STUDY ME ―神通力女子 meets 地縛霊男子― 完
「なんか甘酸っぱさが徐々に出てきた感じあるよね」
麻由が嬉しそうに頬を紅潮させている。
あの時の友梨奈は何も言わずに帰ったあいつに対してマジで怒っていたし、怒り過ぎてなかなか寝付けなかったぐらいだったのに。
でも人間関係の経験豊富そうな麻由から見たら、この時点で何か察してるみたいだ。
そう、あいつはこの時にはなんで自分が生き霊になったのか、徐々に記憶が戻りかけてて、そうなった理由を解決するために動き出していたのだ。
翌朝、生き霊の男子が残したモヤモヤのせいで友梨奈は熟睡出来ずに朝早く目が覚めてしまった。
学校に行く準備をして一階に降りると、ダイニングキッチンにはもう碧が起きて朝食用の料理をしていた。軽快な包丁の音が響き、出汁の良い香りが部屋の中に漂っている。
「何? 今朝は妙に早いわね。朝ご飯もうちょっとかかるから待ってて」
モヤモヤと寝不足のせいで食欲は無かったが、それを言うと心配されそうで面倒だからもう一個のほうの理由を友梨奈は言った。
「時間無いからいい」
「時間って。まだ学校始まるまで大分あるわよ?」
「そっちじゃなくて」
(おばあちゃんにはどうせ何でもお見通しでしょ)
碧には特に細かく説明しなくても今ので充分通じたはずだ。
案の定友梨奈に笑顔を向けて一言だけ言った。
「そう。頑張って」
「あと、おばあちゃんじゃないからね」
(一言じゃ無かったし、あと心の声にツッコむの止めて、マジ怖いから)
通学路を小走りに進んでいくと生き霊の男子は約束どおりいつもの場所に立っていた。
今日も変わらず毎日同じ服装だし、汚れもしてないから、どう考えても変だった。そういえば霊の服ってどうなっているんだろうか。それを言ったら、意生身の時の自分の服も同じか。
「ちょっと梨奈! クライマックスが近づいてる時に変な疑問で脱線しないでよ」
(あーー、ごめん。この先の展開思い出したら正直ちょっと恥ずかしくなってきて、脇道に逃げたくなってたりしてる)
「良かった。まだちゃんと居たのね」
「うん、特に変化は感じない。でも急いだほうが良いんだろうな」
「そうよ。せっかく人が親切で助けようとしてるんだから。早いとこ昨日言いかけたことを教えなさい」
「えーと、気づいたことって言うのはさ、俺やっぱり霊なんだな、って」
ちょ、麻由何わたしを睨んでるのよ、これはあいつがあの時言ったまんまで、わたしの時間稼ぎなんかじゃないんだから!
ちゃんとその後の続きを聞いてよ。
あの時の友梨奈も今の麻由とは違う理由でキレかけていた。
「ま、まさか、昨日から引き延ばした情報がそれなの?」
「焦んなよ。昨日お前のクラスの窓叩きに行ったろ。あの時そこへ行きたいと思ったら高さとか関係なくそこへ行けてさ。自分が普通じゃないのに気付いたのはショックだったけど、同時に思ったのは霊とか魂って存在は重力とかこの世の法則なんて関係ないんだなって」
「……ふーーん」
としか答えようがない話の展開だ。
結局こいつは何を言いたいんだろうか。
「で、俺の姿を見たり手を引っ張ったり、背中に触れたり出来た非常識なお前なら、俺と同じこと出来るんじゃないかな?って。お前の従姉妹にも確認したからさ、きっと大丈夫」
え?
従姉妹ってまさかリコちゃんとあの後話したの?
あなたと同じことって一体何言ってるの?
まさかわたしも霊にする気?
いろんな想いが頭に渦巻いた瞬間、生き霊の子は友梨奈の手を握って空中高く浮き上がった。
なぜか視界の下のほうに腕を前に伸ばしたまま道端に立っている友梨奈自身の姿が見える。
今で言うとドローンからの空中撮影を生身で見れている感じだ。
空中の二人の前には昇りかけの太陽の光で屋根の上や樹木にかかった朝露がキラキラ光っている街の景色が一面に広がっている。
何この景色、綺麗……。
……っていうかわたし死んだ?
「何? 梨奈って空飛べたの? やば! もうスーパーヒーローの仲間入りじゃん」
身を乗り出して友梨奈を嬉々とした表情で見つめる麻由。
いやいや、既に麻由の前で自分の能力使ってるし、前にもちょっと言っているが、これは六神通の一つで、思考で成り立つ身体(意生身)を生み出しただけだ。
生き霊の子がいつも居た場所はエンカウントポイントだったから、友梨奈の能力も発現しやすかったのだろう。
意生身は実体じゃ無いから物理法則を無視できるらしい。友梨奈が海の中で水の抵抗もなく活動できたのと同じ理屈だ。
あとこの時は生き霊の子に半ば強制的&無意識に発動させられたが、本来は人が生命の危機にあって助けを求めてる時にしか友梨奈の能力は発動しない。
つまり自分が好きな時にそうなって自由に飛び回れる訳ではないのだ。
後日友梨奈は一人で何度か試しているが、結局一度も成功しなかった。
ってことで、生身で自由に空を飛んでる異常な人たちとは一緒にしないで欲しい。
「そっか、だから昨日は明日の朝って言ったのね。夜だとこんな景色を楽しめないから」
都会の夜だと夜景も綺麗だろうけど、田舎の夜はただ暗いだけだ。
自分の時間が無いのに、まさかこれをわたしに見せるために朝まで待ってたの?
バカじゃないの……
目の前に広がる景色があまりに綺麗すぎて目に涙が滲んできた……
でもさ、わたしとあなたが抱える問題の解決には昨日から全然近づけてないよ。
こんな体験すると地上での問題なんかちっぽけでどうでもいいような気になっちゃうけど……。それはただの現実逃避だよね。
「……思い出したことのほうだけどさ。小さい時沈みかけた船にお前が突然現れて俺の手を引っ張って救助船まで連れて行って助けてくれたんだよ。本当はすぐにお礼を言いたかったんだけどさ、その事故で頭を打ってて、そのまま病院送りになったみたいだ。で、次に目が覚めた時あそこの道端に立ってたんだよな。記憶が全く無いから、どうしてそうなったのか、どうしたらいいかも分かんなかったけど、ようやくわかった。俺お前に会いたくてあそこに居たんだ……」
なんか顔を背けて俯き加減で話してるけど、会いたかったとか言われて、妙に照れくさくてリアクションに困ってるのは友梨奈の方も同じだ。
現実世界では目の前で麻由がキャーキャーうるさくて、今さっき思い出したこのシーンの余韻
に浸れない。
「ちょっと梨奈! これってわたしが乗ってた観光船と同じやつじゃないの。やば、なんか運命的なもの感じるし。梨奈この時めっちゃ沢山の人助けてたんじゃないの!!」
そう言われても友梨奈本人には今もこの時も記憶が無く、何の実感も無いためコメントのしようがない。
照れ臭さを我慢して何とか生き霊の子のほうを見たら、大変なことに気付いてしまった。
霊体の色が明らかに薄くなっている。
きっと結界に当たったり、空を浮遊したりしたから、霊力が弱まって消えるのが急速に早まってしまったに違いない。
「ねぇ! 何も感じないの? あなた色が薄くなってるよ」
「今気付いたよ。ちょっと体に力が入らなくなってきたかも」
「元の場所に戻ろう! リコちゃん達が来てるからきっと助けてくれる」
(あれ? そういやこの時わたしなんでそんなこと分かったんだろう。
木花家の人間ってどこかで繋がってるのかも)
元の場所に戻ってみると本当にリコとあかねが来ていた。
「梨奈ねーさん、あれからあかねのビジョンで色々調べたら、病院特定できました。F大学医学部附属病院です。碧さんが言うには、魂が本体に直接触れれば戻れるって。その人 もう消えかけてるから早くこのまま行って!」
「ありがと! 二人とも。いつもわたしは手伝わないのに助けてもらっちゃって、ごめんなさい」
「この先その分をあかねが助けてもらうから大丈夫です」
あの時は時間が無くて聞き流していたが、この時のリコの発言って今の状態を予見してたってことなんだろうか。リコの想いを思い出してしまったから、なんかこの先あかねを無下に追い返しづらい、と思った。
弱っている生き霊の男子と代わって、今度は友梨奈が先導で手を取って空中に舞い上がる。
上空から腕を前方に伸ばして立っている友梨奈の本体が小さく見えた。
そのそばに立っているリコとあかね。
あかねは不思議そうな顔をして、動かない方の友梨奈を指で突ついている。
その病院なら場所はわかってるし、空からなら一直線で結構早く行けるはずだ。
自分の身体を道端にずっと置きっぱなのは気になるが、リコとあかねが見ててくれると信じよう。
友梨奈の初恋話もとうとうエンディングが近づいて来た。
二人が病室の位置まで確認してくれていたから、すんなりあいつのボディにたどりついた。
なんか表現を変えたのはその時受けたショックを誤魔化したくなったからだ。
頬は痩せこけて肌はかさかさだし、腕は本当に骨と皮な感じで、それに点滴が刺されて、人工呼吸器にも繋がれていた。
よく映画やドラマで見る心拍数と呼吸を表示する装置の波形の表示が動いてることで、唯一生きているってわかる。
(こんなとこに戻らなきゃいけないの? ずっと意識も無いんでしょ、何も無い暗闇に戻るだけかもしれないよ)
色んな想いが湧き出てきて、涙が止まらなくなった。
(って、あれ? そういえばこの時のわたしって泣いてる? わたしって泣けたんだ)
その時自分のほうがショックのはずなのに、そんな友梨奈をぎゅっと抱きしめてくれた。
(ちょっと、麻由! キャーキャーうるさい)
「ねぇ、この身体に……戻るの?……」
「病院で寝たきりっていうのは記憶が戻った時気付いてたけど、外からこんな自分を見ると結構キツいな……」
身体が小刻みに震えているのが友梨奈に伝わってくる。
「俺さ、今回は魂が先に飛び出しちゃったけど、きっと身体に意識が戻る前兆だと思うんだ。このまま魂でいて身体も魂も死んじゃったらお前とは天国でしか会えなくなるし、お前は天国には来れないかもしれないから、いつか目覚めて生身で会えるチャンスのほうに賭けるよ」
「お前じゃなくて、友梨奈、木花友梨奈。あなたは比呂ね」
ベッドのところに名札が表示されていて『皆藤比呂』と書いてあった。
「もう自分の名前ぐらい忘れずに覚えときなさいよ、今度はわたしの名前もね」
(あー、あとさっきは気を遣って言わなかったけど、わたし基本高所恐怖症だから。綺麗な景色だったけどあなたみたいに空飛ぶのが好きなわけじゃないの。次デートに誘う時はわたしの好みをちゃんと勉強しといてね)
この台詞はあの時あいつには言わなかったし、麻由にも言わずに封印した。
その時さっきの装置が警告音を鳴らし出した。
(あぁ……本当にタイムリミットなの)
なんか言わなきゃ、言わなきゃってめっちゃ焦って何も言葉が出てこない。
「……じゃあ、また会おうな」
耳元であいつが言って、頬にそっと何かが触れるのを感じた。
麻由がさらにうるさくなるから、ここのとこも自主的にカットで。
生き霊の子が自分の身体の手に触った瞬間、目の前から姿がかき消えて、あれだけ騒ぎ立てていた警告音は何事もなかったように急に黙り込み、しーーんと静かな病室に友梨奈一人がぽつんと取り残されていた。
「ええ話やーー!!」
麻由がわざとらしくハンカチで目元を押さえている。
「どこのオッサンよ、麻由、見た目とのギャップが過ぎるわ」
「でも、よっしゃ! 高評価だったから、デザートもう一品頼んでいい?」
って聞きながら麻由の返事も待たずにメニューチェックしている友梨奈。
「くっ! 今月お小遣いの残額厳しいけど、このコンテンツにはさらに投げ銭せざるを得ないわね」
「ありがと、麻由」
話を終えた後、やけに麻由は友梨奈の顔を見つめてくる。
「ねぇ、なにかわたしに言いたいこととか、聞きたいことがあるんじゃないの?」
そんなに見つめられると落ち着いてメニューを選べない。
「え? あ、う、うん……」
なんか麻由らしくない歯切れの悪さだ。普段なら遠慮なくズバズバくるくせに。
「……せっかくその子といい感じになったんだからさ、その後病院に会いに行かなかったの?」
なんか躊躇して溜めた割には普通の質問だった。
「だって……、いつ目覚めるかなんて分からないし、大学病院って小学生が普通の手段で行くとかなり遠いし。最悪目覚めた時にわたしの記憶が向こうに無くてただの不審者になる恐れもあるからさ……。また偶然とか奇跡でどこかで出会うのを待つしか無かったのよ」
「うーーん、そっか……。小学生の行動力なんて限られるよね。初恋ってそういうふうに切なく終わるものかもしれない」
なんとなくだが麻由が本当に聞きたかった質問は今のでは無い気がする。何なのか気になるけれど、今自分が答えた質問の答えにもちょっと引っかかった。本当にあの当時そう考えていたんだろうか。自分の気持ちがどうだったのかまるで自信が無い。
その時店内に高校生っぽいカップルが入って来たのが見えた。仲良さそうに手を繋いでお互いの顔を見つめて微笑んでいる。友梨奈は男子の方の顔を見た瞬間、なぜか目が離せなくなった。
二人は友梨奈たちのテーブルの横を通り過ぎて奥の空いてる席に向かう。
(何よ、あの時は手を繋いだらわたしとのことを思い出したくせに……)
どうやら最終的に今日は昔の初恋の甘酸っぱさと失恋を一度に味わう特別な日になっちゃったみたいだ。全然嬉しくは無いけれど、ちょっとリア充っぽいかもしれない。
その時何か生ぬるいものが頬を伝うのを感じる。
「ちょっと梨奈! それって……」
麻由がテーブルの上にあったペーパーを一枚渡して来た。
これが涙……。泣くってこういうことか……。