心の闇
「また話そうね。」
遊歩道に出てからみんなに向かって囁く。風もないのにサワサワと揺れる葉っぱが応えてくれているように見える。何となく家に帰りたくなくて、ゆっくり散歩をする。良いリハビリだ。一人の時は沢山みんなの囁きが聞こえて楽しかったけど今は葉が揺れる音しか聞こえない。樹になりたくはなかったけど、みんなと話す楽しみを知ってしまった今、樹で居られないことがとても辛く思えた。誰かと楽しそうに話している人を見たくなくて下を向いて歩く。前を向いて歩けていたのはみんなが居たからだった。自分の失ったものの大きさを実感する。
行く当ても体力もなく風通路を折り返して家に戻る。分かっていても癖でただいま、と言ってドアを開けて静かな我が家に入る。
落ち込んでばかりいても仕方がない。これから先はこうして生きて行くのだ。気持ちを上げるためにご飯をしよう!まずクノーとエネールを食べてと。冷蔵庫を開けて気がついた。ご飯を作れるような食材は何もなかった。スクエアに行くか、それともまたアンセを頼っても良いのかな。景気付けに自分で何とか出来たら良かったけど。
どちらにしても家を出ないとね。ドアを開けるとちょうどカレンが家の中に監禁されようとしているところだった。
カレンを見た途端、突然私の中の憎しみの炎に火がついた。どうしようもない負の気持ちが溢れてきてカレンに向かっていく。悔しい事に走れなくてゆっくりと目線を逸らさずに彼女に近づいていく。めちゃくちゃにしてしまいたい衝動に駆られて素手で攻撃しようとしたがスピードが足りずにカレンに届く前に護衛の人に手を掴まれた。カレンはそのまま風の壁の向こうに押し込まれる。
「咲、しっかりして。今貴女はシャドーに取り憑かれています。今ならまだ大丈夫。自分を取り戻せるはずです。お願い、私の声を聞いて。私にはもうシャドーを消す力は残っていないのです。だから貴女が自分で何とかしないといけないのです。咲、正気に戻って、お願い。クノーもエネールもシアもトキもそんな貴女を見たくないはずですよ。」
監視に来ていた樹が私に訴える。分かってる、分かってる、カレンをどうこうしたって何も変わらないと頭では分かっている。でもね、気持ちが追いつかない。悪いこと何もしてないのに、私はここに来るために家族を失い、今度は友達を失い、ひとりぼっちになったんだよ!そう思うと同時にぐおーと前より心の闇が大きくなる。
「咲、しっかりして!さっきより酷くなっているわ。これ以上になったらカレンのように自制出来なくなる。」
でもどうしたらこの憎しみを抑えられるの?気持ちを抑えられるの?このままシャドーに飲まれるの?助けて!ますます混乱して堕ちていく。
「咲!」
後ろから誰かに押さえ込まれた。知っている人馴染みのある匂いがする、アンセだ。
「オレはお前の隣にずっと居るよ。一人じゃない。だから何があっても闇に飲まれるな。」
「アンセ、私に触らないで!ビリビリが、衝撃がアンセを傷つけちゃう!」
アンセの手から逃れようと踠くが彼の力には勝てなくてより強く抑え込まれる。
「咲に触ってもビリビリしてないし痛くもない。大丈夫だ。」
「本当に?本当に?大丈夫?痛くない?こんなに無茶苦茶になってしまっても一緒に居てくれる?」
「ああ、大丈夫、出会った頃からそんな感じだからな、今更気にするな。オレだけじゃない。レイも、目の前にいる樹も、胡散臭い八百屋の野郎も心配している。知っていたか?お前はここで起きていた時間より寝ていた時間のほうが長いんだぞ。それでも心配してくれる人が居るんだ。大丈夫だ。」
八百屋の野郎とアンセが言ったところで、樹はクスリと笑い後を続ける。
「咲、シャドーが落ち着いて来ています。そのまま少しずつ抑えて下さい。」
二人の優しさに触れて炎が収まって行くに連れて足の力も抜ける。すかさずアンセが私を支えそのまま抱き上げる。
「この前は少し意地悪をしてごめんなさい。それほどまでに樹々との会話を求めていたと知らなくて。クノーを食べなさい。少しは回復するかもしれません。ただ完全に回復する方法は私も知りません。ごめんなさい。」
樹がアンセに聞こえないように私の耳元で囁く。
だからクノーは私に実をくれたんだ、餞別ではなかったんだ。クノーも話したいって思ってくれているんだ。聞こえなくなって悲しいのは自分だけだったのだと、別にみんなは私の事はどうでも良いんだと思って辛かったんだ。それで1人ぼっちな気がして、シャドーに取り憑かれて挙句に樹やアンセに心配かけてしまった。
迷惑かけてしまったけど、心配してくれる人、木々が居るこの場所に、私は居ても良いんだと素直に思えた。