謎の石
「咲さんは何だか何でも話しても良い気にさせますね。今のは水担当部のみんなには秘密です。さあ、作業始めましょう。」
いつも通りの作業を進めて行く。南の端で小さい池に突き当たりそこで採取はお仕舞いだ。
なだらかだけど長い距離での作業に腰が痛くなってうーんと伸びをしていると、今日は良いお店を案内するよと、横道にある落ち着いたお店に案内してくれる。いつもご飯を簡易に済ませていたので、アンセと行ったクノーリアン以外のちゃんとしたレストランは初めてだ。
メニューはミニコースになっていて、前菜、メインのポルクのソテー、プチデザートと盛りだくさんだ。周りを見渡すと雰囲気もお料理もオシャレなのでお客さんは女性やカップルが多い。今度アンセ…レイと一緒に来よう、良いお店を教えてもらった。
美味しいご飯をした後、ゆっくりと駅に向かう。なんとなく周りの人の目が暗いと思うのは気のせいだろうか。休日は人が多いから目立たなかったのか、たまたま今暗い人がここに多いのだろうか。
分析室に戻るとサンプルを整理しながら担当者に渡していく。どうも明後日の採取の日が雨になりそうなので前倒しで明日東川の採取に行く事に決まる。2日連続は結構体力が厳しいので今日は早目に帰って明日に備える事にする。
東川も西の川と同じで南東くらいから調査は始まる。西より岩が多くて割と街中を流れている。手間どいながらもせっせと集めて南にむかう。
カレルは折角だからと今日も新しいレストランに連れて行ってくれる。今度はお店の裏の庭で食べられる粋なサンドイッチ屋さんだった。連れて行ってくれるところ全てオシャレだなぁ。レストランはどこもこんなに素敵なんだろうか。それともカレルのセンスが良いのかな。
帰りがてらまた南の人間観察をする。うーん、やっぱり暗い人が多いと思うんだけどな。カレルに聞くべきか悩んで思い留まる。週末もう一度確認しに来よう。
翌日は予想通り雨だった。そう言えばここに来て初めての本降りの雨だ。家を出ようとして初めて傘がない事に気が付いた。どうしようかなと悩んでいるとこの前借りた言霊の本に何かヒントがあるかもしれないと思い当たる。
傘の呪文は無いけれど、水を丸く大きく弾く言霊を見つける。この前のレモベの応用だ。私の周辺に円状の防水陣を作る。傘を買うまでこれで行こう。水で良かった、結構日常的に役に立つ事が多い。
分析室では着々と解析が進んでいる中キリトが声を上げる。
「西の川のボムの値が上がっています。特に南での跳ね上がりがすごいです。東川の結果も優先度上げて確認します。」
南で暗く見えた人々は気のせいではなかったのかも。何か外的要因があるのでは無いかと直感的に思いつく。明日はしっかり観察しよう。
翌朝早目に出て屋台でお茶を飲みながら通り行く人を観察する。この前見たよりは暗い人が少ない様に見える。樹ではなく、シャドーが見えるわけでは無いので暗い人がシャドーかどうかは分からないし何も出来ない。ただ観察するだけなのがもどかしい。
昼も外でお弁当を食べながら観察していると屋台でお昼を求めるカレルを見つけて声をかける。一緒にベンチでお弁当を食べる。
奇遇ですね、と声を掛けると多分同じ理由でここに居ますとカレルは言う。南で何が起きているのか気になって来たと言うので一緒に確認する事にする。心強い仲間だ。
朝から東寄りのカフェで見ていたが何も無い旨を伝えるとカレルは西寄りのカフェで観察していた様でそちらも何もなかったと言う。
それぞれまた同じ方向を夕方まで観察して、緑の終わる時間にここで待ち合わせようと一旦別れる。
私はじっとしているのも退屈なのでバッグなどを見ながら周りを伺う。緑の時間が半分くらい過ぎて何も特別な事は無かったなと思った矢先、南西からぶつぶつと下を向きながら手に何かを持っている人が歩いてくる。よく見ると俯いて歩いている人が数人同じ方角からやって来たのでその人達を逆に辿って行くと何かを配っている人が見える。
「珍しい黒石が見つかり、その効果を調べています。ご協力お願いします。」
何人かが石を受け取って行く。
「効果の強さが分からないので念の為、直には触れずにバッグなどに入れてご使用下さい。」
と、石を配っていた。私も一つ下さいと言うと丁度今のが最後でなくなったことを告げられる。諦めて最後に石をもらった人に石を見せてもらおうと声を掛ける。
その人は快く石を取り出して手に乗せて見せてくれる。小指の爪半分くらいの小さな黒い正八角形の石は、ボムなのかどうか一目ではわからなかった。ボムだとしたら圧縮してこの形にしたのか、結晶はこんな形なのか、透明な容器に詰め込んでいるのか。
考えながら集中した見ていると持ち主の様子がおかしくなっていることにすぐには気づかなかった。
「おい、てめえ、じろじろ見やがって。俺の石を盗もうって言うんじゃ無いだろうな。やらねえよ。」
突然そう言うと石をギュッと握る。手で握ってしまったので石の成分をより経皮吸収してしまったのだろう、さっきまで普通だった顔が瞬く間に酷く怖い形相になり私を睨み、言葉だけではなく今にも掴みかかって来そうになる。
さっきサンプルを配っていた人は素手で触るなと言っていたし本人も手袋をして配っていた。やはり素手で触れるのは危険な様だ。この対象者の変貌を伝えようとさっきの人を探すが見当たらない。
暴力に勝てないし、今は何も出来ない。残念だけど逃げるが勝ちだ、謝りつつ石を鞄に戻して守った方が良いですよと叫んで走り去る。
完全に盗みに失敗した泥棒みたいな台詞だがお互いの身の安全を考えると最善だったと思う。
息を荒げて待ち合わせの場所に行くとカレルが心配してくれる。今見たことを告げると次は一緒に行動しようと提案してくれたので同意する。そして1人では危ないと家まで送ってくれる。