STUDY ME ―神通力女子 meets 地縛霊男子― その3
「梨奈ねーさん、久しぶりです」
この子はあかねの姉のリコ。会ったことない麻由にはどう説明すると伝わるだろうか。年齢の割に凄く落ち着いていて礼儀正しくて、顔はlだけあって今のあかねによく似ていた。でも可愛いというより綺麗系寄りな感じかもしれない。
「わーー、リコちゃん久しぶりーー! 近くに住んでるのになかなか会わなかったね。あかねちゃんは見るたびにめっちゃ大きくなってるーー」
「お母さんがあの家に近づいちゃダメだって。あの人木花家の特殊な能力を嫌ってるんです」
(おぉ、リコちゃんのお母さんとは気が合うわ〜。なのに最近じゃわたしがあかねを能力を使う悪の道に引き込んでる悪者扱いになってるんだけど!)
「……。そうなんだ。……っても、わたしもそこらへんのことよく分かってないんだけどね」
「梨奈ねーさんは視えてるじゃないですか。さっき会ってたの、人じゃなくて霊ですよね」
「!……そうなのよ。本人には全く自覚も記憶もないみたいでちょっと困ってて」
「あかねが千里眼の能力持ってて、私より良く視える眼してるんですけど、そばに行けばあの人の実体が視えないかと思って、それで来たんです」
「凄い! 教えて! あの子一体どうなってるの?」
全然想定していなかったが、この二人の助けで問題解決出来るかもしれない。当時の友梨奈は碧に借りを作るよりそっちの方が良い気がした。
「あの人、生き霊って言われる存在だと思いますけど、あかねにもまだ実体ははっきり視えないみたいです」
「そう、なんだ……。今のところ何も手掛かり無くて困ってるんだよね」
二杯目のジンジャーエールをストローで一口飲んで麻由が口を開く。
「相変わらず恋バナっぽさはまったくないけど、なんか面白くなってきたーー。あかねちゃん活躍しそうだし」
「なんか素直に喜べない評価ね……。この辺で止めとこうかな」
「いやいや、ちょっと待ってよ。今晩続きが気になって眠れなくなっちゃうから〜。ちゃんと最後まで話して〜〜」
「うーん、そもそもお茶もス◯バかと思ってたらファミレスのドリンクバーだったし、最初から報酬設定低めなのよね……」
「もう! またそれ言う! デザートもう一個追加オーダーしていいから、早く続きをお願い」
(よっしゃ! まぁ元々ペース配分考えるとあと一、二個はいくつもりだったけど。さて次の一個でどこまで話すかな)
「わたしも霊関係は詳しく無いですけど、恐らくわたし達の悲念の力であの霊を元に戻せるんじゃないかと思います」
「わたし達? ってリコちゃんとあかねちゃん?」
リコとあかねを交互に見る友梨奈。
「あかねは天耳通と千里眼で聴こえたり見えたりするだけなんで。梨奈ねーさんは小さい時から悲念の力だけじゃなく強力な慈念の力も使ってたって聞いたことあります。いくつも六神通の力を発現してて、思考で成り立つ身体(意生身)を生み出して亜空間経由で長距離移動したり、不空羂索観音から与えられた羂索の能力も使えて、人の命を沢山助けてたって、木花家歴代最強だったって。大昔にお釈迦様の弟子の目犍連って人はたった一人で軍隊を止めようとしたぐらい神通力が凄かったらしいですけど、歴代最強の梨奈ねーさんを生で見たかったです」
「ほら!! やっぱり!!」
なぜか麻由が被り気味で謎反応をして来た。
「あ、ごめん。話先に進めて」
しかもそのリアクションの説明は無かった。
しょうがない、この件は後で本人を問い詰めるとして、もう報酬をもらってしまっているから話を進めるか。
この時も今もそうだが、友梨奈は小さい時の話をされても困ってしまう。
「ごめん、わたし六歳ぐらいから七、八歳ぐらいまで記憶がなくてよくわかんない」
「……。今も視えてるんだから能力は消えてないですよ、きっと」
ガッカリされるかと思ったが、意外にあっさりとしたリアクションだった。
碧からその後の友梨奈のことを聞いていたのかもしれない。
「そうなのかな、そういう能力が自分にあるのかどうかよくわかんない。でも、もしそんなのあっても絶対使いたく無いけど……」
「な! 何でですか!?」
突然ボリュームを上げたリコの反応にびっくりして思わず後退る友梨奈。
あの時はよく分からなかったが、リコがこの時なんでちょっと大きな声でこんな反応したのかが今はよく分かる。
彼女はこの先の展開に関わってくるし、あかねの姉の話だから麻由も話の脱線とは言わないだろう。
木花家の人間に発現する能力は人によって種類や大きさが様々らしいのだが、リコは友梨奈に近い能力を持っていて、この時既にかなり積極的に使っていた。
それは使命感に燃えているとかそういうレベルではなく、ある種必死さのようなものが漂っていて少し怖いぐらいだった。
今はなぜ彼女がそんな気持ちで能力を使ってたのかわかる。
リコは天眼通の能力で自分の先の運命が視えてしまっていたのだ。
「天眼通って、遠くが視える千里眼のことじゃなかったっけ? あかねちゃんの能力の一つもそれでしょ?」
「うん、麻由の言うとおりなんだけど、天眼通って死生通とも言われてて、死と生が視える能力でもあるのよ。おばあちゃんが言うには、空間で働くものと時空で働くものの性質の違いとかなんとか」
「そこまで視えちゃうとなんか怖いね。Ignorance is bliss 知らぬが仏って言うけど、ほんとそうだと思う」
「まぁその仏の能力の神通力っていうのがわたしたち木花家の人間に発現してるって言われてるんだけどさ。わたしは別にそんなの要らないし、知りたくもない」
麻由が複雑そうな何ともいえない表情をしている。
そうね、わたしの能力を肯定して支えてくれてる麻由には悪いけど、ずっとその気持ちに変わりはないと思う。
あーわたし個人のことじゃなくて、あの時の話に戻らなきゃ。
リコの強い視線は痛いくらいに友梨奈を睨んでいる。
「羂索ってあらゆる命をもれなく助けられる能力なんですよ。そんな貴重な能力を使わないって……」
「……だって、神様? 仏様? 観音様? 誰だかわからないけど、わたしのお父さんとお母さんは助けてくれなかったじゃん! なのに!……どうして!」
(そんな薄情な存在のためにどうしてわたしが他人を助けなきゃいけないの?)
友梨奈が子供の頃からずっと心の奥底に溜まっていた想い。
今も能力を使うのに少し躊躇ってしまうのは心のどこかでまだ引き摺ってるのかもしれない。
友梨奈は聖人君子ではない。すぐ損得から考えるし、自分が一番大事だし、次に自分の周りの人達を大切にしたいと思う。
それが友梨奈が考える『普通』であり、今もこれからもそうあり続けたい。
でもこの時はリコに八つ当たりみたいになってしまって悪かったと思う。つい彼女を自分の敵みたいに睨みつけてしまっていたし。当時まだ小学生だったから大人気なかったのは許して欲しい。
「……ごめん。リコちゃんに言ったわけじゃないから。ま、わたしのことは置いといて、せっかく来てもらって悪いけど、おばあちゃんに戻し方聞いてくるってあいつに言っちゃったし、あそこにずっと居る理由もなにかあるみたいだから、そこらへん分かるまでそのままにしてもらえる?」
「……生き霊って、確か早く身体に戻らないと肉体が先に死んじゃうんですよ。今日戻さないと明日は手遅れかもしれません。わたしは徳を沢山積んで早く能力アップしなきゃだし、この世では命が間違いなく一番大事だからわたしが戻します」
ズンズンあいつのいる方向に向かって歩き出すリコ。
え、これってまさかさっきの八つ当たりで怒らせてしまったのだろうか。
焦りまくって必死にリコの腕を後ろから掴んだ。
今冷静に考えると友梨奈のその時の発言なんて全然関係無く、単純に人を早く沢山救いたいっていうリコの強い意思だったんだと思う。
「リコちゃん! お願いだから!」
思わず声に出したのは、リコの突進力が強くて、友梨奈が腕を掴んで引っ張っても構わずずんずん突き進んで行ってしまうから。なんとか口で説得して止めるしかないと思ったからだ。
結局リコの意思と力の強さには勝てなくて、生き霊の子が出現していたエリアまで引き摺られたまま辿り着いてしまった。
いつもの道端あたりにしゃがみ込んでる生き霊の男の子が視える。
黙ってしゃがんでると凄く暗い感じがして生き霊というより地縛霊っぽい感じがした。
リコが元の身体に戻してくれればもう毎朝こいつに煩わされることもないのに、なぜか友梨奈は「止めて!」って、繰り返し心の中で叫んでしまっていた。
「わたしがあなたを元の身体に戻しますから一緒に来てください」
生き霊の子の前に立って、少ししゃがんで右手を差し出しその腕を掴もうとするリコ。
怪訝な顔でその手の先にあるリコの顔を見上げる男の子。
その視線の前を通った彼女の手は何も掴めず綺麗に空を切った。
呆然として自分の右手を見つめるリコ。
「本人が……わたしの助けを必要としていない?……、だからわたしの悲念の力じゃ救えないってことなのね……」
肩をがっくりと落としてしばらく俯いた後、友梨奈の方に振り向くリコ。
「……今日はもう帰ります。あんまり遅くなるとうちのお母さんうるさいんで。もしあかねが何か視えたらその時また来ます」
「うん……、お願いね」
ここまで必死で気付かなかったが、いつの間にかリコの背後に隠れるようにあかねが立っていて友梨奈を無表情な顔で見つめている。
その視線はリコが酷く落ち込んでるのが友梨奈のせいだと責めているようにも感じた。
(違うからね、わたしは腕をちょっと引っ張ったけど足は引っ張ってないから)
その場を離れて行くリコとあかねの後ろ姿を見送りながら、リコには悪いけど友梨奈は凄くホッとしていた。
生き霊の男の子の方に振り返って話しかける友梨奈。
「大丈夫? ……って聞き方も変か……何言ってんだろ、わたし」
「あの子達何? お前に何となく似てるけど」
「あぁ、わたしの従姉妹。わたしのおばあちゃんと一緒で神通力っていうの持ってて人助けしてるんだけど、あなたを元の身体に戻そうとしてくれたみたい」
「……それでダメだったんだな」
俯く生き霊の男の子の肩をポンポンと叩く友梨奈。
「落ち込まないで。おばあちゃんに聞いて来るって言ったでしょ。あの人凄いんだから」
叩かれた後の肩を手で押さえて友梨奈の顔を見つめる生き霊の男の子。
この時は全然知らなかったけど、リコはある日能力に関わる事故で自分がこの世から居なくなってしまうことに気付いて、それまでに一人でも多く人を助けることに使命を感じていた。だから能力を使おうとしない友梨奈を理解出来なくて強引な手段に出たのだろう。
友梨奈がもしそんな自分の運命に気付いてしまったら、絶対能力を使わないようにして、自分が死なないほうを優先していたはずだ。
この時まだ小四だったのに、そこまでの決意が出来るリコは本当に凄いなと思う。
一息ついてテーブルの上のドリンクを取ってストローを使わずにゴクゴク飲んでいる友梨奈。
向かいでその友梨奈の顔をじっと見つめている、わたし中瀬麻由。
今まで本人にちゃんと聞いたことはなかった、つか正直聞きにくかったのだけれど、自分の能力を使いたくない理由、と言うのがさっきの話の中でわかった。
友梨奈は感情表現上手くできなくて実際に涙も出ないのだけれど、本当は凄く涙もろくてすぐ他人に感情移入してしまう性格で、他人のピンチに何もせずにほっておくことなんて出来ない人だと段々わかって来ていた。
なのに自分の能力にはとても冷めていて、そこに凄くギャップは感じてた。
今の話で友梨奈がずっと心に抱えていた葛藤が分かって本当に良かった。
(でもあなたが子供の頃にその能力を使ってくれたお陰で、今もわたしはこの世に存在出来ているんだよ)
無言で顔をずっと見つめていたから、友梨奈が怪訝な顔で麻由を見て、何か顔に付いてるんじゃないかと勘違いして口元を手で拭っている。