忘却
「すまない、ミイラ取りがミイラになってしまった。咲が蹴られた後から記憶がない。」
「良かった元に戻って。」
手を伸ばしてアンセの頬に触れる。私は駅の近くのベンチでアンセに抱き抱えられるようにして座って居た。
「ねえ、さっきの二人どうしてる?」
「見るな!」
遅かった。私が駅の方を見るとまず1人がうめき声を上げながら上から黒く煙を出して形を失っていき、そのどす黒い影が崩れ落ちて風に舞って消えていく。それと並行してもう1人も叫びながら同じように溶けて消えていく。それを見た瞬間頭が凄く痛くなって唸りながら頭を抱える。アンセはすぐに私の視界から2人が見えなくなる様に向きを変える。
ああ、これ前にも見たことがある。
そうだこの前…なんで忘れて居たんだろう、私が救えなかったあの人の最期を。
また同じ失敗をしてしまった。
ああああああああああ 絶叫する。
「大丈夫、大丈夫だよ、咲。お前のせいじゃない。毎回全力尽くしているよ。救われた人が沢山いる。俺も救われたんだ。」
どうしたら良いのか分からない。後悔と自分の不甲斐無さと、そして情けない事に浄化する時の恐怖が混じる。
「咲、咲、大丈夫か、こっち見ろ。焦点が合ってない。おい、頼むよ、戻ってこい。」
良いのかな、私。こんな力もらったのにそれに見合ったことを出来ているのかな。そのご褒美にみんなと話せる力をもらっているのにちゃんと対価払えているかな。みんなに合わせる顔がない。何も出来ないのに、楽しむだけ楽しんで。クノーごめんなさい。約束全然守れてない。どんどんと心の暗い悲愴の淵へと気持ちが沈んでいく。私ではない別の人がが、私より優秀で片手間にシャドー退治ではなくて本気で向かい合って日々研鑽を積んでやれる人が選ばれたら良いんだ。アンセの心配そうな顔は見えるけどどこか遠くにいるように感じられる。ごめんね、アンセが守るべき人は私ではないよ。私はそんな価値なんてない。目を閉じて自分の殻に閉じこもると真っ暗になる。自分はこんなにも暗くて寒いところにいたのだと思い知る。そしてそのまま無に帰す。
暖かいものが口に入ってくる気配がした。温度が温かいのではない、暖かいと感じる何かだ。ほっこりと優しい気持ちに包まれていく。なんだろうこの優しくて暖かい物は。それに吸い寄せられるようにそちらに引き込まれる。ゆっくりと近づいて行くと今度は少しずつ周りが明るくなってくる。こっちの方が居心地いいな。少しだけ居座ってみる。そういえば私何してたんだっけ?
温かい何かが口に触れる。誰かに呼ばれた気がする。少しずつ暑くなってきたので移動しようと奥に見える水場に向かう。久々に見る広い海が心地いい。暖かい砂浜に横になる。
また温かい何かが口に触れる。すると遠くに森が見える。日差しからも守ってくれそうな森に向かう。森は思ったよりも遠くて休憩しながら向かうと森の奥に光が見える。その光に向かって歩いて行くと眩しくて思わず目を閉じる。そしてそっと目を開けると目の前にアンセが見える。
「気が付いたか。良かった。今医師を呼んでくる。」
ここはまた病院なの?今度はどれくらい寝て居たのかな。なんでこんな事になったんだっけ?
「咲、大丈夫か。」
大丈夫だよ、でもなんでこうなったのか思い出せなくて。
「咲、ごめん、聞こえない、口を動かしているのは分かるけど声が小さくて聞こえない。」
大丈夫だよ!
アンセは私を見て首を振る。なんでアンセと話せないの?一気に不安になる。
どうしよう話せなくなっちゃったよ。涙が溢れる。アンセが服の袖で拭いてくれる。
「しゃべれなくても咲は咲だから。起き上がれるか。元気なら帰ろう。」
話せなくてもいいの?
「言ったろう?咲は顔に全部出るからな。実は話さなくても大体伝わっているんだよ。」
それもどうなんだ、と思うけど少し気持ちが軽くなる。アンセに手伝ってもらって起き上がると力が入らない。またしばらく寝てたんだ。
「今回は15日だよ、寝てたのは。一度も目覚めなかったという意味ではこの前より長いな。」
そっか、結構寝てたんだね。今回もリハビリかな。まあ、ひたすら自分との戦いだからここでは無くても出来るけど、常に誰かが居てくれる環境は心強い。
アンセの服を引っ張って今すぐは帰れないと伝える。
「希望するならずっと一緒に家で特訓するぞ。咲は俺の職場で顔が知られていて理解も得やすいから安心しろ。」
首を振る。それでは頼りすぎだ。ここで練習して1人で生きていけるようになったら帰りたい。
はあと、アンセがため息を吐く。
「全く。頑張りすぎるなよ。毎日来るから。」
うん、頷く。帰ろうとするので慌てて服を掴む。まだ行かないで。
「もうすぐ青の時間が終わるからまた明日な。」
え、そんな時間なの?残念。アンセが帰らなくてはいけないと分かっていても掴んだ服を離せない。
「ちょっと待ってな。今日ここに泊まれるか聞いてくるから。」
わーい!アンセは私の頭を撫でくりまわしてから部屋を出る。しばらくして戻ってくると、常連さんのお願いだから良いってさとニヤリと笑う。確かに私この病院の常連だ。
「で、俺になんで居て欲しいわけ?」
嬉しそうにアンセが聞いてくる。
ちょっと心許なくて寂しかっただけだもんね。