平穏な日々
「おはよう。」
いつも通り朝声をかけるが誰も返事はしない。昨日はとっても疲れてすぐに寝てしまったのでシャワーを浴びてからクノーをいつもより少し多めに食べる。そしてエネールも多めに頂く。少食になっているので少し早目のお昼にすればお腹はもちそうだ。
明日にもお店を再開したいしご飯の材料も買いたいので家を出ると目の前のカレンの家が嫌でも目に入る。
宙に舞っている土埃や葉で家が風に包まれているのが分かる。どの子の葉がこの風の犠牲になったんだろう。風の外側にいるならなら癒してあげられるかもしれないと家の周りを彷徨いてみる。傷ついた子は外側にいなかったのできっと風の内側なのだろう。
「咲!早まるな!もう大丈夫だって言ったろ?」
彷徨いている姿が怪しかったのだろう、家から出てきたアンセが高速で近づいて来て私を抱き止める。
「アンセ、誤解だよ、ちょっと風の壁を見ていただけ。何もする気は無いよ。離してよ!」
それなら良かった、とアンセは体を離してから腕を腰に当てて貸してくれる。私はその腕に捕まって歩き出す。
風通路に来てふと視線を感じた気がしてキョロキョロする。気のせいだよね、だってカレンはもうあの壁の中に居るだから。色々あったから敏感になっているだけに違いない。スクエアで別れると私は必要な物を買い揃える。買いすぎて重たくなったバッグを抱えて早目のランチにする。帰るにも体力がいるので力が付く野菜にしようと思って名前が出てこない。なんだっけ?忘れたので効用を伝えるとお店の人はすっと出してくれた。
のんびり家に向かうと後ろから誰かがついて来ているような気がして振り返る。でも誰もいない。うーん、気のせいかなあ。一応カレンの家を覗いてみる。風が邪魔でハッキリとは中が見えない。でもこれなら簡単には外に出られないよね。
明日からのお店の準備と夕飯を作っているとアンセが夜の挨拶にきたのでご飯を一緒に食べた。次の日はお店再開初日なので早目に出るとアンセと時間が合って一緒に通勤する。スクエアで別れるとのんびりと店の準備を始める。しばらくするとトビーが隣の区画にやって来た。
「お、久しぶりだな。てっきり新しい仕事が見つかって店辞めたのかと思っていたよ。お店が閉まってすぐにジュースが話題になったんだけどよ、売っていないだろ?幻のジュースって盛り上がっていたぞ。今日は覚悟しておけよ。」
まさかそんなことになっているとは。樹も忙しくなりそうだと教えてくれたけどそう言う盛り上がりをしているとは知らなかった。今日の分足りるかな。
早目にお店を始めるとすぐにお客さんが来てパチパチジュースを注文された。もはや気持ちが軽くなる回復ジュース(エネルギードリンクみたい!)からだいぶ離れた飲み物になっている。でも、飲んで楽しくなって元気出たらエネールも喜ぶよね。よく考えるとエネールを体現しているような飲み物だね。
クノーのジュースは誰に出したらいいのか分からないので今は休止だ。自分用に少しだけ持って来た分を飲む。
休めたのはその時だけだった。次から次へとお客さんが来てあっという間に青の時間になろうとしている。暗くなる前に片付けないととバタバタしていると、すみませんパチパチジュースください、とお客さんが来る。断ろうと振り返るとアンセが居て手伝うよと一緒に片付けてくれる。
「お、この前の過保護な彼氏じゃないか。」
トビーが声をかける。そういえばアンセはトビーの事を胡散臭いと言っていた気がする。何と言うかお互い様な感じがする。
「アンセ、お店のやり方を教えてくれたトビーさん、トビーさん、隣に住んでるアンセです。」
「ふーん、お隣さんか。よろしくな。」
トビーの言い方に不穏な空気を感じて、アンセに声をかけてさっさと帰る。手伝ってもらったお礼に家でご飯をご馳走する。店も大盛況だった事を伝えると一緒に喜んでくれた。
そんな日々が続いているうちに、いつの間にか朝アンセと出勤して一緒に帰ってご飯を食べるのが日課になった。お店も安定して人気でようやく独り立ち出来た気がする。何だか順風満帆だ。
そんな事を思った矢先、今日は寝坊してしまった。アンセも先に行ったのだろう、1人で歩いていると後ろに誰かがついて来ている気がして振り返る。最近ずっとアンセが居たから気が付かなかったのか、それとも1人だからついて来ているのか。どちらにしても人目の多い所に早く行きたいのでさっさとスクエアに向かう。カレンの次は誰?知ってる人だと消去法でトビー?でも家を知っている?
そんな事を考えながらお店を開いているとトビーが来る。つい気になってチラチラ見ているとなんだ、なんか付いているか、声をかけられた。なんて聞こう?私の事ストーキングしてますか?直接的過ぎるよね?
「あのトビーさんは恋人いますか。」
トビーは大笑いして答える。しまった十分直接的過ぎる質問だった!
「恋人は居ないが結婚しているよ。うちの奥さんは最高だからね。彼女以上の人はこの世にいない。それに咲ちゃんみたいに若い子を追いかけるほどオレも若くはないよ。もしかして彼氏となんかあった?」
アンセとは何もないけど、ストーカーかと思ったとは言いにくい。話を変えよう。
「トビーさんはアンセと歳は同じくらいでしょう?」
トビーはまた大笑いする。
「え、嬉しいねぇ、本気かい?でもオレはもう200才を超えてるのよ。アンセ君は100才かそこらだろ。若い2人を見てて絡みたくなったせいで喧嘩したなら悪かったな。だってよ、彼氏すんごい攻撃的な目で睨んでくるからちょっとやり返したくなっちまったんだよね。」