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紅い瞳の少女

「はい? おばあちゃん?」

シーンとした静寂。返事が無い代わりにドア越しに寒気がするほどの凄まじい殺気を感じる。

「み、碧さん?」

慌てて言い直す友梨奈。それを待っていたようにガチャっとドアが開き、友梨奈の祖母、木花碧が入ってくる。

以前友梨奈と親子に間違われて以来、碧は『おばあちゃん』って人前で呼ばれるとキレるようになった。

普段からそう呼んでると人前でも無意識に使うから、という理由で最近は家の中でも『碧さん』と呼ばされている。

「ちょっと中瀬さんと話をしたいんだけど、いい?」

「だから……まだ紹介してもないのに何でもう名前まで知ってるのよ……」

これは友梨奈に部屋から出ていけということだろう。

碧がここで出て来ることに疑問はあるが、二人きりでどうしていいかわからなくなっていたので、友梨奈にとってこの提案は渡りに船だ。

ずっとMAXまで上がりっぱなしで鼓動音がうるさかった心臓も心拍数が少し下がって落ち着いてきた。


「この後のわたしと碧さんの話の内容は梨奈は知らないんだよね?」

「そりゃわたしはあの人みたいに地獄耳じゃ無いからね。……って! なんでわたしの回想にリアル麻由が出て来るのよ!」

気付いたら中瀬麻由が隣に座って、友梨奈にニコニコ笑顔を向けている。

今は昼休み時間。あるマンガで存在を知った半地下の備品倉庫でこっそり生息していたのだが、麻由にこの憩いの場が見つかってしまったようだ。

「だってぶつぶつ声が外に出てたから。一人で妄想する時は声を外に出さない方が良いよ」

うっかりして独り言の声が外に出ているかどうかを全然セルフコントロール出来ていなかったらしい。

漫画では二人でギターを弾いても他人に気付かれないレベルの安全な場所って描写だったから、つい油断して自分の部屋にいるような感覚になっていたのかもしれない。まぁたとえ自分の部屋の中だったとしても回想や妄想で声は出さない方が良さそうだ……。

あの日の出会いから、毎日のように友梨奈の周りに出没している麻由。油断しているといつの間にかゼロ距離に居ることがある。

「なんかこれまでの馴れ初めも細かいところ修正したいけど、まぁいいわ。この後はわたしが続きを回想するね」

「馴れ初め言うな! 他人に誤解されるから。しかもわたし個人の回想を途中から別の人が引き継いで語るっておかしいでしょ……ったく」

とはいえ、友梨奈はあの日二人が話してた内容についてずっと知りたいと思っていた。6歳の時の記憶が無い友梨奈は麻由との最初の出会いを全く覚えていないからだ。


まだなんか友梨奈がぶつぶつ言っているけど、無視してわたし中瀬麻由が続きを。

友梨奈の記憶が無い発言に始まって、彼女の祖母とのタイマンという想定外の連続に麻由の頭の中はちょっと混乱状態だった。

そんな麻由とは対照的に少し嬉しそうな様子でそそくさと部屋を出て行く友梨奈。

ここは事実とはちょっと違うかもしれない。基本無表情な友梨奈だから、当時の麻由は彼女が嬉しそうとかわからなくて、ただただそそくさと出ていく友梨奈の背中を見送ってた、が正しい。

今なら無表情でも彼女の気持ちがどことなく分かるようになってきたのだけれど。

「梨奈は家に友達連れてくるの初めてだから、少し挙動不審なのは許してあげて」

さっきまでのロボットみたいな動きのことか、今そそくさと部屋を出て行ったことか、どちらのことだろうか。

普通に考えれば挙動不審なのは前者のことなんだろうが、そっちは碧が知る由が無いはずなのだ。

「でも、中瀬さんは梨奈と遊びに来たわけじゃなさそうね」

友梨奈に記憶が無いと言われてしまった麻由としては、来た理由をこの人に話すことが果たして正解なのかどうか、この時は情報が無さすぎて全く判断不能だった。

しかも話そうとしている内容が現実離れしていて、下手すると頭がおかしい子として木花家に出禁になる可能性すらあるのだ。

けれども、他に選択肢は無かったし、碧が自分の名前をなぜか知っていたこともあり、直感でこの人にはそんな話を受け入れてくれる何かがある気がしていた。


「実は私、彼女に超大きな借りがあると思ってるんです」

「借り?」

「子供の頃、両親と観光船に乗ってて海難事故に遭ったんです。私そのとき船に酔っちゃってて、一人だけ客室に残ってたせいで逃げ遅れて……」


あれは確か小学校に上がる前の春休み。

そのお祝いだったのかもだが、麻由は小さかったからその時の両親の意図は全く覚えていない。

生まれて初めての大きな船での家族旅行。

最初はワクワクで船上のデッキで超はしゃいでいた麻由だったが、夜になる頃には船酔いで気持ち悪くなって来て、翌日の朝にはもう絶えずゆらゆら身体が揺れてる感に耐えきれない状態になり、最終的に船室のベッドで寝たきりになってしまった。

寝てても揺れを感じて気持ち悪いなんて、もう二度と船で旅行なんてしない、と麻由はずっと両親に愚痴を言って、せっかくの旅行を途中から台無しにしていた。

今となっては昔の自分の無神経な振る舞いについて、両親に対して申し訳ない気持ちで一杯だ。

当時は幼くて無分別なガキだったので勘弁して欲しい。

あれが起こった時刻、麻由は船酔いに疲れて船室のベッドに一人で寝ていた。

半分寝て半分起きているようなぼーーっとしていた状態から、船体を無理矢理上下左右に揺さぶるような振動とバリバリバリッという大きな破壊音で叩き起こされた。

直後に部屋が大きく傾いて麻由はベッドから転げ落ちそうになる。

「なに?地震?……って船だから違うよね。お母さん?」

小っちゃい頃らしく、とりあえず困った時はお母さん頼りで呼んではみたものの、その時は一人で部屋で寝ていたので当然誰からも返答は無い。

さらに部屋が傾き、とうとう踏ん張りが効かず麻由はベッドから勢いよく転げ落ちた。

ドアを通して遠くで多くの悲鳴や叫び声が聞こえて来て、さらに大きな振動と破壊音が響く。

転げ落ちて打った身体の痛みを感じる余裕も無く、外で起こってることがとにかく怖過ぎて、部屋のドアをただただ見つめていると、ドアの通気孔から水が流れ込んで来てるのが見えた。

「これって、まさか沈没?? うそ! お父さん? お母さん? どこ?」

床にしゃがみ込んでいる麻由の周りに徐々に水が迫ってくる。まだ少量だが、外から聞こえて来る色んな怖い声と音と合わせて麻由はもうパニック寸前だった。

「パパ! ママ! 助けてー!」

とうとう感情に任せて悲鳴にも似た大きな声を出す麻由。

「ごめんなさい……」

耳元で聞いたことがない涙声がすると思った瞬間、麻由の右手を握った状態で隣に紅い瞳をした少女が突然立っていた。身長は麻由と同じくらい、幼い顔つきから似たような年頃だと思った。

「あなた、一体どこから?……」

その子の紅い瞳は涙で溢れている。

突然出現したことといい、瞳が紅いことといい、泣いてることといい、謎だらけでどこから解決したらいいのか分からない。

「わたし、みんなは助けられない。ごめんなさい……」

まさか麻由に対して助けられないと謝罪しているのだろうか。その少女に確認すべき優先事項はその点に決まった。

「え? それってどういうこと?」

麻由の質問には答えず、その少女は小さい身体からは想像出来ない強い力でしゃがんだ麻由の手を引いて立たせると、無言のままその手を引っ張り部屋のドアへ向かった。

その子がドアを開けると、外の通路にはかなりの水量が流れ込んでいて、まるで川のようになっていた。

その通路をまるで全く水の抵抗が無いかのように、麻由を引っ張ってずんずん先へ歩いていく紅い瞳の少女。

「ねぇ、なんで泣いてるの? どうして謝るの? 水は怖く無いの?」

どうやら自分を助けてくれる気らしいと分かって、麻由は他の疑問点を矢継ぎ早に少女にぶつけてみた。しかし何を聞いても少女は相変わらず無言で通路をただただ進んで行く。

さらに周りが傾き、水量は二人の胸のあたりまできている。

少女は急に振り返って、紅い瞳で麻由を見つめる。

「いーっぱい息吸って鼻と口から水が入らないようにしてて」

その子が言いながら実演してくれたとおり、麻由は大きく深呼吸して空いている左手で鼻を摘んだ。

通路が続く先は水で一杯になり、真っ暗で行く手に何があるのか全然見えなくなっている。

暗闇の世界に吸い込まれそうで凄く怖かったが、その子は全く躊躇なく麻由の手を引いてその先に進んでいく。


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