さを教えた。


だが、ある日、俺は彼女が返り血を浴びて無邪気に笑う姿を見て、ゾッとしたのだ。


――このままじゃ、この子は血に溺れる。


――人の命を奪う感触なんて、知らなくていい。


だから俺は、彼女を森の入り口まで連れて行き、こう言って突き放した。


『お前はもう俺の元にいちゃいけねぇ。もっと広い世界で、デカい相手と向き合ってこい』


それは、「森の動物たちと触れ合って、命の尊さを学べ」という意味だった。


殺し合いではなく、自然との共生の中で、普通の少女としての幸せを見つけてほしかったのだ。


だが。


顔を上げたミュウの瞳は、肉食獣のようにギラついていた。


「先生のあのお言葉……『雑魚(人間)の首を狩るごときで満足するな。食物連鎖の頂点に立つ神獣バケモノどもの首を獲ってこい』という激励! このミュウ、片時も忘れたことはありません!」


「(言ってねぇよ……)」


俺は頭を抱えたくなった。


どうやら彼女は、俺の言葉を「森の生態系を絶滅させる勢いで殺しまくれ」と解釈したらしい。


「おかげさまで、『狩猟王』なんて二つ名を頂戴しました! 北のフェンリル、南のベヒーモス、東のクラーケン……すべて『食材』として解体済みです!」


「食材……まあ、食うならいいか」


「ですが先生! 先ほどのお言葉、聞き捨てなりません!」


ミュウがガバッと立ち上がる。


その殺気に、鍋のスープが波打った。


「先生は仰いましたね? 『コシのあるヤツが足りない』と!」


「……ああ、言ったな」


「やはり! 先生ほどの御方にとって、この辺境の魔獣など、柔らかすぎる豆腐のようなもの! 噛みごたえも張り合いもない、退屈な時間をお過ごしだったのですね!」


ミュウの目から、ポロポロと涙がこぼれる。


「申し訳ありません! 私がもっと早く、先生の『牙』を満足させる獲物を用意すべきでした!」


「いや、俺が言ってるのは麺の……」


「わかっております! 『ツラ』構えの良い敵ですね!?」


ブンッ!


ミュウが戦斧を振るう。


その風圧だけで、店の屋根の残り半分が吹き飛んだ。


「……あ」


「行って参ります先生! 最高の『歯ごたえ』を! 先生が本気で噛み砕ける、極上の『コシ』を持つ獲物を、今すぐ狩って参ります!!」


止める間もなかった。


ミュウは地面を爆破するように蹴り飛ばし、弾丸となって空の彼方へ消えていった。


「……屋根が」


俺は吹きっさらしになった店内で、乾いた笑いを漏らした。


まあいい。どうせ客は来ない。


俺は気を取り直して、麺打ちを再開した。



数時間後。


空が急に暗くなった。


雲ではない。


巨大な影が、太陽を遮ったのだ。


ギャアアアアアオオオオオオオオ!!!


大気を震わす咆哮。


見上げれば、全長百メートルはあろうかという、禍々しい黒竜が空を覆っていた。


『伝説の邪竜・ニーズヘッグ』。


千年に一度目覚め、国を一つ食い尽くすと言われる、生きた厄災である。


その邪竜が、なぜか必死の形相で羽ばたいている。


いや、違う。


逃げているのだ。


「逃がすかぁぁぁッ!! 先生の『ランチ』になるんだよォォォッ!!」


邪竜の背中に、小さな影がへばりついていた。


ミュウだ。


彼女は戦斧を竜の鱗に突き立て、無理やり降下させている。


「落ちろオオオオオッ!!」


ズゥゥゥゥゥゥン!!!!


巨大な質量が、店の目の前に落下した。


地響きと共に、砂煙が舞い上がる。


俺のスープに砂が入る。本日二度目だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ