新しい世界へ
「お迎えに来ました。」
玄関から声がする。
「おお、早かったね。咲くん、アンセだ。これから君の家に案内してくれる。アンセ、こちら三井 咲くんだ。」
「樹ですか。」
また誤解されているのが分かって訂正する。
「三井です。ミーではないです。」
「はあ。確かに水の方の様ですね。」
アンセはうん,うんと頷いている。
「博士、もうご案内してもよろしいのでしょうか。家の方はすでに用意がありますのでいつでも行けます。」
「そうだな、今回も違う様なのであとはよろしく頼むよ。咲くん、大変だと思うがこれから新しい生活を楽しめるよう健闘を祈る。」
「ありがとうございます。お世話になりました。」
特に持ち物もなく、そのまま家を出てアンセの後をついていく。
「今日来たのか、物好きだね。家まで案内するから着いてこいよ。」
物好きも何も突然ここに連れて来られたのだ、しかもここ以外行く場所もない。大体さっきの丁寧な言葉使いはどこにいったのだ。体格の良いイケメンだからって騙されないからね。よく見るとアンセの右手には指輪がじゃらじゃらついてて、服装もよれっとしたTシャツにぼんたんパンツでなんとなくチャラい感じを受ける。
歩いて行くと前方に歩道橋の様な階段があって登って行く。途中の踊り場から人が空から降ってくる。驚いて見ていると
「もう一つ上の階に乗り場があるからそこから乗ってまず中央に出るからな。で乗り換える。」
乗る?なんか乗り物あった?え?階段しか見えなかったと思ったけど。階段の最上階に着くと数人の人が並んでいて空中に足を踏み出して行く。
「あ、危ない!!!」
驚いているのは私だけの様で、空中に飛び出した人ではなく私に注目が集まる。え、私?
「恥ずかしいな、叫ぶなよ。これは風通路と言って風の力で移動する乗り物なんだよ。」
よくみると何もない様に見えたが透明な筒状のものが道に沿って続いている。それでも高所恐怖症の私としては建物の2階くらいの高さで下が透けている所に足を踏み出すのはかなり勇気が要る。躊躇していると
「怖いか。まあ、そうだよな。じゃあ一緒に乗ってやるよ。エスカレーターみたいなものだから一度乗ればタイミングが分かるようになるさ。」
アンセが私の背中に手を回して軽く推した。それに合わせて筒の中に踏み出すと足が取られてバランスを崩しそうになる。
「わぁぁぁ、怖い!落ちる!」
私が叫ぶと同時にアンセの服を掴むと、私の背中に回された手がそのまま私を支えてくれて滑り込むとその場に座る様に促される。ギリギリ2人くらいなら座れる大きさの風が板状に吹き出していて、円筒を前進していく。
「あ,ありがとうございます。乗るのに技術が要る乗り物ですね。あと、乗るのに少し勇気がいりますね。」
「慣れれば楽だよ。揺れることもなく中央まで快適に運んでくれるからね。」
確かに心地よいふんわりした風が背中から吹いてきて私達を運んでくれる。
「どれくらい乗るのですか。」
「そうだな、ここからだと半色くらいかな。」
「半色?とはどれくらいでしょうか。」
「今、赤だから橙になるまでの半分の時間かな。」
「橙とか、赤とか、何なんですか。」
「時間読めないのか。朝、空が色づく頃が赤で橙・黃・緑・青・藍・紫となる。真っ暗な時間は特に呼び名はない。」
「カラフルな時計なんですね。」
「時計草は確かにカラフルだな。」
時計草?カラフル?あれ?なんか知っている様な気がする。ああ!博士の家の花は時計草だったんだ。なるほど。部屋に馴染まなくても必需品ではある。謎が一つ解けてちょっと嬉しい。
「アンセさんも博士のお手伝いしているんですか。」
「お手伝い、というほどの事はしていないよ。俺は建築の仕事をしててね。君の家の用意を頼まれたんだ。」
「家、高いですよね。そんなの用意してもらうなんて私。博士になんとお礼をしましょう、ここで私が出来る仕事なんて何があるのか分からないから家賃も払えないし。そう考えるとこれからの生活費どうしよう…。」
話をしていて急に不安になってきた。
「まあ、なんとかなるさ。家はさ、もともと空き家だし、博士のエゴでもあるから迷惑料として受け取って気にせず住んだらいいよ。仕事はな、ちょっと中央で散策して何するか考えてみたら?」
中央でぶらぶらしたらすぐ仕事が見つかる様な所なのだろうか。職業見学でもさせてもらえたらいいけれど急には難しいだろう。
「そう、なのですね。」
「そろそろ終点だ、降りる時も気をつけないとまた足を取られるぞ。」
おお、気合いを入れねば。アンセはまた私の背中に手を回して立ち上がらせてくれる。
「行くぞ、せいの!」
掛け声に合わせて足を踏み出す。今度はなんとかうまく踊り場に降りる事が出来た。