その交渉、滑り知らず
東の樹海、エルフの里。 そこは今、巨大な「カーリング場」と化していた。
「うわああああああ! 止まらなぃぃぃぃ!」 「誰か! 誰か俺を受け止めてくれぇぇぇ!」 「無理だ! 俺も滑ってい……ぶべらっ!」
数百人のエルフの戦士たちが、氷の上を滑るパックのように地面を滑走している。 原因は、俺――ガルド(37)のスキル【絶対滑性】だ。 地面の摩擦係数をマイナスにした結果、彼らは立つことも踏ん張ることもできず、物理法則に従って低い方へと集められていく。
ゴロゴロゴロ……。 広場の中央に、巨大な「エルフ団子」が出来上がった。
「……ストライクだな」
俺は割り箸を持ったまま呟いた。
「素晴らしいです先生!」
一番弟子・エリザが拍手喝采を送る。
「敵を一箇所に集めてからの、『一網打尽』ですね! 手間が省けます!」
「焼きますか? 煮ますか? それともミンチ?」
二番弟子・ミュウが戦斧をブンブン振り回す。
「質量と密度を計算しました。このまま『重力プレス』をかければ、彼らは自分たちの重みで圧死します」
三番弟子・テトラが冷酷な計算結果を弾き出す。
「(お前ら、黙っててくれ……)」
俺はため息をつき、エルフ団子に近づいた。 団子のてっぺんに、リーダー格のイケメンエルフ(レゴラス)が情けない顔でへばりついている。
「くっ、殺せ……! 人間ごときに屈するくらいなら、誇り高く死を選ぶ!」
レゴラスが叫ぶ。
「殺さねぇよ。俺は『粉』が欲しいだけだ」
「それが貴様の目的か! 我らを殺し、里の『在庫』を独占して、裏社会で売りさばくつもりだな!」
「(……なんでそうなるんだ?)」
俺は首を傾げた。 ただの小麦粉だぞ? そんなに市場価値が高いのか?
「わかった。じゃあ、こうしよう」
俺は提案した。
「俺に粉を売れ。その代わり、俺がその粉を使って『最高にキマるヤツ』を作ってやる」
俺はニカっと笑った。 (訳:最高のガラン麺をご馳走してやるよ)
その瞬間、エルフたちが戦慄した。
「さ、最高にキマるヤツ……!?」 「原液(粉)をさらに加工して、純度を高める気か!?」 「悪魔だ……! こいつは、我らを『中毒者』にして支配する気だ!」
「(……話が通じねぇ)」
俺が頭を抱えていると、里の奥から厳かな声が響いた。
「――待ちなさい」
現れたのは、杖をついた老婆だった。 全身から放たれる魔力は桁違い。 エルフの長老だ。
「長老様! 逃げてください!」 「こいつらは危険です!」
長老は静かに首を振り、俺の前に立った。
「人間よ。お主の力、見せてもらった。……『理』を捻じ曲げるその技、ただ者ではないな」
「まあな。麺を打ってりゃ身につくもんだ」
「……メン? 聞いたことのない武術だ」
長老が鋭い眼光を向ける。
「わかった。お主の望み通り、『白い粉』を出そう」
「おお、話がわかるな!」
「ただし!」
長老が杖を突き立てる。
「条件がある。お主が作ろうとしている『最高にキマるヤツ』……それをワシに試させろ」
「試食か? いいぞ」
「もしそれが、ワシの理性を破壊するほどの『劇物』でなければ……その時は、この森から出て行ってもらう」
「(グルメな婆さんだな……)」
俺は腕まくりをした。 望むところだ。 俺のガラン麺で、その減らず口を塞いでやる。
「先生、大丈夫ですか?」
エリザが心配そうに耳打ちする。
「相手は長老、おそらく『薬物耐性』も相当なものです。生半可な純度では満足しませんよ?」
「関係ねぇ。俺の『手打ち』で、完膚なきまでに叩きのめしてやる」
「ひぃっ! 物理的に!?」
俺は厨房(エルフの調理場)を借りることにした。 さあ、調理の始まりだ。




