友梨奈 x あかね x 麻由 = ?
「ダメだわ。救急車呼ばないときっと助からない……」
今の状態の友梨奈は普通の人からは見えないし、いくら大声を出そうとしても周りに聞こえる形で声も出せないから、人に助けを呼ぶことは出来ない……
SFのテレポーテーションみたいに携帯持って移動出来れば良いのに、と思うのだが、そんな都合が良い機能は木花家に与えられた能力には無いようだ。
大昔に授けっぱなしじゃなくて、時代に合わせて能力のアップデートサービスをしてくれれば良いのに、と友梨奈は思う。
残念ながら神様の世界ではそんなアフターサービスは無いようだが、そもそも不完全なものや時代遅れになるものは神の力としては相応しくない。
自分の携帯が無いなら、いっそ周りの人から携帯を強奪して119番するっていうのはどうだろう。
盗られた人は意生身の友梨奈は知覚出来ず人間の仕業とは気付かないわけだが、人助けのためとはいえ、神様にもらった能力で犯罪行為をするのはバチが当たりそうで、ちょっとというか大分気は進まない。
冷静に考えてみれば、そもそも携帯で拾える音声を霊体の友梨奈には出せないから、携帯があっても無意味だった。掛けても無言電話で切られるのがオチだ。
今の状態は、思考で成り立つ身体(意生身)で、昔から言われるところの魂のような存在だから、自分の身体的な機能を使うようなことは基本出来ない。
ロックを外したりドアを開けたり出来ているのは、神通力の一種を使えているからで、肉体とは直接関係ないのだ。
気ばかり焦ってなにも解決策が思い浮かばない友梨奈。
その間にも女の子の症状が悪くなっているように見えて、ますます気持ちが焦り、無駄に車の周りをぐるぐる何度も周回してしまっている。
(あー、だからこんな半端な能力で人助けをしようとするの嫌だったのよ。妙に目と耳が良いあかねのせいだからね)
瞬間、頭の中に何かが疾った。
なぜか自分の独り言に妙な引っ掛かりを覚える。
(どこだ? どこが気になった? 特に変なことは言ってないのに。何かが引っ掛かる……)
もう一回同じセリフを頭の中で繰り返す友梨奈。
(そうか! 耳が良いってことは……もしかして……)
確信は全く無かったが、空に向かって話しかけてみる。きっとあの子ならこの声が聴こえるはず。
「あかね、聴こえるでしょ? わたしの携帯使って、そう、カバンに入ってるから。そこから急いで救急車呼んで。場所は……そう、そこのパチンコ店の駐車場。赤い軽ワゴンって言って。頼んだわよ」
女の子の手を両手でぎゅっと握る友梨奈。
「大丈夫、絶対助かるから。もう少し頑張って」
「お姉ちゃん、ありがと。お母さんに車の中でおとなしくしてなさいって言われたんだけど、凄く……凄く暑くて我慢できなくて……」
息絶え絶えで友梨奈に答える女の子。生死の境にいるせいなのか友梨奈の存在を感じ取れているようだ。
(もう、なによ、こんな小さい子を車に閉じ込めて自分は遊んでるなんて、大人として最低!)
何か癒しの能力でも持っていれば良かったが、そんな都合が良いものは持っていないから、ここはただただぎゅっと女の子の手を握ることしかできない。
随分時間が経って(実際は数分なのに体感は凄く長かった)救急車のサイレンが遠くから近づいてくるのが聞こえた。普段はそばで聞こえて来るとドキッとして精神衛生上良くないサイレンの音だが、この時はまるで好きなアニソンのようにとても心地良い響きに感じる。まもなく友梨奈の目に駐車場に入ってくる救急車の姿が見えた。
それは赤い軽ワゴンの隣の空きスペースに止まり、降りて来た救急隊員は車の脇に寝ている女の子に気付いてくれた。
担架で救急車の中に女の子が乗せられるのを見届けて友梨奈のイメージはその場からかき消えた。
元の公園の自分の身体に意識が戻ると、友梨奈の視界に満面の笑顔のあかねがどアップで飛び込んできた。
「流石! 梨奈ねーちゃん。リコ姉ちゃんが見込んでたとおりだわ」
アップで見るあかねの顔は可愛くて少し心拍数が上がったが、友梨奈は能力を褒められても全然心が高揚しないし、嬉しくもなんとも感じなかった。
「あのね、霊体で移動して現実のモノを神通力で動かすと凄く精神的に疲れるんだからね。しかも現場に行っても毎回わたしが助けられるシチュエーションとは限らないし」
「梨奈ねーちゃんは最強なんだし、きっと木花家に伝わる観音様の持物も使えるよ!」
どこかで見たことがあるような手を大きく広げたポーズで力説するあかね。
「それに助けられる可能性があるだけいいじゃない。わたしなんか聴こえたり視えたりするだけで他に何も出来ないんだよ」
身内の誰が言っているのか知らないが、あかねの姉のリコも同じようなことを言っていた。
あかねはきっとまんまリコの受け売りだと思うのだが、能力のことで最強と言われると『最凶』と友梨奈の頭の中では変換されてしまう。それぐらい友梨奈にとっては忌み嫌うモノだ。
「今度助けを呼ぶ声が聴こえたら、すぐに警察とか救急車を呼べばいいのよ。それであなたでも助けられるから。今回も実質あかねの電話で助けられたようなものだし。ってことで、もうわたしを呼びに来ないでよ、じゃあね」
あかねに背を向けて公園の入口に向かってスタスタと歩いて行く友梨奈。
「それじゃ助けられないからわたしたちの能力があるのよ! 梨奈ねーちゃんのバカ!!ボケナス!」
(久しぶりに会った従姉妹にバカ呼ばわりされるとは……。で、ボケナスって一体何よ?)
可愛い従姉妹を構ってあげたい気持ちは人並み以上にあるけれども、能力以外のジャンルにして欲しい。
友梨奈はその時の記憶は無いが、木花家の呪われた能力のせいで両親は亡くなったし、去年あかねの姉のリコが亡くなったのも同じ原因だと考えている。誰もその時のことを詳しく教えてくれないのは、きっとそういうことに違いない。
両親の分も長生きして『普通』に幸せになるということが友梨奈の人生の目標だ。
だがこの後もあの時きっぱり断ったにも関わらず、事あるごとにあかねはやって来て友梨奈を事件、事故に巻き込んでいる。あかねも自分の姉を失くす原因になった能力なんて使いたくないはずだと思うのに。
彼女がそこまで能力を使った人助けに固執する理由は後になって分かったのだが。
終業のベルが鳴り始めるやいなや(英語の授業で習ったASAPってやつを早速使ってみた)
教室を飛び出して校門に向かう友梨奈。
友達宣言の後、麻由は毎日のように下校時間に友梨奈のクラスまで一緒に帰る誘いに来てたのだが、今日はなんとかその前に教室を出れたらしい。
あの派手キャラに迎えに来られるとクラス内での注目度が半端ない。そのせいで『普通』でいるどころか、クラス内では最近一番の注目株になってしまっている。
ベルダッシュも多少目立つ行動なので、友梨奈的には好ましくないのだが、背に腹はかえられない。
玄関までは無事に着いて第一関門は突破。
急いで下足に履き替えて玄関から校門に向かう。
とにかく校内で一緒にいるところを見られずに済めば、ある程度は目標達成だ。
ゴールの校門が近づいて来た時、最近見慣れた小さい姿が視界に入って来た。今日は学校帰りじゃないのか、ランドセルではなくて黄色のリュックを背負っている。
(あかねのやつ……もう来るなって何度も言ってるのに)
あの子が友梨奈のところに来る理由は一つしか無い。
それは友梨奈が一番関わりたく無い能力絡みだ。
「梨奈ねーちゃん、大変、もう時間が無いの」
あかねの『時間が無い』発言は今後定番になっていくのだが、この時の友梨奈にはまだ知る由は無かった。
「あかね〜! こないだもう来るなって言った……」
「わぁーー、その子が従姉妹のあかねちゃん? お人形みたいで可愛い〜〜」
友梨奈の言葉は、後ろから来た麻由の大きな声で遮られてしまった。
(前門の虎、後門の狼とはこのことか……。ちょうど校門だし)
「梨奈ぁ、あかねちゃんと約束してたんなら事前に教えてよ。わたしも会いたかったんだから」
そもそも麻由があかねの存在を知ったのはいつなのだろう。
友梨奈の家に来た時、碧と二人で話して色々情報を得たとか。
他校から情報を集めて友梨奈を特定して来たぐらいだから、従姉妹のあかねの存在もその時調査済みだったのかもしれない。
いや、もしかすると友梨奈の独り言回想を聞いた時、その内容にあかねが登場していた可能性もある。
いずれにしても、そこから会いたい気になられても、そんなサイレントな要望は把握出来っこない。
「わたし中瀬麻由。友梨奈お姉さんの親友。よろしくね、あかねちゃん」
なんかもう親しげにあかねと会話している麻由。しかもいつのまにか友梨奈と麻由の関係は友達から親友設定に格上げになっている。
自分には一生縁がないと思っていた『親友』という人間関係。嬉しさと恥ずかしさと戸惑いと色んな感情が同時に湧き起こり、友梨奈は頭から煙が出そうだった。
そのせいか、つい自ら墓穴を掘るような言葉を発してしまう友梨奈。
「ほら、あかね、どこから声は聴こえて来るの? 時間がないんでしょ?」