樹とのつながり
「水ってすごいんですね!今まで知りませんでした。一員である事を誇りに思います!」
でしょう?とみんなが嬉しそうに一斉にこっちを見る。こう言う大事な事は学校では教えてくれないからね、と誇らしげに微笑む。
そんな大きな事をしているチーム内での今の私の仕事はサンプルを採取するための小瓶の洗浄だ。とにかく数が多くてとても地道な作業だ。不純物が残っていると結果に影響するので念入りに洗って乾かさないといけない。乾かすのが意外と難しくて、乾かす途中でゴミが混ざる。あーっもう!イライラしていると気分転換に他の分析を見ないかと声をかけられる。新人を気遣ってくれる心配りが嬉しい。
何も知らない私に色んな機械を使って物質を分離している様子や、何かを入れて反応させたりしているのをそれぞれ説明してくれる。分析内容が分担されているので担当の仕事を分かりやすく説明しながら同時にテキパキと作業が進めている姿がかっこいい。
「きゃあ!ボムのコンクが私に!」
突然後ろの方で悲鳴が聞こえる。ボムのコンクって何?なんであれボムが付着したのであれば大変だ。
悲鳴をあげた人に駆け寄ると、自分についたボムは細かくて見えなくなってしまったので回収出来ないと言う。気を付けないと飛び散っているかもしれない。
ボムに対する恐怖からなのか、ボムの影響なのか少しするとその人は小刻みに震えて瞳孔が開きぶつぶつと何かを呟き始める。耳を傾けると今の失敗に対する後悔や怒りと不安を口にしているのが分かった。
「誰かラキ、ラキ持っていませんか。」
シャドーを浄化出来ない今、思いつく事をやるしか無い。
すぐにラキを分離した人が持ってきてくれる。ボムがどこに付着したのか分からないので体内に取り込む方が効くのではないかと直感的に思う。すぐさまボムを触ってしまった人に少量ラキを摂取してもらって様子を見る。少しずつ落ち着いて震えが収まってきて目の焦点が合ってくる。みんなも初めての事態だった様でボムに対する恐怖が広がる。
念の為残ったラキは保管しこれからも析出したラキを貯めて置くことを提案すると全員が同意する。
騒動が落ち着いた後、みんなが冷静かつ的確な対応だったと褒めてくれる。
今までこう言う事は無かったのだろうか。
ボムを浴びてしまったのはキリトさんと言う美人さんで、彼女はボム分析担当だった。ボムは増えて来たとは言えそもそもとても微量しか含まれない。その上ボム一つ一つはとても細かい小麦粉の様なパウダーなので空気に舞うと見えなくなって解析が難しい。
何年もかけて特別な液体の中に集めたボムを分析しようと凝縮して小皿に出すと自分に向かって来た様に見えて怖かったと言う。ボムつまりはシャドーは生き物なのか?それとも空調の風で飛んだだけなのか。現時点ではよく分からない。
翌日は西の川の下流の調査のため西の最奥駅、つまりは私の最寄り駅集合だった。ここからいつも調査に行っていたのであれば今までもカレルとすれ違ったことがあるかもしれない。
駅で落ち合った私たちは南西まで早足で歩く。風板を使うと楽だけど調査中に板を背負って採取するのが大変で結果歩く事を選んだそうだ。そう言えば私はまだ風板使った事ないな。使う様な移動をしたことがなかった。
スクエアの位置がかなり北寄りなので南西地点までは結構ある。遊歩道沿いにずっと歩いていくと森が終わり、川に橋がかかっている地点に来た。
「正確にここが南西と言う事ではないですし、ここからが下流と決まっているわけでもないのですが、これより北の森は入れないので調査はこの地点から始めます。」
なるほど上流と下流しか検査しないのは、中間地点が採取不可だからなのね。私の知る限りの西からここまでの森の中を流れる川は、かなりクノーやエネール達の住処に近い。ちょっと横見をすればすぐに見つかるかもしれない。彼らが見つからないように木が守っているのだろう。
「理由聞かないのですね。」
「え?」
「なぜここより北の森に入れないのか。」
うっかりしていた。私的に納得だったので疑問が浮かばなかった。
「木が入れてくれないのなら、もうそれは理由とかなくダメなんだと勝手に納得していました。」
「そうですか。何か新しい見解を聞けるかと期待していたのですが。私は個人的にここよりも北の森には何か大切なものが隠されているのではないかと思っています。原水のある北の森は深くて豊かで神秘的で何かありそうなのに我々は入ることを許されている。それに比べてまだ若くて開けた一見なんの変哲もないこの森には入らせてもらえない。何か理由があるのではないかと思うのです。」
「カレルさんは向こう側の森に行ったことがあるんですか。向こうの森は若くて開けているって。」
「ふふ、察しがいいですね。1人で来た時に一度だけ入れるか試してみたことがあるんです。そしたら中に入れてもらえたのです。とても明るいキレイな森でした。水を採取する事は許されずただ森の中を歩きました。心が落ち着くいい森でした。入れたのはそれきりです。」
「…私は咲さんも入れるのではないか思っています。」
え?
「貴女と初めて原水の森に入った時、樹々がずっとざわめいていました。長年色んな人を受け入れて来ましたがあんなざわめきは初めてです。」
山登りについて行くのに必死で全然気がつかなかった。ただ風が強かっただけかも知れないし、みんなが声をかけてくれていたのかもしれない。今となっては私には分からない。
「経験上、現場に入れるのはなんらかの樹との繋がりがある人だけなのです。咲さんは、樹との関わりについて親から聞いていませんか。」
うーん、親からの遺伝はないよね。ここで私が一代目だもん。でもこの前までは樹の力が少しあったからそのボーナスで入れたのかもしれない。
「聞いたことはないですが、樹との関わりがあったのかもしれません。カレルさんはあるのですか?」
「私は樹の子孫です。」
なるほど。分かりやすく樹と関わりがあるんだね。それにしても何だか秘密事項を教えてもらっている気がする。今の水担当部の皆んなは知っているのだろうか。