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【短編】祈りの織物

※本編の途中ですが、ほんの少しだけ、静かな時間の記録を。

議会に呼び出されるより少し前――

祈りでしか触れられなかった彼らの、もう一つの姿です。

 初めてアイルと出会った日。

 ラグナは、一瞬だけ見た彼の構成を、忘れられなかった。

 ――落雷を招く、奇跡の模倣。

 構成とは、祈りの言葉を現実に作用させるための道筋――奇跡を模倣する設計図だ。

 あの祈りを、ラグナは忘れなかった。

 ただ一度だけ、記憶を頼りに模倣を試みた。


 確固たる『定義』だった。

 だから、真似をした。

定義:教皇ではなく、ラグナの名において


 命をかけた『宣誓』だった。

 だから、決意した。

宣誓:美しさの証明のために、あの奇跡を再現する


 あの青年が織り上げた祈りの構成は、一目で高度なものだと理解した。

 展開位置の座標指定も、どのように落ち、現実にどんな影響をもたらすかも――全てが無駄なく精密に織り込まれていた。

 模倣しようと、ラグナも祈りを編んだ。

「我が主、我らが父よ……あなたの祝福がありますように」

 そこまでは、教会が定めた祈りの手順だった。

「今ここに、あなたの奇跡を模倣することを、お許しください」

 ――ここから先に、言葉はなかった。

 ラグナだって知らない、未知の領域だ。

 教会の祝福には、そんな『手順』など、存在しないからだ。

「天高く」

 祈りが途切れる前に、構成が解ける前に、言葉を継いだ。想像を実現するために、必死に探した。

「空から降る、光。裁きでも、審判でもなく――」

 違う。あの光は、希望だったはずだ。

 上手く言葉を紡げなかった。

 それでも、祈りを束ねて、奇跡の再現を想像した。

 整えた構成が、神の理に届く道筋となる――そう願った。

 だが、祈りは届かず、構成は力を失った。

 現実に染み出す前に、崩れ落ちる。

「だめか」

 霧散した構成は、原型すら残らない。

 口にした祈りに、一貫性もない。

「俺の理解不足だ。想像が、及ばなかった」

 一般的な祝福の、構成手順には従った。

 理論上は完璧だった。

 それでも――違う。

 最初から、祈りきれてなど、いなかった。

「あの人は、どんな祈りを込めてたんだ」

 ラグナは呟いて、自分の手のひらに視線を落とした。

 何が、足りなかったのだろうか。


 ※


 ある日。

 アイルが気付いた時には、ラグナが難しい表情をして執務机に向かっていた。

 分厚い本を開いて、傍に置いた手帳に何かを書き記している。ラグナの隣には、あの記録官エルヴィンが、同じく難しい顔で少年の手元を見ていた。

 一瞬魔力が奔り、構成が組み立てられては、すぐに霧散していく。

 放っておけば、見えない構成の残骸が積み上がり、天井まで届きそうな勢いだった。

「……ラグナ様は、一体、何をしてるんですか?」

 黙っていられず、アイルはつい声をかけてしまった。

 途端、少年の顔にぱっと笑顔が咲いた。

 神の代理人たる象徴の金眼に、やや灰色が混じっているのが、痛々しい。

「そうだ、アイル! お前、この構成組めないか?」

 例の分厚い本が、ラグナからアイルに差し出される。エルヴィンの顔を見れば、諦めろと琥珀の目が訴えていた。

「これが、どうしたんですか」

 教会の儀式の、手引書のようだった。

 構成の完成予想図とともに、聖句と古語による注釈がびっしり埋まっている。

「今度の夏至に披露するんだ。注釈がわからない部分が多くて、お前の構成が見たいんだ」

「補足します。ラグナ様の即位記念日に、儀式として展開を予定しております」

 エルヴィンの言葉に納得し、再度本に目を向ける。たしかに、儀式用構成を想定した内容だった。

 一つの構成から派生して、複数の奇跡を再現するような、はたから見ると無茶な組み方がされていた。

「これ、ラグナ様がお一人で組むんですか?」

 無理だ、とアイルは思っていた。

 古語ばかりの構成図、派生構成の多さ、そして――夏至祭。

 分厚い雲を突き破り、太陽を見せるなんて。

 それこそ、神の奇跡の模倣だ。

「まさか。俺が主導して、構成補佐が何人かつく。じゃないと、絶対無理。魔力が尽きる」

「だろうな――まぁ、私でも、このままでは厳しい」

 アイルはそっとエルヴィンを見る。

 琥珀の目が楽しそうに、アイルの失言を記録している。

「この内容なら、そうですね。仮組みした構成を、ラグナ様に見せることもできます。が、今の私は、あなた方に管理されています。許可なく力は使えません。瞳の色を記録官殿が残せば、私が罪に問われます」

 諦めてくれと言えば、ラグナが首を傾げる。

「なら、俺が命じたらいいんじゃないか。エルヴィンも記録するなよ。どう?」

「……異端者の私はともかく。それでは、ラグナ様の管理責任が追及されますよ」

 アイルが拒否の構えを見せたのに、エルヴィンがふいに笑って言った。

「良いんじゃないですか? 儀式は教会にも必要ですし、教皇印と私の権限で非公開記録にしましょう」

 完全に面白がっていた。

「……口を挟むんじゃなかった」

 その言葉に、少年が慌てる。

 それがおかしくて、アイルは思わず笑った。

 非公開ならばと、面倒な仮面は脱ぎ捨てた。

「まぁ良い。この構成を組めばいいんだろ? 詠唱も、奇跡の実行も、俺はしないからな」

 ざっと目を通して内容を理解し、アイルは左手を起点に祈りで基礎を編み始めた。

 普段なら一瞬で駆け抜ける工程を、見せるためだけにあえて手順を踏む。

「これ、貴方の『定義』とは一致しないのでは?」

「気が散る。あくまでも、俺が組む構成だから、あとはそっちで処理してくれ」

 エルヴィンの口出しに、舌打ちして答える。

「そもそもだ。この構成、派手なだけで無駄が多すぎる。本命一つに対して、補助構成が四つ。このページの最後三行、次の聖句のこの部分は全部まとめられる」

 その言葉に、エルヴィンが苦笑するように続けた。

「古語が多すぎますね。象徴としては立派ですが、意味が重なりすぎて、構成が冗長になっている」

 アイルは黙って頷いた。

 この男に理解されていることが、少し意外でもあった。

「勝手に手を加えるぞ」

 構成は、アイルの目には、祈りでできた織物のように見えていた。おそらく、ラグナたちにもそう見えているはずだ。

 淡く光る糸が宙に浮かぶ。

 アイルが走らせる指先が、糸と糸を祈りの形に結んでいく。

「この『横糸』も要らない」

「待って下さい、アイル。どの部分ですか?」

「八十から百行目。そのあと、百三までは詠唱も全部『光あれ』で済むはずだ」

 ラグナが食い入るように、構成を見ている。

 見えやすいように少しだけ手を動かし、仮組みをアイルは続けた。


 それからしばらくして、ようやく構成が組み上がる。

 アイルが伝えた修正箇所を、エルヴィンが記録した分、予定より早く完成した。

 出来上がった構成は、アイルの願い通り、美しい織物のようだ。

「記録できたか? 定義と詠唱は、そっちで考えてくれ」

 アイルは、早く構成を崩したかった。

 維持するのに魔力が必要だ。そのせいで、軽く頭痛がする。

「これさ」

 ラグナが基礎から伸びる、中央の『縦糸』に触れる。

「この光が、祈りなのか? 構成の中で、一番大事な場所?」

 無碍にするには、核心に迫る話だった。

「そうだ、と言いたいがまだある」

 アイルはわかりやすいように、端の糸に触れた。

「中央が『祈り』なら、両端は『意思』だ。横糸は補助や構文ばかりだけど、構成の中央だけは違う。『願い』だよ」

 そしてアイルは、深く息をついた。

「で、そろそろ崩していいか?」


 ※


 ラグナが構成の記録と睨めっこを始めた途端、大人たちがどうにも楽しそうな話をはじめた。

「しかし、アイルも意外と付き合いがいいんですね」

 椅子を譲られたアイルに、エルヴィンが水を差し出してそう言っていた。

「意外?」

 アイルが、心外だというように眉を上げる。

 ラグナには、あまり見せない顔で面白い。

 相変わらず無表情に近いアイルは、どこか疲労の色を滲ませている。無理もない。

「教会のために、誇りの藍色を削るとは思いませんでした。その薄灰混じりの瞳、誤魔化せませんよ。……どれくらい、魔力を使いましたか。無理をしてないように見えて、してますよね」

 淡々とエルヴィンが指摘して、アイルは肩をすくめて苦笑している。

「構成自体は一割。維持で二割持って行かれた。維持なしで即実行するなら、あと一割必要だった――想定内だ」

 そこで、アイルと目が合った。

 ラグナの内側を覗き込むかのようだった。

 アイルの瞳は、いつもの濃い藍色ではなかった。灰色が混じった、薄い藍色の目をしている。

 ラグナを含めた、教会の祝福使いたちは、魔力を失うことで瞳の色を損なう。

 それは、祝福使いでも、禁呪を扱うアイルも同じなのだと――ラグナはこの時、改めて認識した。

 アイルはしばらく見たあと、不意に視線を外しエルヴィンに向き直る。

「まぁ、ラグナの構成力と魔力量を加味するなら、全体の消耗は半分くらいじゃないか? 構成に補佐も入るって話なら、もう少し負担は減る」

 そのまま視線を流されて、ラグナはほっと一息ついた。あの青年は、時々本質を暴くような目をする。

「あの構成で四割? それ、私に明かしていいのですか」

 エルヴィンの問いに、アイルが珍しく口を噤んだ。沈黙は都合良く解釈されると、普段は言葉を返すはずなのに。

 アイルの長い指が、机の端を二度叩いた。

「非公開だから、明かした。それに、魔力を失えば命を落とす」

 溜め息を交えて、アイルはそっと目を伏せた。

「俺の四割は、ラグナの六割くらいだと見積もった。ラグナの安全、儀式失敗の可能性。それらと俺の情報、天秤に掛けるまでもない」

「非公開の約束は、もちろん守ります。神に誓って。貴方の献身に、感謝します」

「さて。――では、私は今日は下がらせて頂きます」

 疲れましたと、従者の仮面を被ったアイルは、疲労を隠さない。

「わかった。アイル、ありがとう」

 話を打ち切って立ち上がったアイルを、ラグナは見送る。

 扉が閉まってから、エルヴィンを見遣れば、彼はどこか名残惜しそうだった。

(早く仲良くなればいいのに)

 そう思ってしまった自分を、ラグナは少し恥ずかしく感じた。言えば、双方から怒られそうで、口にはしないけれど。

 でも。その願いだけは、祈ってもよかった気がする。

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