01_「迷子のマイコ」
「あぁ、またやってしまった」
また、見知らぬ場所に立っている。
これは『迷った』な。
一応夢かどうか……確認しておこう。
ほっぺをつまむ。……うん、感触はある。
こめかみに付けている、白い花のヘアピンもちゃんとある。古い友達から貰った大切な物だ。
黒いセーラー服の袖をちょっと引っぱる。 ちゃんと制服の感触だ。
手元に黒い学生鞄もあるし──
どうやら夢では無さそうだね。
……さて、どうしたものか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
私の名前は道野 眞依琴。
自他ともに認める方向音痴だ。友達からは「迷子のマイコ」なんてよくからかわれる。
犬も歩けば棒に当たるというけれど、私は歩くと見知らぬ土地に当たる。
今までだと、学校に行くつもりが本屋の前に居たり、家に帰るつもりだったのにショッピングモールで有名店のドーナツ購入列に並んでたりもした。
いや、わかってるのよ?
考え事しながら歩くと、周りが全然見えなくなって、気づけば身体が勝手にどこかへ向かっちゃう。たぶん、それだけの話なの。
本気になれば方角だってわかるし、ちゃんとお家にも帰れる。そんなに方向音痴ではない、と思いたい。
今日も放課後、友達と一緒に帰り、途中で別れた所までは覚えている。
そして、たぶんどうでもいいことをまた真剣に考えてたんだと思うんだけど、──気がついたらここにいた。
暗雲立ちこめる闇空を背景に佇む洋館。
浅黒い蔦が壁面に絡みつき、「禍々しいですよ!」とでも言いたげだ。
ときおり雷なんか光っちゃってさ。
なんだここは。魔王城なのか? それとも吸血鬼の住処か?
ゾンビが出ても驚かない──いや、驚くか。まあそんな雰囲気だ。
冷たい風が首筋を撫で、まるで生き物のように蔦が揺れ、壁に擦れる乾いた音がやけに耳につく。
閃く雷光が影を大きく揺り動かし、遅れてやってくる地響きにも似た轟きは、まさにホラー映画のSEだ。
自分の汗が頬から首筋をつたう。風にさらされて体温を奪い、ぞわりとする感触だけを残す──
ホラー映画でこういう演出には慣れてるけど……、リアルだとめっちゃ嫌だからね?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……ってわけで、ここに至るまでの経緯をちょっと巻き戻そう。
そう、今日は放課後にひまきちから「バイトが無いから一緒に帰ろう」と誘われたんだ。
──五月末。高校二年になって初めての中間テストが終わり、皆も気分が緩むというものだ。
解放感から街に繰り出しカフェでダベるグループ、カラオケに行くグループ、自己採点してる真面目組……。うん、みんなそれぞれ青春してる。
私は特にどれにも属さないので帰ってマンガ読んでゲームして配信見たりして過ごすだけだけど、今日は隣の席の金髪ギャルに声をかけられた。
「ひまきち」、本名「吉田向日葵」。私の数少ない友達だ。
綺麗に染め上げた金髪のハーフアップお団子ヘア、前髪とサイドはくるっとカール。黒セーラーにピンクのスカーフと薄黄色のカーディガン、さらにスカート丈短めという、青春フル装備な可愛い女子。
放課後でもきっちりメイク直しするのが日課で、休み時間にはポーチを広げて鏡チェック。ファンデ、アイプチ、マスカラ、チーク、リップと手抜きなし──本人曰く「顔はキャンバス!」だそうだ。
一方私は黒髪ロング。直毛ストレートなのは唯一の救いか。
制服も指定そのまま真っ黒一辺倒。
全身真っ黒で華やかさゼロ。まるで制服の見本写真。
うんうん、やはり女子ならば、ひまきちのように青春を謳歌すべきだよなぁ。
「なにひとりで頷いてるの? 今日バイト無いからさ、一緒に帰ろう!」
こんな私と一緒に歩いて何が楽しいのか、よく誘ってくれる。──ありがたい。
校門を出てぶらぶらと歩く。
基本的にはひまきちがひとりでしゃべってる。最近何があったとか誰かが誰と付き合ったとか。
わたしはそれに相槌うったり、合いの手入れたりと、まぁそんな感じだ。
推しのVの趣味は一緒らしく、その話題だけは思わずわたしも饒舌になるけども。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ありがとうございましたぁ~」
コンビニ店員の声を後ろに、私達は扉をくぐり日差しの中へと進む。
まだまだ日は高い。今日は雲も少ないこともあって、陽向にいるとじんわり暑い。まだ五月だよ?
「あー負けた! マイコのD賞と交換して!」
たまたま寄ったコンビニで推しの『人気Vグループ ゼロスコード』クジがあったから二人で一回ずつだけやってみた。
私はハンドタオル賞。選べるタイプだからもちろん『レイくん』のハンドタオルを選んだ。白髪のイケボキャラだぜ。ちなみにひまきちはラバスト賞だった。
「今度同じの当たったらね」
頬を緩ませながらカバンに仕舞う。
ひまきちは口を尖らせながらも、慣れた手つきでラバーストラップを鞄に取りつけた。
「そういえばマイコさー。昨日はあたし無しで無事帰れた? 迷子にならなかった?」
「……私をなんだと思ってるんだ」
「そりゃあ『迷子のマイコ』と思ってるよ」
ひまきちはニカッと白い歯を見せて、私の顔を覗き込むように屈んだ。
「残念でした、無事帰りましたー。ちゃんと曲がり角とか意識すれば帰れますー」
「なんだぁ。新しい迷子伝説は無しか。あ、そういえば、今日休み時間に職員室でタケピとダベってたんだけどさ」
タケピとは英語の竹柴先生の事である。女性の先生で指導に厳しく、生徒は皆避けがちなんだけど、ひまきちはなんで友達感覚でしゃべれるんだ? しかも職員室て。ふつう近寄らない場所だろ、あそこ。
「その時マイコが方向音痴って話しててさ」
やめろ。友達の恥部を余所に晒すのはやめろ。
「方向音痴って英語で『have no sense of direction』って言うんだって!」
「……なんか間の『のーせんす』しか頭に入ってこんわ」
そんな話をしているうちに、二人別れる交差点。
ひまきちは大きく手を振ると「じゃあ、また明日ね!」と元気よく駆けていく。
私は周りを見渡して、自分のいる場所を再確認。
白いヘアピンにそっと触れる。
ここからは一人だけど、大通りにある小学校を通り過ぎて、その先を曲がって、総合病院を過ぎたらまた曲がって──
といったようにちゃんと意識して歩けば、全く問題なく帰れるのだ。
いつもいつも迷子にはなってないよ?
だけど……
「のーせんす、ねぇ……」
私はいわゆるセンスと呼ばれる物は持ち合わせてない。
歌うのは好きだけど音感ないし、美的感覚も無いし、球技とかも苦手だし。
幼少時代に通わさせられてたダンススクールのおかげで、リズム感と体動かすのだけはそこそこなんとか保ってる程度。スクールは辞めたけど、まあダンスは嫌いじゃない。
ひときわ話題にあがりやすいのが「迷子」というだけでセンス関連は全方位に壊滅だ。
可愛いと思って買った服も変な目で見られるから、最近は黒い服しか買ってない。
まあ生きるのには困ってないから良いんだけども。
あ、いや、そうか。困ったことがあったな。
この方向音痴は直さないと。
考え事をして歩いていたらすぐどこかに迷い込んでしまうんだから──。
そう──。
……。
こんな風に。
……。
目の前に見知らぬ洋館が建っている……なんてさ。
──あぁ、
「またやってしまった」
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