筋肉ヒーローは今日も報われない。
強大な筋肉を持つ男、マッスル大谷。
彼はヒーローである。
一般人から見れば、彼の筋肉は神話や伝説に登場するような美しく完成された芸術品であるが、その筋肉を維持する為には其れなりに努力がいる事だろう。
だが、彼はその辺にいる只の筋肉オタクという訳でもない。
何故なら彼の心には、熱き正義の炎が宿っているからである。
そして今日は、因縁の悪の秘密組織【 ツボヤ】の動きを察知し、警察と連携して一網打尽に捕まえる大捕物が予定されていた特別な日であった。
大谷は緊張しながらも、自分の筋肉を準備する。
彼の筋肉は、悪事を働こうとする犯罪者達の思念やその動きを大気中の僅かなオーラの乱れから感知し、その現場に誰よりもいち早く辿り着く事が出来るのだ。
「へっへっへっ、そこの道行くお嬢さん?この幸運の壺、買いまへんか」
「壺?間に合ってます、放して下さい!」
日が傾いた、とある町の裏通り。
頭に壺を被った異様な怪人が学校帰りの女子高生を捕まえていた。
「変態、放して下さい!」
「ほう、お断りになる。不味いですなぁ、貴女、このままだと不幸になりますがな」
「はい?」
「女難の相が出とりますがな」
「はあ?私、女ですけど!」
「おっと、これは失礼。実はこの幸運の壺、魔法の壺で擦るとなんと……」
「?」
「緑の顔の大魔人が現れるんです」
「怖いから要りません!」
「ま、待ってくれなまし、い、今なら埴輪をセットに付けますがな」
「放して!」
「ぬう、こっちが下手なって話してれば付け上がりやがって!買え!壺を買うんだ!」
「きゃあああ、誰か!変態が壺の押し売りをしてきます。誰か、助けてぇ!!」
「待て、そこまでだ。怪人ツボ押し売りマン」
まさに壺を被った変態に、女子高生が要らん壺を買わされそうになった時、さっそうとマッスルポーズにマニキュアを塗ったような白い歯を見せて笑う筋肉が現れ、いや、ヒーローが現れた。
「な、お前は!?」
驚く壺怪人、女子高生はその間に逃げ出し、裏通りには二人の変態……いや、ヒーローと怪人が残る。
「はあああ、マッスルジャパン、マッスルジャパン、マッスルジャパン!」
さらに大谷は様々なマッスルポーズをする事により、その筋肉はいっそう強くパワフルになるのだ。
「貴様、変態だな!?」
「頭から壺を被った変態に、変態呼ばわりされる云われはない!!」
女子高校生の通報により二人の周りは警察が囲み、街は騒然としていた。
ここで睨み合っていた二人に動きが現れた。
怪人ツボ押し売りマンが持っていた壺を撫で始めたのである。
すると壺からもくもくと煙が上がるではないか。
対してマッスル大谷は、両手を広げ自身の筋肉に呼び掛ける。
因みに現在の大谷のスタイルは、使い古しの競技用ボディービルパンツだけを纏う筋肉むき出しスタイルだ。
これは彼のいつものスタイル。
彼は一年365日、雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ日々プロテインのみを食し、人々に筋肉を披露してきたのだ。
「必殺、二刀流」
あら不思議。
マッスル大谷の呼び掛けに応えるかの如く、筋肉の間から現れたのは2本の日本刀。
まさに筋肉ヒーローと壺怪人の戦いの火蓋が切って落とされようと………
「「「「「「容疑者確保!!」」」」」」
その瞬間二人は、沢山の警官に覆い被され、手錠をかけられ、警察署で臭いめしを食べる事になった。
彼らの罪状は、放火未遂罪と銃刀法違反であった。
「ほら、釈放だ。もう、戻ってくるんじゃないぞ。大谷 筋肉太郎」
「私の名はマッスル大谷、筋肉太郎などと」
「もういいから。早く帰れ」
マッスル大谷は、筋肉を後ろに強く引きつけて警察署を立ち去る。
こうしてヒーロー、マッスル大谷の筋肉は、今日も地球を守り続けているのであるのだが、その活動が報われる日は、まだまだ先なのかも知れない。