反省
「咲さん何処ですか。」
「ここ、ここにいます!」
「良かった無事で。」
声の主はカレルだった。夏なのに長袖長ズボンそれにツバの深い帽子を被っている。私はグネルに掴まれていたが普段から山道を歩いて鍛えているカレルの方が圧倒的に力が強くてグネルから引き剥がされて引っ張り上げられる。
「捻挫だけでは足りなかったのでしょうか。」
床に座り込んだまま何かを繰り出そうするグネルをカレルが蹴飛ばしてうつ伏せにする。そしてその場から一緒に逃げようと言うのでウーダンを見捨てられないから待って欲しいと懇願する。
「仕方ありません。私がこの倒れている人を見張ります。これをなんとか奥の人にあげて下さい。」
そう言うとクノーを鞄から取り出す。なんて準備が良いのだ。
全力で石のドアにぶつかった痛さで喚いているウーダンの開いた口いっぱいにクノーを詰め込む。苦しくなって余計うめいている。肌に触れない様クノーを飲み込ませようとするが上手くいかず指で押し込むと歯で思いっきり噛まれる。ビリビリと体が痛くなって手を引きたくなるがこう言う時は引っ張ってはいけないと昔誰かに習った通り指を更に奥に突っ込むと喉に刺さる。苦しくなったのか口を開いたのでそのまま更にクノーを突っこむ。今度は石を握っているウーダンの手を直接触らないように足で蹴っ飛ばす。何度か蹴ると手を開いて石が手から落ちる。その石を私は思いっきり蹴飛ばして遠くにやる。
何とか持ち堪えて欲しい、と言うよりもう二度と消える人を見たくない。そばでじっと祈る様に見ているとカレルが近づいて来て、もういいでしょう出ましょう、と私の手を引いて家を出る。私はウーダンが気になって何度も振り返るがカレルの力は見た目よりもずっと強くて真っ直ぐ風通路に向かって引きずられる。風通路に乗って漸く諦めがついてカレルにお礼を言う。
「危ない所ありがとうございました。助かりました。」
「いえ、何と言うか、私が未練がましく持っていた探査機から貴女の居場所をわりだせたのが幸いでした。」
少し恥ずかしそうにカレルは話すが今回は本当に助かった。何が役に立つのか分からない。
「本当は、内緒にしようも思っていたのですが…今回の指示は全てアンセさんです。この探査機の事も、クノーも、そこで咲さんが取るであろう行動と対策も全て。流石ですね。現場でお二人の絆を感じました。咲さんの取った行動はアンセさんの予想通りでした。私は今回助けに行ったら少しは振り向いてもらえるかと思っていましたが、逆にその隙間に入れそうに無いと痛感しました。」
恥ずかしそうにカレルが話す。どう反応したら良いのか困ってヘラヘラと笑っている自分が情けない。
気まずくてそのまま何も話さずにスクエアに着くとアンセが下で乗ろうとしている所だった。
「アンセ!」
思わず見つけて飛びつく。アンセはよろっとなりながらも私をキャッチする。
「お、無事で良かった。声戻ったのか!」
そう言われてみればいつの間にか話せる様になっていた。いつからだ?ま、いっか。
そしてやっぱり私はアンセの側がいいと再認識する。
「あの、すみません。私はこれで。仕事場にも母にも連絡入れておきますので。」
カレルが帰ろうとする。
私はアンセから体を離してカレルに向き合ってもう一度お礼を言う。それから樹への報告は私も一緒に行くと伝える。助けてもらった上に後始末までお願いする訳にはいかない。
事情が飲み込めないアンセにカレルは樹の息子だと伝えると驚愕して珍しく大声で驚いていた。そういえばこの人はサプライズが苦手だった。
私達は事情を話しに樹の館に直行した。
「咲、貴女には博士ではなくても追跡石を持たせたくなると思いますよ。すぐに迷子になったり、一人で出かければ何か危ない事に遭遇したり。何もなかったから良いものの、監視を付けたくなりますね、アンセ。」
突然の指名を受けてアンセはびっくりしている様だが同時に深く同意している。
「母として思うところはありますが、とりあえず無事で良かったです。段々と博士達もなりふり構わなくなってきましたね。あまり気は進みませんが対処せざるを得ないでしょうね。今度相談しましょう。それぞれ何か考えてくる様に。今日は疲れたでしょう。3人ともゆっくりして下さい。」
樹にあの不思議な空間のことを聞きたかったけど今はその時では無い気がして私達は帰宅した。
家に戻ってトッキーとシアに挨拶するとおかえりと声が聞こえる。何だかとっても嬉しくて二人を抱きしめた後思わず葉っぱに口付けをする。
その後すぐにシャワーで汚れを落として着替えるとやっとスッキリして落ち着く。
ふうー、特大のため息が漏れる。椅子に座って居るとアンセがやって来てリラクフラグランのお茶を入れてくれる。
二人でしばらく無言でお茶を飲んだ後アンセが神妙な面持ちで話し始める。
「何か思い詰める様な事があったのか。俺に話せないならそれも仕方ないと思っている。けど何かあるなら話して欲しい。」
ん、どうしたんだ急に何の話だっけ?頭がハテナでいっぱいになる。アンセは私が話せなかった間に読唇術ならぬ読顔術に磨きがかかった様で説明を追加してくれる。
「合宿終わりにしようって俺たちに言った翌日に消えただろう。咲の想いを汲み取っていたつもりだけどそれは俺から見えた部分だけで本当のところは話せなかったし分かっていなかった事もあったと思う。だからもし思い悩んでいるんだったら教えて欲しい。」
え、どうしよう。なんとなく北に行ったら色々巻き込まれてしまったとは言えない重い雰囲気だ。レイも同じ様に心配していたらどうしよう。私の軽率な行動でみんなを巻き込んでしまった事に今更罪悪感を覚える。
黙って考えていたのが良くなかった、深刻な話でしかも話せない事だと判断されてしまった様でアンセがとても哀しそうに辛そうに深いため息を吐き涙を流している。まずい、さっさと謝ってしまうほうが正解だった。まさか大の男を泣かせてしまうとは!
でも時間をおくと尚更言いにくくなるので意を決して声を絞り出す。後で絶対めちゃくちゃ怒られるやつだ。今回は私が悪いから諦めるしか無いんだけど。