樹では無いことの証明
「さっきから出て来るミレニオって何?」
それを聞いたレイが笑い出す。
「アンタらまだそんなの信じて探してたの?どうかしているよ。大体ミレニオが何かも知らない咲がどうして欲しがるのさ。しかもあるかどうかも分からないのでしょう?もまだ懲りていなかったの?」
レイもミレニオを知っているようだ。そう言えばうっすらここに来る前にグネルが何か言っていた様な気がする。
「今は咲が樹である前提で話しているけど、違ったら全て時間の無駄だろう。さっさと蹴りをつけようぜ。呼びたいなら博士も呼べよ。」
アンセの言葉とは信じたく無い。私といるのは時間の無駄って事?利用価値が無ければ一緒にいる必要が無いって事?保護者としての優しさではなくて、利用価値を判断するために信用させるための優しさだったってこと?もう他の会話が頭に入らない。
「口では何とでも言えます。今回は特に樹の可能性が高いので証明してもらわないと。例えば貴方がしたように。」
「そこまでしなくても方法はあるだろう。樹にしか出来ない事を樹に聞いてやらせればいい。今日は遅いから明日でいいよな。」
話し合いはお開きになった。別にアンセが私を好きだと言った訳でもないから純粋に失恋なのだけど裏切られた気持ちだった。樹では無い私と居るのは無駄だからもう居たくないって事だよね。
ドアを開けるとチリンとベルの音が鳴る。そして閂錠を掛ける。ドアを開け閉めする度にアンセを思い出してしまう。せめてベルだけでも鳴らないようにベルの中の金属を外す。捨てられなくて窓際の奥に押しやる。不思議なことに涙は全く出なかった。最近泣きすぎてもう枯れてしまったのだろうか。
朝起きるとちゃんとパジャマを着ていた。やるべき事はやってから寝たらしい。とりあえずクノーとエネールだけ食べる。誰にも会いたくないな。見るもの全ての景色の色が全て褪せて見える。
しばらくするとドアをノックして開けようとする人が居る。
咲、居る?
レイの声だ。鍵を開けてレイを迎え入れる。
「ドアの鍵ってかけられるんだね。知らなかった。…あ、アンセが付けたのか。上のベルも。」
沈黙の時間が流れる。
「私達だけで先に樹のところに行かない?出来るだけアイツらと居たくないでしょう?私とも居たくないかもしれないけどこう言う時は1人では居ない方が良いんだよ。」
レイは何も言わずに樹の館まで一緒に来てくれた。正直自分は部外者だから今回の話し合いに居ない方がいいと思うのだけどと言いつつ樹の部屋までついて来てくれる。
「いらっしゃい。咲、大丈夫?目の焦点が合っていないわ。心配しないで。大体のことは知っています。彼らは本当に懲りない人達です。咲は話さなくて大丈夫ですからね。レイもありがとう。咲と居てくれるかしら。」
レイが無言でうなずく。しばらくすると博士とグネルがやって来た。そしてさらに遅れてアンセが来る。
「咲は?咲は来てますか?」
「貴方が一番最後ですよ、アンセ。咲はもう来ています。」
アンセと目を合わせたくなくてドアの方を振り返らない。私が逃げたとでも思ったのだろうか。
「大体のことは聞いています。単刀直入に言います。咲には樹の力はありません。」
そう言えば前回気が動転して気が付かなかったけど私には辛うじて樹の気配を見つけることがまだ出来る。でも私の樹の気配は検知不可状態って事だよね。あれ待って、もう一人樹の気配がする気がするけどまさかね、やっぱり私の気配の感覚はおかしくなっているのかもしれない。
「その様ですね。」
後ろから声が発せられる。博士だ。それを聞いてグネルは、おお、と項垂れる。それでも、やはり何かしら証明してほしいと言う。
「では果実を収穫するのはどうですか。樹であれば頂けるはずですが、違えば木が抵抗するので収穫出来ないはずです。」
グネルはそんなのはズルが出来るではないかと最後まで言っていたが、最終的にその提案にみんな同意した。館を出て北側に歩いていくと畑が広がっていてその周りに果樹が植えられている。樹はエネールを選ぶ。そしてもう一度今からやる事を話す。
樹がどの実を取るのか決める。わたしがエネールを収穫をする。出来なければ樹では無いと断定して追跡を辞める事で合意する。
私は指定された実を引っ張る。びっくりするくらいびくともしない。手を抜いているとグネルが言うのでグネルにも一緒に引っ張ってもらうがエネールの枝がしなるだけで実は取れない。念の為他の人たちにもそれぞれ一緒に手伝ってもらってやってみるが取れない。
「これでいいですか。納得しましたか?」
樹が確認するとグネルはとても悔しそうにしている。樹が念押しする。いいですか。
渋々全員が同意する。そして最後に樹がエネールの実に触れると、さっきまでびくともしなかったエネールの実がポロリと簡単に手のひらに乗っかった。まるで魔法だ。思わず拍手する。あれ?わたしだけ?
樹がエネールの実を私にくれる。実をじっと見るそして木を見上げる何となく枝葉で手を振ってくれている様に見える。気のせいなのだろうけどエネールが励ましてくれている気がする。涙が溢れた。もうみんなと話せないと言う烙印を押された気がした。
私を連れて帰ろうとするアンセを樹が止める。もう貴方の役目では無いでしょうと目で訴える。
これからもう追跡されない安堵感、アンセとの繋がりが完全に断たれてしまった喪失感も加わって感情がぐちゃぐちゃになる。
「帰ろう。」
私はレイの手を取った。