その試食、法に触れる
エルフの調理場は、清潔で広かった。 そこには、俺が求めていた「宝」があった。
「……これが、『妖精の粉(小麦粉)』か」
俺は袋を開け、中の粉を指ですくった。 真っ白で、サラサラしていて、光を当てるとキラキラと輝く。 香りを嗅ぐと、脳がとろけるような芳醇な甘い匂いがした。
「(すげぇ……! こいつは上物だ!)」
俺は震えた。 これをつなぎに使えば、ガラン麺は完成する。 最強のコシと、至高の喉越しを兼ね備えた、究極の麺に!
「ふふふ……たまらねぇな」
俺がニヤニヤしていると、監視役のエルフたちが青ざめた。
「み、見ろ……あの顔」 「粉を見ただけでトリップしてるぞ……」 「相当な常習者だ……関わったら終わりだ……」
外野の声は無視して、俺は調理に取り掛かった。
「見てろよ。今からこいつを『錬成』してやる」
俺はガランの粉と、エルフの小麦粉をブレンドした。 そして、水を加える。
ここからが勝負だ。 俺は、生地に手を突っ込んだ。
スキル発動――【絶対滑性】。
「ふんッ!!」
俺は生地をこねた。 だが、ただのこね方ではない。 生地と手の間の摩擦をゼロにし、さらに生地内部の分子間の摩擦すらも操作する。
「オラオラオラオラオラァッ!!」
俺の手が残像になる。 衝撃だけを内部に浸透させ、グルテン組織を極限まで鍛え上げる。
バチンッ! バチンッ! 空気が破裂する音が響く。
「な、なんだあの動きは!?」 「手が見えない! 生地が……発光している!?」 「あれが『精製』の儀式か……! 見ているだけで意識が飛びそうだ!」
俺は一気に麺を打ち、茹で上げた。 そして、特製の出汁スープに投入する。
「……完成だ」
俺は丼を、長老の前に置いた。
『特製・ハイブリッドガラン麺』。 見た目は灰色だが、艶やかな光沢を放ち、湯気からは暴力的なまでの旨味の香りが漂っている。
「さあ、食ってみな。飛ぶぞ」
長老は、ゴクリと喉を鳴らした。 その額には脂汗が滲んでいる。
「……では、試させてもらう」
長老は震える手で箸(ミュウが削った木の枝)を持ち、麺を一本、口に運んだ。
ズルッ……。
静寂。 エルフたちが、固唾を呑んで見守る。
長老の動きが止まった。 1秒。 2秒。 3秒。
カッッッ!!!!
長老の目が、限界まで見開かれた。
「――ッ!?」
ガタガタと椅子が揺れる。 長老が、白目を剥いて天を仰いだ。
「な、なんじゃこれはぁぁぁぁッ!?」
「長老ォォォッ!?」
「口に入れた瞬間、暴れ回るような弾力! なのに、喉を通る時は絹のように滑らか! そして脳髄を直撃する、この香りは……!」
長老は叫びながら、猛烈な勢いで麺をすすり始めた。
ズルズルズルズルズルッ!!!
「うまい! うまいぞおおおお! 身体の中が熱い! 細胞が歓喜の歌を歌っておる! あああ、若返るぅぅぅぅ!」
バァァァン!!
長老の身体から、謎の光が溢れ出した。 シワが消え、腰が伸び、肌がツヤツヤになっていく。
「ま、魔法か!? 若返りの秘薬なのか!?」 「いや、これは『キマってる』だけだ!」
「おかわりじゃ! もっと寄越せ! この『白い粉』がないと生きていけん体にされてしまったぁぁぁ!」
長老が丼にしがみついて懇願する。 その姿を見て、他のエルフたちも我慢できなくなった。
「ず、ずるいぞ長老! 俺にもくれ!」 「その匂い……嗅ぐだけで理性が……!」 「俺もキメさせてくれぇぇぇ!」
エルフたちがゾンビのように群がってくる。
「(……大盛況だな)」
俺は満足げに頷いた。 やはり、美味いものは種族を超える。
「先生……やりましたね」
エリザが、ドン引きしながら俺を見る。
「エルフの里を、完全に『依存』させましたね。これで彼らは、先生の麺なしでは生きられない体です」
「兵糧攻めよりタチが悪いです」
テトラがメモを取る。
「精神的支配の完了。これで『白い粉』のルートは確保されました」
ミュウが嬉しそうに言う。
「お前ら、人聞きが悪いぞ」
俺はエプロンで手を拭いた。
「ただの常連客が増えただけだ」
◆
その後。 俺たちはたっぷりの小麦粉(と、代金代わりのエルフの秘宝)を持って、店に帰ることになった。
「ガルド殿! また来てくれ! いや、我らが店に行く!」 「粉ならいくらでも用意する! だからあの麺を!」
エルフたちが涙ながらに見送ってくれる。 完全に、胃袋を掴んだようだ。
「……いい取引だったな」
俺はホクホク顔で台車を押した。
「はい。これで『裏ルート』が開通しましたね」 「次はどこの組織を潰しますか?」
弟子たちの物騒な会話をBGMに、俺は夕日に向かって歩き出した。
だが、俺は知らなかった。 この一件で、俺の店が『エルフ族さえも屈服させた、伝説の闇商人』として、裏社会のブラックリスト筆頭に載ってしまったことを。
そして、店の前で留守番をしていたアイゼンが、 「……お、おかえりなさい。あの、店の前に、怖い人たちがたくさん並んでるんですが……」 と、涙目で震えていることを、俺はまだ知らない。




