風電話
「ありがとう。咲に嫌われたと思っていたから話せて良かった。飯食べよう。」
いつもの私の知ってるアンセだ。私は極秘情報は伏せて今の仕事の話をした。アンセも水に関してそんな分析をしているとは知らなかった様で驚いている。
アンセも自分の本業について教えてくれる。窓枠やドア、屋根などの装飾デザインをしていると言う。最近はそれに合う家具のデザインも頼まれる事もあると言う。アンセのセンスはいいものねと褒めると珍しく顔を赤らめて照れている。
照れ隠しに今度アンセが外装を手がけた店に連れて行ってくれると言うのでお願いする。
無視して来た心の穴がようやく埋まってほっとする。レイとも話していない事を思い出して連絡しようと思った。
「咲!心配していたのよ!お店もあれから閉めちゃったみたいだし、どうしようかと。でもそろそろ声掛けようと思っていたの。」
「へへ、水の仕事見つかったから今はその仕事をしているの。正直色々考えたくなくて忙しくしてきたんだ。心配してくれてありがとう。」
「あのさ、風電話ないの?」
「なんだっけ、それ。」
「平たく言うと音声メール。声を風に吹き込んで相手に飛ばすの。」
そう言って楕円が半球になっているものを見せてくれる。ボタンが二つあって一つはメッセージを送る時に使い、もう一つはメッセージを聞く時に使う。レイが使っているものの他に指輪や時計の様な腕輪型など色々あるらしい。バッグに入れていると気がつくのが遅くなりそうなので指輪にしたいと言うとお勧めしないと言う。
この受容機の大きさによって受け取ったメッセージを溜めておく容量が変わる様だ。もし受け取った時に容量がいっぱいだとそのままメッセージは弾けて周りに聞こえてしまうらしい。それが嫌でレイは大きめの受容機を使っていると言う。間違いない、私はメッセージを聞きそびれる。レイと同じくらいのを買おう。
レイが一緒に買いに行ってくれる。前に箱みたいなものを売っていると思ったお店は風電話の店だった。可愛いデコレーションの付いているものや大きさも形も色々ある。
「飾りはアンセに頼めば良いよね。だから形だけ選んだら。」
レイはアンセと私が仲良しの前提で話を進める。
「うーん、やってくれるかな。」
「あー良かった、仲直りしているんだね。連絡くれたって事はアンセと仲直りしたか、吹っ切れたかのどっちかだと思ったんだよね。」
鎌かけられるとは思わなかった。
「うーん、どちらかと言うと吹っ切れたのかな?アンセにも事情があったと知って私の中で腹落ちした感じかな。」
「もう、咲も樹もアンセに甘いんだよ!もっとハッキリしろって叱咤しないと。」
「ハッキリって何をハッキリするの?で、なんで樹が出てくるの?」
「考えてみなよ、個人的なもつれの話に樹がいちいち入るなんてありえないよ。樹は全体最適を考えて実行するのが仕事のはずだよ。」
言われてみればその通りだ。近くにいていつでも立ち寄れるから相談してしまうけど言霊って何かなんて聞く相手ではなかった。
「なんで樹はアンセに甘いのかな?」
「知らないけどあの2人かなんかあったんじゃない? あ、ごめん。」
「大丈夫。でもなんだろうね。」
「で?風電話はどれにするの?」
あからさまにレイは話題を変える。私もそれ以上は聞かなかった。
すごく悩んだ結果1番シンプルな風電話にした。レイは横でニヤニヤしているけどアンセがデコレーションしてくれると思ってシンプルな物にしたのではない。お財布の事情、それだけだ。
水のお仕事は慣れると効率よくできる様になって疲れる事も減って来た。アンセが石を持っていた事は何となくカレルに言えなかった。週末の観察会も中断したまま特にデータ異常が出ることも何か南の噂が聞こえることもなかった。
自分の気持ちが整理できたので火事のあった家を訪ねてみようと急に思い立った。
来てみて気が付いたがどの家なのか分からなかった。確か南東よりのお家だった気がするがあの時必死過ぎて全容を見ていなかったなと反省する。住宅を見て歩いているとドアが黒く焼けている家があってここだと確信する。見ているとドアから子供が飛び出して来て母親が慌てて追いかけてくる。母親は私を見るなりびっくりした顔をすると駆け寄って来て来る。
「ああ、ようやく会えました。色々伏せられて貴女が誰なのか分からないままでちゃんとお礼が言えてなかったので良かったわ。今少しだけ良いですか。」
そう言うと子供に待つ様に諭し家に戻って行く。
「お姉さん、この前火事の時助けてくれた人でしょ。もう誰も来てくれないと思ってとっても怖くて。消防団じゃないのに来てくれてありがとう。私もいつか勇気を持って他の人を助けたい。」
そんな大層なことをしていないけどそう言ってもらえて素直に嬉しい。
「お待たせしました。」
そう言って夫婦で来てくれた。そして透明な雫型のペンダントトップを丁寧に渡される。
「これは?」
「2人で話し合って決めたんです。受け取って下さい。」
よく分からないけどすごく大切な物だと言う事が2人の雰囲気から伝わってくる。もらっていいのかな。戸惑っていると母親の方が石を持つ私の手を握る様に包み込む。
「私達は貴女が助けてくれなかったらここにいません。だからもらってください。これから先その石が貴女を守ってくれる様に。」
「消防団でもない、火でもない貴女が炎の中に入ると言ってくれた時本当は止めるべきでした。貴女も被害に遭う可能性は大いにあったのに私は家族の為に少しでも助かる見込みがあるのならと貴女を炎の中に行かせてしまった。もし貴女も被害に遭っていたら悔いた事でしょう。でも貴女は生きて帰って来て私達家族を守ってくれました。せめてもの感謝の気持ちとして貴女のこれからの幸せを守れる様この石を持っていた欲しいのです。」