03_見た目だけしか気に入ってないもの
「おすわり!」
その意味がしっかり理解できたのか、耳をペタっと倒してすぐさま正座をする狼男。
どうやら敵意は砕けたようだ。
ちょっと思ってたおすわりとは違うけど……、大人しくしてくれるならこれでいいか。
漆黒のドレスのまま、私は手の甲から伸びる黒い鉤爪をチラつかせながら──
「伏せ!」
両手を前に深く頭を下げ、土下座をする狼男。
……合ってる? これ?
「もう、襲ってこない?」
頭を縦にガクガク震わせる。
「よし、じゃあ行っていいよ」
私は片手で腰を掴み、もう片手の掌を胸の前で水平に振る。
それを合図に、狼男は片膝立ててからゆっくりと立ち上がると、片手を後頭部にあて、ぺこぺこ頭を下げながら、玄関の大きな扉を開けて出ていった。
お前、入ってくる時は上階のステンドグラス割って入ってきたのに、出ていくのはそっから普通に出て行くのか。
はぁ……。
でも、とりあえず……。
「なんとか、私生きてたぁ」
私はその場にへなへなとへたりこんだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
赤絨毯が敷かれた階段に腰をかけて、私とソックリな顔の「ドッペルゲンガー」、通称「ドペちゃん」が肩を揺らせてころころと楽しそうに笑いながら私を見ている。
「だらしないわねぇ、マイコちゃん」
「普通の女子高生は、死線をくぐる戦闘経験はないのよ……」
正直、足も身体もガクガクだ。でも──
「ドペちゃん、狼男倒したんだし、これで帰れる?」
さっきまで笑っていたのに途端に不機嫌そうに、眉を八の字に寄せ口先を尖らせて、ドペちゃんは首を横に振った。
「……さっきのはつまらない結果だったけど、ちゃんと帰還条件は満たしてもらわないとね」
ですよね。なんとなくそんな気はしていたよ。
ゲームだってダンジョン入ってすぐラスボスとか無いもんね。
あぁ、でも……。
「ちょっと休憩していい?」
私はドペちゃんの横に、腿をがくがく震わせながら、へたり込むように腰をかけ、そのまま階段に身を寄せて項垂れる。
影纏衣を使って動きは模倣できても、元々の身体は私なのだ。
いくら昔ダンススクールに通っていたとは言え、戦闘用の筋肉なんて鍛えてない。
無茶な動きをした後は、身体が悲鳴を上げて動けなくなるのだ。
これが地味にツラい。明日も筋肉痛間違いなし。
帰宅部なのに筋肉痛に悩まされたくないんだけどなぁ。
それでさ、ドペちゃんもさぁ。
勝手に人のカバンからお菓子食べないでよ……。それ限定パッケージの苺チョコ……。
あ〜でもダメだ。今の私は疲れが上回って食欲がない。
ちょっと、赤い絨毯と仲良くしていよう……。
キミはサラサラの手触りで高級感あるねぇ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それで、いつまでそうしてるのよ、マイコちゃん」
ふと気付けば、ドペちゃんはとっくにお菓子を食べ終わり、足元に空箱を転がしていた。
相変わらず階段に座ったまま、膝に頬杖をついて私を見ている。
おい、待て。そのチョコ、私ひとつも食べてないぞ。
……どうやら、私も食欲が戻ってきたようだ。
「あぁでも、マシになったかも」
軽く伸びをしてから立ち上がる。
一応……ゴミは拾ってカバンの中へ。
さらば私の限定チョコ。
さて……
「じゃあ行こっか。って言いたいところだけど、どこに行ったら良いんだろう?」
赤い絨毯が敷かれた階段は踊り場から二手に分かれて二階へ繋がっており、さらに上にも階がありそうだ。一階にも扉がいくつもある。
ドペちゃんはつまらなさそうに目を伏せると、
「知らない場所なんだから、道なんてわからなくて当たり前でしょ? 手当り次第、どこでも行ったら?」
それだけ言うと黒い霧と化して、影の中に潜んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
結局私は一階から回ることにしたのだが……
バァン!
バァン!
乱暴に扉を開けていく。
最初のうちは、ネズミが走り抜けるたびに驚いたりしながら、びくびくそろりと扉を開けていたけど……。
ゾンビもオバケも何にも出ないし、どんどん乱暴になっていく。
ホラー映画もお化け屋敷も、驚きポイントがわかれば怖くなくなるものだ。と母さんに付き合わされて身に染みてる。
強くなったもんだよ、私も!
そして──ふたたび、いや三度? 四度?
見たような景色。
玄関ホールらしきところに戻ってくる。
ちょっと、これは──よく考えてみよう。
幸い床はツルツルした大理石。足をするりと動かすには丁度いい。
私は考えながら前に歩くと道に迷うので、自主的に考え込みたい時はいつも後ろ向きに動く──すなわちムーンウォークだ。
つま先を軽く浮かせ、すり足で後退する──ダンススクールに通ってた時に身につけた技術。
出てきた扉の前を、かすかな靴音を響かせながらスルスルとムーンウォークで行ったり来たりしながら、考え込む。
さて――
手当たり次第扉を開けてるのに、気がつけば同じような玄関ホールに戻ってる。
実はちゃんと進んでて似たような別の玄関ホール説?
いやいや、そんなことは無さそうだ。
だってソコに狼男との戦闘跡があるもの。
床石が砕けてボコボコになっている。
これは流石に同一の部屋だろう。
じゃあゲームでよくあるループするやつか?
選択肢を間違えれば元の場所にワープする?
その可能性は捨てきれない。
だけど、実際は悲しいことに、ただただ単純に私の方向音痴が炸裂しているだけの可能性が一番高い。
じゃあどうすればいいのか――
そこまで考え、クルクルっとスピンしてピタッと止まる。
「力、借りるしかないよねぇ……」
あぁ、しまらないな。
ただの迷子で頼るのか……。
その場にいたネズミが小首を傾げてこちらを見上げている。
ダンスの披露、観客一名。拍手してくれてもいいんだぜ?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ドペちゃぁん! 出てきてよ!」
私はしゃがみこんで自分の影をバンバン叩く。
にゅっと、影から頭だけを突き出すドペちゃん。
私の生首みたいになるからもっと出てきて。
「なによ、全然進んでないじゃない」
「進んでないんじゃなくて、同じところに戻ってるのよ!」
やれやれ、と言った表情でドペちゃんが肩を竦めながら影から出てくる。
「ほんとに『迷子のマイコちゃん』は迷うのがお得意ね?」
ごもっともだけど、自分の顔に言われたくないぃ。
そこで一つ疑問が浮かぶ。
「あれ? ドペちゃんだって私を模倣してるなら、道迷うんじゃないの?」
ドペちゃんは黒い長髪の毛先を指先で軽くつまむと、毛先を眺めながら、
「残念でした。外見だけの模倣よ。見た目だけしか気に入ってないもの」
へいへい、そーですか。
でも、そんなことより今は先に進みたいのだ。そして早く帰りたい。
ドペちゃん曰くここでは「ボスを倒せば帰れる」とのことだけど、これは正確に言うと──
その世界にある、願いを叶えるビー玉サイズの珠「ミラクルマーブル」を見つけると家に帰れる。というものだ。
それをボスが持っているという意味なのだろう。
……まぁ、ドペちゃんの言うことだから、ホントかどうかは怪しいけど。
ちなみに異界に足を踏み入れるのは、これで三度目。過去にも二度、別の世界で「願いの珠」探しをしてる。
前回はカンフーの達人に認められれば貰える、という条件だった。そこで私は正拳突きに始まり、上段蹴り、下段払い──という一連の演武をやらされることに。
でも、それは「影纏衣」で達人を模倣したおかげで、割とすぐOKは貰えた。……が、気に入られすぎたのが問題だった。
その後も門下一堂との模擬戦やら、同じ型を延々披露させられたりと色々あった末に、「願いの珠」を入手。無事帰宅は出来たものの、もちろん筋肉痛にはなった。
話を戻そう。
今私はボスの所へ辿り着く前の段階で、道に迷って前に進めない。
不本意ながらどうしても、ドペちゃんの力が必要なのだ。
ドペちゃんはふわりと宙を舞うと、口の端をほんの僅か吊り上げて、小馬鹿にするように微笑む。
「それで? 私の力が借りたいの?」
「貸してください! お願いします!」
悔しいけど、このまま同じところをグルグル彷徨いたくないんだよ!
「ふぅん……。まぁいいわ。とりあえず二階に上がりましょ? なんとかとボスは高いところが好きなものよ」
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