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神通力少女 meets 陽キャアイドル

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……。

(あーー、この鐘の音がまさにそうよね)

娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人

久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

(確かに人間なんて宇宙や地球スケールから見れば塵程度の存在かもなぁ)

壁掛け型の古びたスピーカーが奏でる朝の予鈴のチャイム音を聴きながら、窓際の一番後ろの席で鬱な気分になっているわたし、木花友梨奈。


教室の中は、まだ自分の席に戻らずに集まって自分たちの推しの話で盛り上がってる女子のグループや教室の後ろでプロレス技のスリーパーホールドを決めたりしてじゃれあってる男子達、慌てて教室に駆け込んで来て、ゼーゼー息が上がってる様子が呼吸困難で死ぬんじゃないかレベルの生徒がいたりして騒がしい。

まぁ朝の教室なんていつも似たような雰囲気ではあるのだが、なんか今日はいつもよりもさらに騒々しい感じがする。

「ねぇ、あなた『木花友梨奈』さん、だよね?」

急に背後から息がかかるぐらい耳元の近くで囁かれて、ビックリして机と一緒に軽く飛び上がり、ガタタタン、と大きなノイズを不本意にも発生させてしまった。

地味に目立たず『普通』な人で過ごそうとしている友梨奈にとってあり得ない事故。

案の定、周りの生徒たちが何事かと不審げな顔を友梨奈のほうに向けている。

自慢じゃないが、耳元なんて至近距離で親しげに話しかけてくる友達や知り合いは校内にいない。

なので、あまりに想定外の出来事に対して動転してそんな大きなリアクションになってしまったのはやむを得ない事態だ。

振り向いて確認すると、これまた全く想定していなかった人物、隣のクラスの有名人が友梨奈の背後に立っていた。

クラスの連中がいつもより騒々しかったのはこいつが教室に入って来たせいか。

中瀬麻由、先月隣のクラスにやって来た転校生だ。

憎たらしいくらいの艶髪さらさらストレートのロングヘア、手足が長いスラッとしたモデルみたいな長身、しかも誰もが振り返って二度見、三度見するレベルの美少女。

あっという間に学年で知らない生徒はいないくらい有名になっていた。

社交性ゼロの友梨奈が知ってるくらいだから、その有名っぷりがうかがえる。

ムカつくことに噂だと見かけだけじゃなく、勉強もスポーツも出来るらしい。

こういう神様が明らかに贔屓にしている子が世の中には存在している。

でも陰キャでコミュ障な友梨奈にこんな派手キャラが一体何の用なのだろうか。

「……そ、そ、そうだけど、何? あなた誰?」

学校では声を出さなさ過ぎて、上手く発声出来なくてちょっと咳き込んだ感じになった上に、誰かは分かっていたのに、動揺して最初に聞くべき質問も間違えてしまった。

「わたし、隣のクラスの中瀬麻由。一応初めまして」

ぺこりと頭を下げて綺羅キラの笑顔を友梨奈に向けてくる。

(一応? こんな派手キャラ一度会ったら絶対忘れないし、確実に初対面よ。それとも自分が

有名人だからって全校生徒が知ってる前提?)

「初め……まして……。わたしに何か用?」

「ちょっと話したいことがあって。今日の放課後時間無い?」

(まさかこれって校舎裏とかに呼び出されて彼女の親衛隊に囲まれてシメられる的な展開?)

今日は朝から予鈴のチャイムが不吉な響きをしてると思ったら案の定だ。

その時始業のチャイムが鳴った。

他人と話すのが久しぶり過ぎて心臓バクバクで変なことを口走りそうだったので、友梨奈にとっては救いの音色だった。

さっきは不吉とか言ってごめんなさい、と心の中で謝った。

「あ、それじゃ帰りに校門のとこで待ってるから。よろしく木花さん」

クラス中の注目を浴びながら中瀬麻由がサラサラロングヘアをなびかせて教室から去って行った。

友梨奈に大きな不安とクラスの連中には大きな疑念を残して。

特に男子連中が友梨奈を怪訝な顔でチラチラ見ている。

(わたしもその顔をしたい側だっつーの。なんだってあんな派手キャラがわたしのところに……)

友梨奈は朝のワイドショーの占いで牡羊座が12位だったことを思い出した。


夕方ホームルームが終わって、とうとう友梨奈の運命の時がやって来た。

(このまま教室に残ってすっぽかすか……。でも長く教室にいると中瀬麻由のことでわたしになにか聞いて来るクラスメイトが出てくるかも……)

そのシーンを想像して恐怖で背中がゾクゾクした。

普段なら友梨奈に話しかけてくる猛者はクラスにはいないはずだが、中瀬麻由と知り合いになるためなら思い切るかもしれない。それはそれでかなり扱いが面倒臭い。思い込みが強い分、彼女の事は何も知らないと言ってもどうせ信じてくれないだろう。

普段他人と会話していない友梨奈はしどろもどろになってしまう可能性大だ。


結局ネガティブなケースの想像ばかりで、この非常事態に対して良い考えは何も浮かばず、

諦めて普段通り教室を出る友梨奈。

ただあの時はいきなり来られてカッとしたが、冷静になった後になんとなく分かったのは、中瀬麻由が耳元で囁くように話しかけたのは、別に友梨奈を驚かせるためじゃなく、周りに会話内容を聞かれないようにするのと、友梨奈がボソボソ小声で話しても会話がちゃんと成立するためだったんじゃないかということだ。

校舎を出て校門に向かうと、下校中の生徒からいちいち注目を浴びながら、人だかりの中で校門のそばに立っている中瀬麻由が視界に入って来た。あの人目が多い場に自ら突っ込んでいくのは気が重すぎる……。

「木花さん!」

キラキラした笑顔で名前を呼ばれると同性でもちょっとドキドキする。

朝からクラスの男子どもが盛っていたのもわからないでも無い。

とはいえ、友梨奈のドキドキは他人の目が多すぎることから来るものが80%は占めていた。

「時間取ってくれてありがとう。どうしてもあなたと話したかったの」

友梨奈の耳元で話す麻由。今度も会話が周りに聞こえないように気を遣っているようだ。

なんかシメられる展開になる雰囲気は全く無さげでホッとしたが、この子が自分に何の用があるのか未だに全く想像できない……。

手のひらを胸の前で重ねて、俯き加減でちらちらと友梨奈の顔を見ながら、ちょっと言いにくそうに切り出す麻由。

「……人目が無いところがいいんだけど……あなたの家に行っていい?」

(え? 人目が無いとこって、やっぱシメられる? ってか初対面で普通いきなり家に来る?)

そもそも自慢じゃ無いが友梨奈は知り合いを家に呼んだことなんて過去一度も無い……。

そういえば昔勝手に家に来た亡霊の男の子はいたから、生身の人間では初ってことで。こんな話題持ってるから、ゲゲゲの友梨奈とか、トイレの友梨奈さんとか言われてしまうのだが。

とにかくいろいろどう対処していいのか脳がバグって友梨奈は処理不能に陥っていた。

結局明確に断ることも出来ず、なんとなく二人で友梨奈の家に向かうことになってしまった。

他人と一緒に歩くという行為自体も記憶に無いぐらいレアだったため、まずはそれにどう対処して良いのか友梨奈にはまるでわからなかった。時々右足と右手が同時に出たり、変に意識して歩き方までぎこちなくなってしまう。

とりあえず、祖母の家に住んでいること、両親が亡くなってからそこに引き取られたこと、一

人っ子であることなど、自分のことをボソボソと話してみたが、まるで会話には発展せず、すぐに話すネタが無くなって沈黙が訪れた。

相手の目を見て話せない友梨奈は、こっそり隣の麻由のほうを盗み見ると、笑顔で軽やかに歩いていて、初対面の人間の家に初めて行きます感、つまりはオドオドした様子とか緊張感は表面上全然無い。

(これが人気者の陽キャパワーってことか……。この程度のシチュエーション余裕で全然動じないってことね)


年季が入った超和風の古い一軒家が通りの角に見える。

ってことは友梨奈の家、正確には友梨奈の祖母、木花碧(みどり)の家に着いたってことだ。

(中瀬麻由が本当に家に来ちゃってるんだけど、どうすればいいのこれ。あーもう、変な汗かいてきた)

「ただいまー」

形式上普通に玄関から入るタイミングで友梨奈は言ったが、間違いなく家に着く前に碧には動きを探知されてるはずで、実質到着をアピる必要が無いことはわかっていた。

この辺普通の人には理解不能だろうから、いつかどこかで碧に関する説明会でも開催しとかないと、理解不能な人が増え過ぎて後々収拾がつかなくなりそうだ。

「梨奈おかえりー。部屋にお茶とお菓子置いといたから」

家の奥から碧の声。

友梨奈が家に他人を連れてくるのは初めてで、そのことは事前に碧に連絡はしていない。


玄関左脇の急な階段から二階に上がり、昇ってすぐ右にある友梨奈の部屋に入ると、さっき聞いたとおり、小さい丸テーブルの上に紅茶二つと色々な形のクッキーを盛った大皿が置かれていた。

それはまぁいいとして(普通に考えれば良くないのだが)、自分の部屋に他人がいることが初めて&違和感ありすぎて全く落ち着かない……。

こういう時って、家主の方がホスト、女性だとホステスか、だから会話を切り出さないといけないものだろうか……。

(あー、いかん、また変な汗かいてきた)

「なんかいきなり押しかけたのに気を遣ってもらっちゃって……」

申し訳無さそうにぺこりと頭を下げる中瀬麻由。

勝手にこの事態を察知して気を遣ったのは碧なのだが、麻由からすれば友梨奈が家に事前に連絡して頼んだと思ったのだろう。

そういえば、碧は前の日にクッキーなんて作っていなかったから、当日焼いたと思われるのだが、まさか麻由が来るのを見越して作っていた? 普段滅多に焼いてくれる事なんてないのにたまたま麻由が来る日にそれが当たっているのはただの偶然とは考えにくい。とはいえ、麻由が家に来ることが確定したのは放課後校門のところでの出来事だ。どう考えても理屈が合わないので、友梨奈はそれ以上考えることを止めた。

友梨奈は、見かけが良くて才能もある人は、自信家で偉そうで謙虚さがカケラも無いイメージを勝手に持っていた。

人物設定があまりにベタなステレオタイプなのは、友梨奈がリアルな人付き合いがほとんどなく、創作物から得ているイメージに基づいていることも大きい。

それとは全く印象が違う行動をリアルに存在する麻由はとってきている。

「こちらこそ、あんまし人を家に呼んだことないから慣れてなくて。とりあえずここ座って。あ、お茶冷めないうちにどうぞ」

無難に普通の応対が出来た気がする友梨奈だったが、動きはかなりぎこちなく、ギーガチャン、ギーガチャン、って感じの擬音がピッタリな壊れかけのロボットみたいになっていた。

また今は9月でまだ残暑が厳しく、碧は氷が浮いた冷たい紅茶、いわゆるアイスティーを出していたので冷めないと言うか、最初から冷たいのだが。

それらを見た中瀬麻由が肩を揺らして笑いを堪えている。

テンパっていて自分の言動の変さに気付いていない友梨奈は麻由の反応が理解出来ず、ただただ立ち尽くす。

「あ、ごめんなさい。わたしから今日来た理由をさっさと話さなきゃ、だよね」

テーブルを挟んで腰を下ろす麻由。釣られて向かいに座る友梨奈。

「わたしにとって凄く重要なことで、でも自信が無くて……、あと人前で聞ける内容でも無くて……」

普段は陽キャオーラ出まくりで、対人無敵な感じだった中瀬麻由が、俯き加減でどんどん小声になって、なんか超弱々しい自信が無い子になっている……。

この子がそんなになるって一体どんな話題なのだろうか。

「わたしが六歳の時なんだけど、ってことは木花さんも同じ六歳だったはずなんだけど、海難事故に遭った船の船内でわたしたち会ってない?」

舞台設定としてはドラマのような劇的な出会い。

これが本当だったら何かの始まりを予感させるけれども……。

「六歳……か……。ごめんなさい、わたし大体五、六歳ぐらいから八歳ぐらいごろまでの記憶が無いの。だからもし会ってたとしても覚えてないんだ」

小さい頃の記憶なんて誰もが大きくなるにつれて徐々に薄れて曖昧になっていくものだと思うが、友梨奈の場合は明らかにその間の記憶が綺麗に飛んでいた。

どうせならさっきの小四の黒歴史も一緒に飛んでくれて良かったのだが。

「嘘?! 本当に?」

中瀬麻由が声のトーンを上げて、一歩踏み出し友梨奈に詰め寄り気味で聞いてくる。

その問いに申し訳なさげにうなずく友梨奈。

その直後、麻由は見てて気の毒なぐらい本当にがっかりして俯いて無言になってしまった。

当時の記憶は彼女にとってよっぽど重要なことだったらしい。

その時友梨奈の部屋のドアをノックする音が響いた。

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