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ミッションインポッシブル

その後はしばらく二人とも無言で、自転車が発する回転音だけがカラカラと響いている。

「そういえば今日あかねちゃんさぁ、時々梨奈のこと『おねーちゃん』って呼んでたよね。気付いてた?」

あの時は超必死だったから正直あんまりはっきり覚えていない。そう言われればそうだった気もするという記憶レベルだ。きっとあかね本人に深い意味は無かったと思うのだけれど。

「従姉妹のリコちゃんとあかねの姉妹はよく二人で組んで人助けしてたからね。私といるとそのときのことを思い出すんでしょ……。実際リコちゃんは私には全然似てなかったし。外見も中身も。あの子は誰にでも優しくて世話焼きで正義感も強かったから」

麻由が何か言いたげな顔で口をつぐむ。優しい麻由は友梨奈のネガティブ発言に対して何とか否定したかったのだろう。でも今のは自分を卑下するような気持ちで言ったわけでは無く、単純にリコをリスペクトしていたことからの発言だから、気持ち的に特段フォローは必要無かった。

「きっとあかねはね、いつかお姉さんの声を聴いて、私に助けてもらおうと思ってるのよ。だから私を巻き込んでるだけで、わたしの存在はお姉さん代わりとは違うと思う」

今の今まで疑問に思っていたあかねの行動。その場の思いつきレベルで言った一言でモヤモヤとした霧が晴れたように頭がスッキリした。あかねが毎回拒否られながらもしつこく友梨奈を巻き込んでいた理由、母親にダメ出しされながらも能力を使っていた理由、いつもこっそり羂索を持ってきてた理由。

「それであんなに一所懸命なのね……。つか、梨奈の力って死んだ人も助けられるの??」

(あー、今の言い方だとそう取られるか。すまん、麻由。今のは半分独り言だから、色々説明端折っちゃってるんだよ。なんかかなりエネルギー切れだからさ)

「まさか。神様じゃないんだから」

「だよね。じゃあ、それってただのあかねちゃんの願望ってこと?」

体力的に話すの億劫だし、頭も大分回らなくなっているけれど、健気なあかねのためにちょっとはフォローを入れとかなければ。

「わたしも実際リコちゃんに何が起きたか詳しく知らないし、受け売り情報ばかりなんだけど……。あかねがさっき言ってたみたいに、リコちゃんは帰って来なかった、っていうのがこの世界での認識で、記録上は行方不明なのよ。これはさっき知ったばかりだけど、霊体で移動した先で、もし霊力を全て使い果たすと、霊体が身体に戻れなくなって肉体的に死んじゃうか、霊体と身体が両方とも途中の亜空間みたいなとこに取り込まれて、この次元に戻れなくなっちゃうか、って昔から言われてるらしくて……。あかねは声さえ聴ければ慈念の力と羂索を使ってその空間からリコちゃんを助け出せると思ってるんじゃないかな……」

肉体的に死んだのを自分の目で見たわけじゃないから、きっとあかねにとっては死んだって認められない……認めたくないのかもしれない。両親を亡くした時の記憶が無い友梨奈はその気持ちが少しわかる気がする。

麻由は友梨奈の説明を聞いた後、少し間を空けて口を開いた。

「……あのさ……梨奈の初恋話の中でさ……」

(えーと、その話は黒歴史認定してるから、もう忘れて欲しいんだけど。なぜまた今その話に?)

「両親を亡くしたことで、能力の根源の存在を認めたくないって話してたじゃない? だから自分の能力になんか興味無いって」

なんだろう、両親を亡くした時の記憶があるわけじゃないのに、この話題には心が全力で拒否反応を起こしている。

「その時の気持ちって今も変わらないの?」

麻由を無視する気は無かったけれど、その問いに対してはただただ何も言葉が出て来ない。心のシステムエラーが起きてる感じ。どんな表情をすればいいのかも分からなくてサドルに頭を乗せた状態で横を向いたまま黙って目を閉じていた。

しばらく沈黙が続き、気まずい空気が流れ始めた。そんな表現が出来るほど空気というものを感じられるようになって来たのは友梨奈的には大きな進化だ。

「あー、言いたくなかったら、別にいいよ、スルーして」

空気を読む能力値が高い麻由がすかさずフォローしてくれた。でもここで何も答えないのはきっと友達として良くないだろう。

「今も……積極的に能力を使う気にはなれないかな。両親二人の分も『普通』の生き方をして『普通』の幸せを掴んで長生きしなきゃ、って思ってるし」

以前から持ち続けている心の定型文をそのまま発してしまった。でもこの気持ちは今もブレていないと思う。主に麻由のお蔭で、昔よりは『普通』と違う自分を少し肯定的に思えるようになってはきたのだけれど。

またしばらく二人とも無言の後、麻由らしい言葉が独り言のように発せられた。

「そっか。でも……あかねちゃん、ちょっと可哀想だね。梨奈が協力してあげなかったら。あんなに一所懸命なのに」

「……それ言うな、ばか」

なんか秋花粉の鼻炎のせいか鼻がグズグズする。頬を生暖かいものが伝っているのも感じる。

「どうせ手伝うくせに」

友梨奈の横顔を上から見ながら苦笑いしている麻由。

(うーーん、感情が大分表に出てくるようになったけど、まだ出方のコントロールが上手く出来なくてモロバレになってるみたいなんだけど……。無感情、無表情時代のわたしの方が色々気が楽だったな……あれ? なんかまた力が抜けていくみたい……麻由あとは頼んだ……)


しばらく友梨奈が無言になったと思ったら力尽きて寝てしまったようだ。麻由は念の為確認すると小さく胸が上下して微かな呼吸音がする。

もう大分友梨奈の家に近いから幸い運ぶ残り距離は短い。ただ難点は友梨奈の部屋は家の二階にあることだ……。担いで階段を登る作業を頭に浮かべてゲンナリする麻由。

(まぁでっかい借りがあるから頑張りますけど。今後も力尽きた梨奈を運ぶ機会がありそうだから、なんか楽で安全な方法考えなきゃ)

古い趣のある家が前方に見えて来て、思わず安堵のため息がでた。

自分の体力のこともあるが、一番はやっぱり碧に友梨奈の状態を診てもらって安心したい。

友梨奈を載せたまま自転車を家の前に止め、何とか彼女を背中におぶって玄関の呼び鈴を押した。

「あぁ、麻由ちゃん。悪いけど入って梨奈を部屋のベッドまで運んでもらえる?」

インターフォンから碧の声。

(流石だわ。やっぱ全てお見通しなのね)

碧の凄さは体験済みだったが今回は鳥肌ものだ。声に慌てた様子は一切無いところから友梨奈のことは心配無いらしい。あとは最後のひと頑張りで階段を登るか。

「麻由……羂索……隠さないと……瞑想の間……」

寝言みたいな友梨奈の呟きが背中から聴こえる。

(ん? 『羂索』? それってあかねちゃんが勝手に持ち出したのを梨奈が引き受けたんだっけ?)

で、どうやら友梨奈からの文字通りノールックパスが麻由に来たらしい。

(いやいや片付け場所わかんないし。どうすんのこれ? そういえば『瞑想の間』って梨奈が前になんか言ってたような……)

『……麻由は入ったことないから知らないだろうけど、実は瞑想の間って玄関から一番離れた家の奥にあって……』

(あーー、思い出した。生き霊君の話の時か)

かなりざっくりだけどなんとなく場所はわかった。けど、あの碧の目を盗んでこっそり返せる未来は麻由には全く想像できない。

(これってト◯クルーズも真っ青のミッションインポッシブルじゃないの、絶対。まぁ、でもあの二人のためだし、凡人のわたしがどこまでやれるか、やるだけやってみるか……)

友梨奈が左手でぎゅっと握っている羂索と言われてる投げ縄状のもの、その持ち手から友梨奈の指を一本ずつ開いて引き離した。投げ縄とはいうが縄の部分は鈍い光を放っていて一見して素材はよくわからない。藁ではなくなにかの金属を編んだようにも見えるがその割には重さが軽く感じる。

そういえばお寺の仏像とか観音像は沢山の持物を持ってることがあるが、ひょっとするとこれ以外に実用性がある持物が部屋に置いてあったりするかもしれない。完全受け身な頼まれごとから、ちょっと個人的な興味が湧いてきた。色んな持物に合った能力があるとすると、今後麻由が知らない能力で友梨奈が人を助けたり出来るようになったりするのかもしれない。

(うわー、なんかその部屋って捉え方によっては意外と宝の山なんじゃない?)

友梨奈の将来の成長を先にチラ見するような予告編の材料がそこには色々あったり。彼女は自分の能力についてほとんど関心が無い、というか存在自体を否定しているため、自分からは全然話してくれないし、知識もあまり無いようだ。これは考えようによっては千載一遇のチャンスかもしれない。



抜き足、差し足、忍び足で階段を下まで降りて、一階の廊下を左に曲がり、家の奥へと進んでいく麻由。

足を廊下にそっと着地させ、相当慎重にじわじわとそれに体重を移しているが、年季が入った家の階段や廊下はそれでも木がギシギシ軋む音が響いて、その度に心臓がバクバクする。

「そうなのよ。古い家だからあちこちガタが来ちゃってて。いつどこが崩れるのかわからなくてヒヤヒヤするわ」

突然背後から耳元で碧に囁かれ、驚きのあまり心臓が口から外に半分くらい出かかる麻由。

(ちょっと待ってよ。あれだけ足音に集中してたのに、碧さんが背後に来るまで全く気付けないなんて、一体どうなってるの??)

この廊下を物音一つ無しで背後を取るなんて……絶対ありえない。今までもそうじゃないかと薄々思っていたが、碧は絶対人間じゃない別の生き物だと感じた。

「それ、あの二人に頼まれたんでしょ? 全く……勝手に持ち出して困ったものね」

碧は、麻由の手元の羂索を見て呆れた表情を一瞬浮かべた後、その横をすり抜けて廊下を奥に向かって音もなく進んで行く。まだドキドキが止まらない麻由はぼーーっと碧の動きをただ眺めてしまっていた。

「ほら、麻由ちゃんこっちよ。それの片付け場所教えてあげる」

廊下の奥で振り返って手招きをしながら麻由に声を掛ける碧。

(もうバレちゃってるし、後は碧さんの処分を甘んじて受けるしかないか……。ごめん、梨奈

あかねちゃん。わたし一応やれるだけ頑張ったんだよ。相手が格上過ぎて全く歯が立たなかったけれども……)


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