04_いいから、言われたとおりにやってみなさいな
「ふぅん……。まぁいいわ。とりあえず二階に上がりましょ? なんとかとボスは高いところが好きなものよ」
そう言いながら、ドペちゃんはふわりと背後に回り込むと、そのまま抱きしめるように、肩越しに腕を回してくる。
「ちょっと……ドペちゃん。離れてよ」
「やぁよ」
これは自分で歩く気がないな?
浮いてるから重くは無いけど……。って浮いてるなら、そのまま飛んでいけばいいじゃん。
背中に貼りついたまま私の髪に顔を埋めるドペちゃん。おい、やめろ。
「マイコちゃん、シャンプー変えた? 私、前の方が好きなんだけど」
「あー、母さんが詰め替え用買い間違ったやつ、そのまま使ってる。嫌だったら、離れてくれていいんだよ」
と言っても、一向に離れる気配はない。
はぁ〜。仕方ない。
私はドペちゃん背中にぶら下げながら階段を登るも、すぐに踊り場、二階と一階の間で立ち止まる。
この踊り場から右と左、二手に分かれて階段が上に伸びている。
「で、どっちを登ればいいのかな」
「まぁ、呆れた! そんなのどっちでも良いでしょ!?」
「間違ったら迷わない?」
「この二択でどう迷うのよ、ほらさっさと登って」
あーもー、わからん。迷わない人の感覚がわからん。
とりあえず手すりを右手で持っていたので、そのまま右に曲がって登ることにした。
二階に登ると、振り返りながら周囲を見渡してみる。
吹き抜けをぐるりと囲うように回廊が広がり、どうやら反対側の階段まで繋がっているようだった。
反対側との丁度中間地点に、さらに上にあがる階段がある。
「くすくす、反対側も繋がってたね」
「もう、からかうなら私の背中から降りてよ。……で、これ、上に行けばいいの?」
「そうね、『高いところがお好きな煙』を探しにいきましょう」
ドペちゃんを背負ったまま、中央の階段を目指して回廊を進む。
さらに上に目をやると、いくつか並ぶステンドグラスの中で、ひとつだけ派手に砕け散ったものが視界に入った。
さっきの狼男、あそこから入ってきたのか。……よく無事だったな、あの身体。
ていうか普通に玄関使えばいいのに。
そんなことを考えながら中央に差し掛かったころ──
ガシャァァァン!!
「うわ! ビックリした! また!?」
違うステンドグラスが割れ、新たな人影が飛び込んで来た!
いや、人影かと思ったが、豚のように潰れた鼻、口から伸びる鋭い牙、そして大きな翼のはえた両腕を振るい、空中で体勢を保っている。
大蝙蝠だ──!
大蝙蝠は威嚇するように口を広げ涎を垂らす。
そして「キーキー!」と黒板を引っ掻いたように耳障りな声を発する。
頭蓋の内側をかきむしられるような不快な音に、私は思わず耳を塞いだ。
「ひぃっ……! やめてぇ……!」
私はその場に思わず屈むが、その前にドペちゃんは私の肩から手を離し、ふわりと浮いたまま大蝙蝠を見上げている。
何か気になる事でもあるのだろうか。
でも、このまま空から襲われたら絶対ヤバい……!
「ドペちゃん何見てるの!? いくよ!?」
私はドペちゃんの手を握り、高く宣言する。
「……影よ、模する者よ! 私に纏え! ドッペルゲンガァァァ!」
もう一人の私は黒い霧になると、私の身を包む。
セーラー服は闇に溶け、漆黒のドレスへと変貌していく。
影のドレスはその衣を揺らめかせ、袖の下から黒い膜が伸び広がる。
腕を広げた瞬間、それは蝙蝠の翼を思わせる影の張り付きとなり、空気を切り裂いた。
「これで、空中戦ができる!」
そう思った矢先のことだ。
影纏衣が不意に解け、私は回廊に放り出される。
なになに? 何が起こった!?
空中には大蝙蝠をつまらなそうに見据えるドペちゃんが漂っている。
大蝙蝠はなおも威嚇を続ける──が、
冷ややかなドペちゃんの声が、ホールに反響する。
「おすわり」
その瞬間、大蝙蝠の不快な警戒音が止まった。
「ふせ」
なおも続けるドペちゃん。
その声に、大蝙蝠は焦りながら飛び去っていく──。
「え? いったいなんだったの?」
「マイコちゃん、私が悪かったわ。さっさと先に進みましょう」
なに? どうしたの?
唐突にどうして謝ってきたの?
私はよくわからないまま、再び中央の階段を登りはじめる。
呆れた顔のドペちゃんを背中に引っさげて。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
階段を登った先には、やたらと大きくて豪勢な赤い扉があった。
「……これ、ボスの間ってやつ?」
「高いところが好きそうな良い趣味じゃない」
なんだそれ。
深くは考えずに、私は扉を押し開ける──。
その瞬間、冷たい空気が頬を撫でた。
そこはまるで謁見の間。
広々とした空間の床に伸びる赤絨毯。それは部屋奥の玉座にまで繋がっている。
玉座の背後には、大きな窓が幾つも並び、闇に覆われた空が見える。
時折、閃光を放つ雷が広間を照らし、陰影を激しく入れ替えた。遅れて響く地を揺さぶるような轟音が、広間と私の肌を震わせる。
赤い絨毯の奥の玉座──。
闇の中ではそこに誰かがいるのかはわからなかったが、雷光が照らす刹那、片手にワイングラスを持ち、頬杖を着いた人物の影を浮かび上がらせた。
(誰かいる……)
私は慎重にゆるりと歩を進ませる──
バタン!
大きな音を立て、背後の扉が勝手に閉まった。
そして、目の前の人物が重々しく口を開く──
……。
「良くぞ、ぜぇぜぇ、ここまで、辿りついた、ハァハァ……」
はい? ……なんで息切らしてんだ?
「余の名は……ドルグァス……ゴホゴホ、ちょっと、待って、くれるか」
喉を鳴らしワイングラスの中の液体を一気に飲み干す。
そして、はぁー、と深く息を吐いて、呼吸を整える。
「すまぬな、ちょっと全力疾走してきたものでな」
一度立ち上がったかと思うと、床まで届く黒いマントを伸ばして整え、胸のタイをまっすぐに調整して、改めて玉座に座りなおす。
「余の名はドルグァス・デ・グァルズフォルト。この洋館の主──ヴァンパイアよ」
いや、いまさらカッコつけようとしても無理だからな。
ヴァンパイアは満足そうに手元のワイングラスをくるりと回す。
……それ空っぽだよ? 回したって香りなんて出ないでしょ?
でも、こんなナリだけど、
ヴァンパイアって言ったら強いモンスターの定番だよね!?
私は拳を握りしめ影纏衣を纏おうとする──が、ドル……なんとかと言うヴァンパイアが手のひらを私に突き出す。
「もうよい。──余の負けだ」
ヴァンパイアは片手を額にあてた姿勢で、眉を寄せ天を仰ぐ。
「な、なんで? 戦ってもいないのに? まだ何か企んでるんじゃないの、ドラ……えっとドル……ドルバコさん!」
「余はドルグァスである」
イマイチ信用できないな?
チラリとドペちゃんを見やると、興味がないのか宙に背中を預け、ぷかぷかと浮いた姿勢で前髪の枝毛チェックをしている。
私の模倣姿だから枝毛無かったら良いなぁ。ってそうじゃなくて。
「あの、ドペちゃん……?」
声をかけると怪訝な顔でこちらを見る。
「なぁに……? もしかして、私の力が借りたいの……?」
心底嫌そうな顔だ。
深くため息をつくと、くるりと姿勢を変えて私の耳元に口を寄せ、アドバイスがわりに囁いた。
「──よ」
「え? なにそれ?」
「いいから、言われたとおりにやってみなさいな」
こっちもイマイチ信用出来ないんだよなぁ。
私はヴァンパイアに向き直り、指を突き立て宣言する。
「ドル……なんとかさん!」
「ドルグァスである」
「おすわり!」
その瞬間――まるで条件反射のように、玉座の前へスライディングでもする勢いで飛び出し、ヴァンパイアが正座を決めた。
自分でも何が起こったのかわからないのか、目をカッと見開き、きょとんとした顔をしている。
「ふせ!」
間髪入れず、床に額を叩きつける勢いで土下座を決める。その無駄のない動作は、もはや芸術の域だ。
「おまわり!」
スクッ立ち上がると、クルクル三回スピンして顎に指をあて片手を少し広げた姿勢で静止する。遅れてやってきたマントがヴァンパイアを覆う。
……ちょっと思ってたおまわりと違う。
「ふせ!」
再び土下座の姿勢になる。
あぁ、でもようやくわかった。
あの狼男なんだ。
「だから、私が悪かったって言ったでしょ。どうせ他にも何かいると思ってたのに、ほんとにあいつだけだったのよ」
認めたくなさそうに口角を下げるドペちゃん。
そうだったんだね。
洋館に入って即ラスボス戦だったんだ──。
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