その粉、隠語にしか聞こえない
魔神城を物理的に閉店(破壊)させてから、数日後。
俺の店『麺処・断罪』は、今日も今日とて閑古鳥が鳴いていた。
「……なぁ、お前ら」
俺――ガルド(37)は、厨房で粉まみれになりながら、カウンターで暇そうにしている弟子たちに声をかけた。
「ちょっと、相談があるんだが」
バッッッ!!
瞬間、三人の弟子が残像を残して俺の目の前に整列した。
「はい先生! なんでしょうか! ついに世界征服の第一歩ですか!?」
一番弟子・エリザが目を輝かせる。
「誰を殺ればいいですか? リストはありますか? なければ片っ端からいきますか?」
二番弟子・ミュウが戦斧を構える。
「侵略ルートのシミュレーション、完了しています。A案は『焦土』、B案は『水没』です」
三番弟子・テトラがタブレットを提示する。
「……いや、そうじゃなくてな」
俺はため息をつき、手についた粉を払った。
「『粉』の話だ」
「粉?」
三人が首を傾げる。
「ああ。最近、ガランの実だけじゃ限界を感じてな。もっとこう、真っ白で、キメが細かくて、一度味わったら病みつきになって止められなくなるような……極上の『白い粉』が欲しいんだよ」
シン……。
店内の空気が、一瞬にして凍りついた。
弟子たちが顔を見合わせ、ヒソヒソと会議を始める。
「(……おい聞いたかミュウ、テトラ。先生が『白い粉』をご所望だ)」
「(真っ白で、キメが細かくて、病みつきになる……それって完全に『アレ』ですよね?)」
「(ええ。裏社会の資金源。禁断の果実。いわゆる『マジック・ドラッグ』です)」
「(先生、ついに麺屋の皮を被った『麻薬王』になるおつもりか……!)」
おい。 全部聞こえてるぞ。
「おいコラ。変な勘違いすんな」
俺はツッコミを入れた。
「俺が言ってるのは『小麦粉』だ。麺のつなぎに使うんだよ」
「わかっております、先生」
エリザが真剣な顔で頷いた。
「『小麦粉』……それが業界の『隠語』なのですね?」
「違ぇよ! そのまんまの意味だよ!」
「ふふ、先生ったら。私たちにも隠さなくていいんですよ?」
ミュウがニヤニヤしながら、俺の肩を肘でつつく。
「一度味わったら止められないんでしょう? それって、脳内物質がドバドバ出るってことですよね?」
「美味すぎてな!」
「禁断の快楽……。わかります。先生の麺には、確かに『毒』のような魅力がありますから」
「食品衛生法に引っかかる言い方をするな!」
俺は頭を抱えた。 こいつら、俺のことを何だと思ってるんだ。
「で、だ。テトラ、お前なら知ってるだろ。この辺りで一番イイ『ブツ』を扱ってるのはどこだ?」
「ブツ……はい、検索しました」
テトラが眼鏡を光らせる。
「品質、純度、依存性……すべてのパラメータにおいて最高値を叩き出している組織があります。東の樹海を支配する『エルフ族』です」
「ほう、エルフか」
俺は膝を打った。 エルフの作る小麦は『妖精の粉』と呼ばれ、その芳醇な香りは貴族ですら狂わせると聞く。
「あいつら、イイもん隠し持ってやがるんだな」
「はい。彼らは排他的で、独自のルートで精製し、高値で売りさばいています。まさに『森のカルテル』ですね」
「よし、決まりだ」
俺はエプロンを脱ぎ捨てた。
「直接行って、わけてもらうぞ。金ならある」
俺は、前回の報酬(金貨袋)をジャラジャラと鳴らした。
弟子たちが息を呑む。
「な、なるほど……!」
エリザが感嘆の声を上げる。
「まずは『取引』を持ちかけ、油断させて組織の中枢に入り込む……!」
「隙を見てボスを消し、ルートを乗っ取るんですね! わかります!」
ミュウが舌なめずりをする。
「エルフの里は結界で守られていますが、内部から崩せば容易いです」
テトラが不穏な笑みを浮かべる。
「お前ら、物騒なこと考えてるだろ?」
俺はジト目で釘を刺した。
「いいか、今回はあくまで『買い出し』だ。喧嘩は売るなよ? あくまで『笑顔』で交渉だ。わかったな?」
「はい! 『笑顔(威圧)』ですね!」
「『交渉(脅迫)』ですね!」
「任せてください。物理的に『口を割らせ』ます!」
「(……不安しかねぇ)」
俺は重いため息をついた。
「おい、アイゼン! 留守番頼むぞ!」
俺は皿洗い中の元騎士団長に声をかけた。
「断る! 私は誇り高き……」
「土産に『エルフの秘薬(栄養ドリンク)』買ってきてやるから」
「……行ってらっしゃいませ、マスター」
アイゼンは即座に敬礼した。 最近、皿洗いのしすぎで腰を痛めているらしい。
こうして、俺たちは東の樹海へ向かうことになった。 目的は小麦粉。 だが、一行のテンションは完全に「麻薬組織の壊滅」に向かっていた。




