STUDY ME ―神通力女子 meets 地縛霊男子― その1
季節は夏が来る少し前ぐらいだった。日差しが結構強くなってきていて、青い空がもうかなり高かったのを覚えている。
「え、そんな昔の空の様子なんてよく覚えてるねって? 何で空の記憶があるのかってのは後で分かるって」
あの朝、いつものように自分の家の前の通学路を学校に向かって歩いていた。当時通学の距離は片道一キロぐらいあったので小学生にとっては結構な距離だ。
しかもランドセル背負ってたし。
(そうか、ランドセル……懐かしい……)
あれ? そういえばあのランドセルどうしたんだっけ?
余計な回想はいいって? 早く話進めろ?
ちょっと麻由〜〜、お願いしてる割に態度大きくない?
そんな睨まなくてもちゃんと先に進めるわよ。
え? いつも一人で通学してたのかって?
そうね、なんかうちって近所の中で怪しい家に思われてて基本周りに避けられてたから、集団登校で近所の子とか同級生が誘いに来たことはなかったかな。
なに? その哀れみの目止めてよ、別に当時もぼっちは嫌いじゃなかったんだから。
えーと、どこまでいったっけ? もう、麻由こそ序盤から話の腰をバッキバキに折らないでよ」
いつもの通学路を歩いていたら前方の道の端に同い年か少し上ぐらいに見える男の子がぼーーっと立っていた。視た瞬間こいつヤバい、と直感的に思って、思わず視線を逸らして俯いた。
その当時は木花家の能力なんか無いものと思い込もうとしてて、他人と自分に違いなんてない、わたしは『普通』だって、自分に言い聞かせていた。
とはいえ、この時は、これは人間じゃない、となにか本能的に警告音が鳴った感覚だった。で
も今思えば瞳が紅く染まって能力が発動していたのかもしれない。
俯いたまま足早に通り過ぎようとしたのだけれど、最悪なことにちょうど真横に来た時そいつは友梨奈に近づいてきた。
「さっき、目が合ったよね?」
友梨奈の耳元で、と言ってもまだそこそこ間隔はあったため、友梨奈がそれぐらい近い、と感
じた距離ということだが、そいつは話しかけてきた。他人に話しかけられることだけでも陰キャの友梨奈には相当な恐怖とストレスだったが、今回はそれに加えて得体の知れない相手ときている。もう心臓はテンポ190台の曲並みに高速でバクバク鳴って、答えたらヤバい、答えたらどこか怖いところに連れていかれてしまう、と思い無言のままひたすら早歩きで逃げようとした。
でもそいつは同じように早歩きで追いかけてきた。俯いた友梨奈に聞こえるのは友梨奈の靴音だけで、そいつの足音は全然聞こえてこない。こいつはもう絶対ヤバいって確信を持ち、全力の必死だった。
「無視すんなよ。この辺りの人、みんな俺を無視すんだよな。ここら辺初めてで全然道わかんなくてさ。携帯も今持ってないし」
(いやいや、霊は携帯なんて持てないし)
なおも必死に早歩きで逃げる友梨奈。
「ねぇ、頼むよーー、ねぇってば!」
「お前顔も可愛くない上に性格悪いなんて最悪」
耳元で何度もしつこい上に、超失礼な発言に友梨奈の頭の中で何かがキレる音がした。
「あーー、うるさい! 学校遅れちゃうから邪魔しないで」
「んだよ、冷たいな。ちょっとぐらい助けてくれてもいいだろ。この街はほんとよそ者に冷たいよな」
「あのね、みんなあなたが見えないし、声も聞こえないんだから無視して当たり前でしょ」
唖然とした表情をする霊と思しき男の子。
「それってどういうことだよ。お前はちゃんと見えてるし、聞こえてるだろ。意味わかんねぇよ」
「大抵の幽霊は自分が霊だって気付いて無いのよ。そんで自分が死んだ場所とか、思いが残ってる場所にずっと居ついちゃって、そういうのじばく霊って言うらしいよ。長くこの世に彷徨ってると良くないらしいから、早く成仏? とかいうのしてね」
「お前、ひでぇこと言うな。助けてくれない上に霊扱いかよ」
「本当なんだからしょうがないでしょ。じゃあ、もう行くから」
言いたいこと言ってすぐ、全力の駆け足で逃げる友梨奈。大分走ってから恐る恐る後ろを振り向いたが、その男の子の姿は無かった。
その時は、やっぱりじばく霊ってやつだからあの辺にずっと居るだけなんだと考えていた。
あ、ちなみに子供の頃は漢字で『地縛』って分かってなくて、『自爆』するほうのじばくかと思ってて、何で自爆? ってずっと謎だったって、このネタ二回目か……
もう、麻由その目止めて。
多少脱線するぐらい話のスパイスになって良いでしょ。
自分の黒歴史を使って、身を犠牲にして話を盛り上げようとしてるのだから。
次の日の朝、学校行く途中やっぱり同じ場所にあいつがいた。
小学生が住宅街で一晩中同じ場所にいれるわけはないし、昨日と全く同じ服装だし、もう絶対地縛霊確定だと思い、目を合わせず顔を背けたまま無言で通り過ぎようとした。
一瞬チラ見するとなんか凄く友梨奈を睨んでいる。
「昨日のこと許してないからな」
(何よ、そのちょっと上からコメント。こっちは親切に相手にして成仏を勧めてやったのに)
一瞬ムカっときたが、ここで昨日のように相手にしたら、周りから見ると大きな独り言を言ってるただの危ない子供になるから我慢だ。
「第一さ、もし俺が霊だったら、その霊が見えるお前もかなり変でキモいだろ」
(! こいつ、人が気にしてる事をザクザクとエグって来やがって……)
今日は完全無視するつもりが、込み上げた激しい怒りで思わずそいつの方を見て睨んでしまった。
自分では睨んだつもりが、小四の時の黒歴史が思わず頭によぎり、ずーーんと気持ちが落ち込んで、泣き怒りというか、かなり微妙な表情になっていたと思う。でもそれは心の中でそう思ったと言うだけで、実際表に出てるのは無表情っていう名の表情だけだっただろう。
そんな友梨奈の表情を見てそいつは凄く狼狽えているように見える。
よく分からないが、ケンカを売って相手がかかって来ると思ったら、無表情だったから肩透かしを食った、みたいな状態だろうか。
とにかく今からでも霊は無視しなければ。霊に取り憑かれるとよく言うし、相手にすればするほどきっと泥沼だ。
昨日と同様、いきなりダッシュをかけて全力で逃げた。
その瞬間驚いた顔で固まっているそいつの様子が横目でチラッと見えた。きっと追いかけたくても地縛霊だから追いかけては来れないはずだ。
昨日振り向いた場所より少し手前で耳をそば立てるが、後ろから追いかけて来る足音は全然聞こえてこない。でもそいつは早歩きでは足音がしなかったので、音だけでは安心出来ずに振り返ると、そいつが必死に走って後ろから迫って来ているのが見えた。
その頃にはこちらはもうかなり加速がついて来てたから絶対引き離せるはずだ。
今まで学校では男子にも負けたことが無かった。
「お前……、女子のくせに速すぎ……だろ……」
案の定かなり後ろの方であいつの負け惜しみが微かに聞こえてきた。
友梨奈の前に座ってる麻由がドリンクをストローでかき混ぜ、氷がカラカラ鳴っている。
さっきも言ったが二人がいるここは、某ファミレスの窓際の席。
そう、人に黒歴史の昔話を要求しておいて、なんとお礼がファミレスのドリンクバーとスイーツだったのだ。
放課後の貴重な時間を拘束されてプライベートの話公開してるんだから、お礼といったら最低でもオシャレなカフェだと思う。
麻由が、友達同士でおしゃべりするのに拘束って言い方酷くなーい、梨奈ここ着いた時も同じこと言っててしつこいー、とか、話が面白かったらあとでまた追加で奢るからさ、とか言ってる。
未だに面白いかどうか評価が不確定なとこがムカついた。
まだ三年ちょっと前の出来事なのだが、友梨奈は結構うろ覚えで思い出しながら話していて、正直なところ結末までまだ思い出し切っていなかったのだが。
「でも、梨奈と駆けっこで勝負するのは無理ゲーだよね。周りの評判聞いてると走力が野生動物並みだもの」
「誰が野生動物よ!」
普段から陽キャで存在感がある麻由みたいなのが速く走って目立つなら良いのだが、それまで陰キャで全く存在感が無かった生徒が、急に目立つと周りの反応が絶対微妙になる。
中一の頃にクラスで人気の運動神経いい男子に短距離走で圧勝して、そいつの評判を落としたのは良いが、大勢の女子達から反感も買った友梨奈の黒歴史を麻由に話したばかりだ。
(あー、こうやって思い出すと黒歴史ばかりだ、わたしの人生。よくこれまで不登校にならなかったよね、偉いぞ自分)
……でも、そうか、中学でまだ頑張れてるのは、毎日のように会いに来てくれる麻由のお蔭かもしれない……
その時突然友梨奈達の座る席の隣の窓に外から何かが当たるような音がバン、バンと響いた。
驚いてビクッと体を震わせ、窓の外の暗がりを怯えた表情で見つめる麻由。
「特に風も吹いていないのに、一体何が当たったんだろ。鳥とかかな……。この季節もうカナブンとか大きな虫はいないよね?」
窓の外を目を凝らしてじっと見てみたが、外が暗いせいで室内がガラスに映り込んでよく見えない。
次の日は、そいつがいる場所の手前から駆け足で通り過ぎ、息が切れるまで走り続けた。
信じられない事に昨日追っかけてこなかった場所を過ぎてもずっと背後に気配がしていたのだ。
もう涙目(実際には出てないから気持ち的にって意味で)と息ゼーゼーで走り続けて、結局学校の校門が見えるとこまでふらふらになりながら辿り着いた。校門を越えたらついてきてる気配がようやく消えていた。
恐らく知らない学校に入るのは子供としてハードルが高かったんじゃないだろうか。霊なら見えないからそんな気を遣う必要なんて無いのだが、本人に霊の自覚が無いのでそういう心理になったと思われる。
とはいえ、このまま毎朝霊に追いかけられるのは冗談じゃないから、学校帰ってから碧に相談した。前に聞いていた地縛霊と設定が違ったため、その文句も言いたかった。
友梨奈の家は麻由も来たことがあるから、細かい説明は不要だろう。
今もあの時も、見た目年季が入った和風の古い一軒家って感じは一緒だ。
学校から帰ってダイニングキッチンに入ると、美味しそうな香りが友梨奈の鼻腔をくすぐってきた。
キッチンでは晩ご飯の用意を始めてる碧の後ろ姿が見える。
「おかえり、梨奈。手洗いとうがいはした?」
「あ、うん」
「早く洗面所に行ってやりなさい」
「……はーーい」
「碧さんやっぱ勘鋭いね」
これは今の麻由の発言。
麻由は碧とタイマンで会っていて、その後妙に碧推しな感じがする。
「んーー、つか家に入るだいぶ前から全部の動きを掴まれてるんだよね」
なので最近は下手な嘘を吐かないことにしているが、この頃はまだ自分もお子ちゃまだったからなんとか出し抜こうと思って色々ムダな抵抗をしていた。
確か何回かはしてきたフリしておやつを食べようとして、全部バレてめっちゃ怒られた上に、三日間おやつ抜きになった。
踏んだり蹴ったりとはこのことか、とこの時期に身をもって学習した。
この時は霊に追いかけられるという悩みを抱えていたので、いつも以上にそんなことしてる場合じゃないのに、と強く不満を持ちつつ、急いですませてキッチンのテーブルに座った。
「ねぇ、おばあちゃん、最近朝学校行く時にじばく霊? に会っちゃって、走って逃げてたん
だけど、今日とか学校まで追っかけてきてさ。じばく霊って居るとこから動かないんじゃなかった?」
「…………」
無言で料理を続ける碧。
「ねぇってば、おばぁ……。み、碧さん」
うちの祖母を『碧さん』と呼んでる麻由にはすぐわかったと思うが、あの人は『おばあちゃん』と呼ばれるのが大嫌いだ。確かに時々友梨奈の母親と間違えられる事があるぐらい若見えする碧なのだが、友梨奈にとってはそう呼ぶのは違和感でしかない。
「見てみないと正確には分からないけど、それは地縛霊じゃないみたいね。生き霊ってやつじゃない?」
「いきりょう?」
「それ知ってる。源氏物語とかでも出てくるよね。生きている人の怨霊で人が呪い殺されちゃったりするやつ。梨奈その時誰かに怨み買ってたの?」
前に座ってる麻由がドリンクのストローで友梨奈の方を指して不穏なことをのたまった。
「あのねぇ、ただの小学生がそんな濃ゆい怨み買うわけないでしょ。怨み以外でも何か強い想いがあったり、死の間際だったりすると幽体離脱みたいに魂が身体から離れて浮遊することはあるみたい」
「へーー。でも肉体から離れた魂の浮遊って、一回は体験してみたい気もする」
「そんな気楽なものじゃないのよ」
そういうことが起きる場合、大抵普通では経験出来ないような特殊な事情が本人にあるのだから。