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友達になろう!

恐怖と水の冷たさでしばらく気を失っていたのだろう。次に気づいた時は前後左右上下に見境なく荒れ狂う水の流れの中に麻由はいた。

船の中ではなく海の中にいるのは一瞬でわかったが、麻由の手を強く握っている少女はまるで地面の上にいるかのように普通に海中を歩き、その手を引っ張っていた。

(なんでこの子水の中を普通に歩けるの?)

そんな疑問と共に唐突に息苦しさが麻由を襲って来た。

気が遠くなっていた時間も含めると、息を止めてから結構な時が経っていたから当然だろう。

「もう少しだから」

海の中でその少女の声が聞こえる。不安を打ち消したいがための幻聴だろうか、それとも……

(まさか私の頭の中で話してるの? こっちの声も聴こえる?)

頭の中で問いかけてみる麻由。

「……ごめんなさい、ごめんなさい……」

麻由の質問に対する応答なのかどうか、ただタイミングが合ってるだけで、内容は噛み合っていないため、どちらとも判断がつかなかった。

この少女にはさっきから聞きたいことだらけだが、今はもうただただ息が苦しくて、空いてる手と両足をバタバタさせ、苦しみに堪えるだけでやっとの状態に陥っていた。

その時、頭上の方から人の声が聞こえて来た。

「そこの海面に今度は女の子が浮いてるぞ。こっちに流されてる」

「あっちだ、早く向かえ!」

「さっきから子供が次々と何人もこのボートに向かって流れてくるけど一体何が起きてるんだ?」

「おい! さっき助け上げた頭から出血してる男の子の意識がないんだ。早くドクターヘリを呼んでくれ!」


ここまでの話を聞いている友梨奈の反応を見ると、全般的に無反応でそこからは何もわからなかった。だが逆にこの話の内容は友梨奈にとって特別ではなく驚きもないものだから無反応であるとも言える。


「あの時、その子が救助船まで手を引っ張ってくれたお陰で私助かったんです。その手の温

かさと力強さの安心感からか、私『この子は何で海の中で普通に歩けるんだろう』、『何で助けてくれてるのにずっと泣いて謝ってるんだろう』って妙に冷静に考えてました」

「着いた救助船の上で御礼を言おうと周りを探したんですけど、もう姿が見えなくなっちゃってて。今までずっと後悔してたんです」

「しかし随分と荒唐無稽な話ね。今まで誰かに話したの? 信じてもらえた?」

俯いて首を左右に振る麻由。両親には自分が助かった経緯を力説したけれど、低い水温と酸欠状態の中で夢か幻覚を見たのだろうという医者の説明に納得して、まともに取り合ってくれなかった。それでもずっと諦めずに探し続けて、麻由のあまりの粘り強さに両親もとうとう折れて協力してくれるようになったのだった。

「で、その時の女の子が梨奈だと思って今日確認しに来たのね。どうしてそう思ったの?」

「たまたま彼女を学校の廊下で見かけた時に顔にちょっと当時の面影があるなって思って、いろいろその子のことを調べてみたんです。集まってきたのは『瞳が吸血鬼みたいに紅く染まってた』とか『霊が見える子』とか『誰もいないところでなにかに話しかけたり、エアー綱引きとかエアー握手をしてるとこを見た』とか、どれもほんとかどうかわからない噂レベルの情報だったんですけど、その噂のイメージがあの時の女の子のイメージとわたしの中でなんか重なったんです」

「なるぅ……。しかしそんな色々噂になっちゃってるとは……。本人は普段から『普通』に生きたいって言ってるくせに。まったく何やってんだか……」

大きなため息をつく碧。


この時今までずっと麻由の話に無反応だった友梨奈に反応があった。とはいえ表情からは何も読み取れないので直球で聞いてみる。

「何か思い出した?」

「ううん、何も。ただ麻由がそんなに色々変な噂を聞いてたんだっていうのが、ちょっと……。しかも転校してきて大して日にち経ってないのに……」

「あ、それは違うの。あの時は変な子だと思われたくなくて、たまたま学校で会ったみたいに言ったけど、本当は長い間ずっとそういう情報をあちこちから沢山集めてて、一番可能性が高かったから今の中学に転校して来たんだよ」

「え?!」

変な噂が転校生まですぐに流れるほど校内で行き渡っている、って友梨奈に誤解されると良くないと思い、つい本当の転校の経緯を言ってしまった麻由。

これはこれで友梨奈にとって重いかもしれないが、なり行き上しょうがない。これ以上その話題が続かないようにあの日の回想に戻ろう。


「やっぱり、わたしを助けてくれたのは友梨奈さんで間違いないんですよね?」

碧の応答に興奮して前のめりに近づく麻由。

しばらく無言で至近距離にある麻由の顔を見つめる碧。

「まぁ、あなたには下手に誤魔化してもしょうがないか……。直接体験しちゃってるし、かなり下調べしてからここに来たみたいだし……」

その言葉を聞いて、身体の力が抜けたように正座から床にぺたんと座り込む麻由。初めて訪ねた家で行儀が悪いのだが、麻由は本当に力が抜けて、所謂腰が抜けたような状態だったから勘弁して欲しいと思った。

「良かった。あの時ちゃんと御礼が言えなかったのがずっとずっとずっと気になってて……。あ、でも本人に記憶ないから感謝がちゃんと伝わらないのは変わらないか……」

「でもいいんです。命の恩人が誰かわかって、命を救ってくれた御礼が言えれば今はそれだけで。友梨奈さんに助けてもらわなかったら、あの時わたしはこの世からいなくなっていたから」

そう、今本人が覚えてるかどうかなんてどうでもいいことだ。あの日麻由が善意で助けてもらった事実は何も変わらない。ちゃんと御礼を言った後に本人が望むことであの時の恩を返していこう。

「別にあなたは何も負い目に思わなくて良いのよ。木花家の人間は大昔に六神通と呼ばれる神通力を授けられた時から、他人の命を救う宿命にあるんだから。それにあなたがそう思っちゃうと、梨奈も重荷に感じちゃうしね」

「……そうですね。でもこれはきっと自分のためなんです。小さい時にわたしに凄く優しくて良くしてくれた母方の祖父母に何か恩返しするどころか、大好きだってちゃんと伝えられなかった……。二人とも交通事故である日突然いなくなってしまったんです。お葬式で悲しくて、ただ泣く事しか出来なかった、あんな想い二度としたくないんです。だからそれ以来ありがとうとか大好きとかの大切な気持ちはできるだけ早く相手にちゃんと伝えたいって思ってて」

「そっか……。あの子はね、昔精神的なショックで記憶を無くした時、普通の感情も一緒に失くしてしまって、日常の物事や他人に対してどう反応して良いのかよくわからなくなってしまったの。特に悲しいことに関しては素直に泣けなくなっちゃって。もし梨奈に何かしてあげたいんだったら、普通に感情を出す方法を一緒にいて身近で見本を見せて教えてくれたらきっと本人も嬉しいと思うけど」

「……記憶だけじゃなくて感情も失くしてしまうほどのショックって……」

そんなの想像も出来ないし辛過ぎる、と思った。

「じゃあ……まずは何があってもそんな友梨奈さんのそばにいて、彼女の味方でいることから始めてみよう、って思います」

麻由を助けてくれた時に友梨奈はずっと泣いていたけれど、あんな小さい時から人を助けて、そのたびに辛いことがあって心が壊れていってしまったのかもしれない。

なんか想像したら涙が出そうになる。

(ってか、頬が妙に生暖かいからわたし既に号泣しちゃってるし……。恥ずかしい)

そんな麻由の瞳をじっと見つめる碧。

「うん、あなた顔だけじゃなく綺麗な魂してて凄くいいわ。梨奈とずっと仲良くしてあげてね。今は感情表現超下手くそだけど根はいい子だから。身内が言うのも何なんだけど」

目元と口元で上品に笑う碧。その言葉を聞いて麻由は力強く頷いた。

(もちろん、今日はそのために確認しに来たんですから)

「それじゃ、わたしはこれで。代わりに梨奈呼んでくるから部屋で待ってて」

これで話は終わりとばかり、急にそそくさと部屋から出て行く碧。

この日のために、友梨奈の能力のこととかを詳しく聞こうと思い、想定問答集を頭の中に作っていた麻由としては、完全に肩透かしを食らってしまった。上手く逃げられた感じがするが、そこは麻由が知る必要は無いという無言の返答なのかもしれない。

木花家の人間にとって、麻由は今日初対面の人間なのだから信用が無いのは当然とも思える。


しばらくして部屋のドアをノックする音がした。

「はーーい」

ドアを開けて恐る恐る部屋の中を覗いている友梨奈。

その顔を見て麻由は自然と笑顔になった。

(あの時わたしを助けてくれて本当にありがとう、あなたのお蔭でその後の人生を楽しく続けられているよ。記憶が無いあなたにこの気持ちは押し付けられないけれど)

そわそわしながら無言で立っている友梨奈。

麻由は友梨奈の手を引っ張って部屋の中に入れる。

「ねぇ、わたしたち今日から友達になりましょ。碧さんみたいに『梨奈』って呼んでいい?」

「はい???」

感情表現下手くそな友梨奈でも、驚きがあまりに大きかったせいか、誰が見ても驚いてることが一目瞭然なぐらいに目を大きく見開いて口をぽかーんと開けていた。そういうリアクションは想定済みだし、ここは麻由としては絶対に負けられない戦いだ。

「ね! いいでしょ? ね?」

友梨奈の顔の至近距離に自分の顔を寄せて繰り返しお願いする。

麻由の勢いに押され、反射的にコクリとうなづく友梨奈。

「やった! わたしのことは『麻由』でいいからね」

友梨奈の手を両手で強く握って、麻由は顔をさらに至近距離まで寄せた。

嬉しくて顔のニヤニヤが止まらないが、それを隠そうとしない。

対照的に友梨奈は浮かない顔をしていた。ここは正確に言うと驚き顔と無表情の中間ぐらいだったので麻由の想像も入った描写である。

その時、階段下から碧の声が聞こえた。

「梨奈〜〜、大分外暗くなってきたから麻由ちゃんを送って行ってあげて。若い綺麗な子は夜道一人じゃ危ないから」

それを聞いた友梨奈は一瞬眉を顰めて何か考え込んでる風になった後、不服そうに口を尖らせて何か言いたげな様子だったが、そのまま口をつぐんでしまった。

麻由は自分を送るのを友梨奈が嫌がってる気がして表情を曇らせる。まぁ麻由の一方的な希望で今友達になったばかりの関係だから、そんな友梨奈の反応もしょうがないのだが。


「あ、ちなみにこの時は麻由を送るのを嫌がってたわけじゃないから……」

友梨奈は麻由の回想を遮ってボソッと呟いた。

その言葉を聞いて反射的に顔がニヤけてしまう麻由。友梨奈が他人の気持ちに気を遣ってわざわざフォローしてくれるなんて、かなりコミュ力が向上してるんじゃないだろうか。

「碧さんがわたしに何かしろって、言ってくる時は必ず裏があるのよ。この時もその匂いがぷんぷんしたから警戒しただけ」

確かにあの後のことを考えると、友梨奈の予想は当たっていたと言える。


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